第43話 脅しじゃないか
異世界ハイネル、その統一国家であるイネストリア建国以来初めての外交である。
相手は異世界ファンタジーアースからF・E・T・S司令官の如月と、イーグレット首相ブリティッシュ。
そしてイネストリアの代表ベルムザード。
あとはモニターに表示された男と女の二人だ。
ベルムザードは内心焦っていた。
今いる場所は敵であるF・E・T・Sの所有する浮島にある本部であるわけで、彼の周りには何人もの魔法使いが杖を構えて、いつでも攻撃できるといった態勢を取っているのだから。
「ベルムザード殿、いかがしましたか? 顔色が優れないようですが」
このアマ、とベルムザードは如月に目を向ける。
彼女は分かっているのだ。
ベルムザードがこの状況に置かれて内心焦っていることを。
少しでも抵抗のそぶりを見せれば、この魔法使い達が彼をハチの巣にするだろう。
このような状況で何が外交だ。政治的話し合いだとベルムザードは心の中で文句を垂れる。
「では、今回のイーグレット侵攻についてですが、ベルムザード殿。さっそく会議を始めても?」
「か、構わない。だが、まず紹介が先ではないか? この二人は誰なのだ」
当然気になるのはこのモニターに映し出されている二人だ。
如月は「あぁ」と忘れていたと付け加えた。
「そうですね、私としたことが抜けておりました。なにせここ最近は眠れない日々が続いていたので」
「はっはっは。如月司令官。それは良くないな。君のように若く美しい女性が仕事でストレスを抱えるなど、どれ、こちらからなにか安眠の魔道具でも送ろうか?」
「ご冗談を、ヒュルズ王……。ストレスと言っても睡眠時間の確保が出来ていないだけ、この問題が片付いたらまとまった時間が取れるので……」
「なら早急にこの問題を片付けなくてはな」
この二人は知り合いなのか、とベルムザードは顔を引きつらせた。
元より繋がっていたことを今ここでアピールしてみせた。
見せつけられた。
イーグレットとF・E・T・Sが繋がっているのは分かってはいたが、それに加えてこの男も……。そうなるとこちらの女性も繋がっているのではないか。
「紹介しますベルムザード殿。こちら異世界アルデバランにあるグリデンガルド国王の——」
「ヒュルズ・ダット・グリデンガルドだ」
「ど、どうもよろしくお願いします……」
会釈し、如月はもう一人、モニターの向こうでつまらなそうに欠伸を漏らす女性の紹介に入る。
「そしてこちらが私たちと同じ世界、その大和の王であり旧地獄の支配者——」
「閻魔よ。閻魔・篝屋敷・彼岸菊。長い名前でしょう? 閻魔で良いわ。みんな閻魔大王ってそう呼んでるから……ふあぁ……」
「あはは、閻魔様も随分と眠たそうで……」
「そうなのよ如月ちゃん! 聞いてくれる? あの砕華ったらさんざん飲みに付き合わせた挙句、仕事は全部あたしに任せて帰っちゃったのよ! むかつくでしょ! おかげで二日酔い+寝不足でイライラが止まんないわぁ」
キッと殺気をモニター越しに向けられ、ベルムザードは萎縮する。
この女、敵に回すと恐ろしい。
そう本能で自覚するほどだった。
「とまあ今回の会議はこのメンバーで行いたいと思います。ブリティッシュ首相の紹介は必要ありませんよね」
「あ、ああ。問題ない」
これではもはや公開処刑、もしくは裁判だ。
如月の司会で話は進んでいく。
話はまず、異世界ハイネルの実情とその歴史について。
ベルムザードは正直に話すとまずいと考え、適当な言葉を並べて誤魔化そうと考えたのだが——
「おっと。そこの薄ノロ」
「は、はい?」
閻魔に呼び止められた。しかもなんだか苛立ちが募りに募った様子で。
「嘘はやめなさい。言ったはずでしょう? イライラが止まんないって」
「う、嘘なんてそんな……」
「あたしにはね鏡があるの。人の嘘を暴く鏡、閻魔はね、地獄に落ちた犯罪者を裁く仕事もあるのよ。あまりにも地獄で馬鹿をやらかす魔物が多いからいちいち裁判なんてしてられないわけ。そこでこの鏡、人の嘘を見抜く鏡よ」
言って見せてきた鏡にはベルムザード自身の姿が映っていた。
その体の周りには紫色のオーラが漂っていて——
「この紫が指すのは嘘よ。正直者には白が漂うの」
「くっ……」
閻魔の言葉にこの場に揃った全員の視線がベルムザードに向けられた。
まるで突き刺すナイフのような視線に彼はうつむくしかない。
「こ、これでは、これでは何を言っても無駄ではないか……」
「ベルムザード殿? どうかしましたか?」
「な、なんでもない。続けよう」
如月の営業スマイルにすぐに答えたベルムザード。
もはや彼の頭には汗がびっしょり張り付いていた。
髪も、いくつか抜けている。
(ストレスだぁ? 今この場で一番ストレスを感じているのはこの私だ! 断じて! お前たちのような家畜共ではない!)
そう考えるのだが、閻魔の目がじっと向けられているのに気づき、ベルムザードは肝を冷やす。
全てを見透かされているかのような目。
怖い、そう思えた。
仕方がないからと、ベルムザードは自国について全てを明かした。
自国イネストリアは他国を魔法技術で圧倒し、全てを滅ぼした唯一残った国家であること。
そして滅ぼした国家に属していた人間は家畜として国内で飼い、繁殖、育成ののち、肉に血に体液を魔法道具の素材、技術の発展に使用した。
そして、それは異世界ファンタジーアースのイーグレットにもばら撒き、洗脳魔法を施そうと考えたことも——
本当は話したくなかった。
だが、閻魔のあの鏡は卑怯過ぎた。
何を話しても嘘を見抜くし、まるで心の中を見透かしてくるような鋭い目つき、更には虫の居所も悪いとまで来た。
最悪だ。
「なるほど、これは救いようがありませんなぁ」
「えぇ。ヒュルズ王の言う通りです。まあ、あなた方もこちらに侵略しようとしていたのですから彼らの気持ちも分からなくないのでは?」
「へ?」
ベルムザードはきょとんとした。
この場に呼ばれた全員はこの女の知り合いで、自分にとって敵なのではないか? そう思っていたのに。
「おっと、これは痛いところを突くなぁ如月司令官」
「正直に申したまでですよ」
「まあ、そういう時代もあったというわけです。まああなた方の抱えるあの兵器相手にもう悪さなんて考えていませんよ」
「へ、兵器?」
「おっとベルムザード殿はご存じないのですかな? F・E・T・Sの抱える兵器。人間の見た目をしたとんでもない兵器を——」
ベルムザードは首をゆっくりと横に振った。
そんなのは知らない。
なにせこの世界から出たことが無いのだから。
F・E・T・Sという組織について知ったのも今日のついさっきなのだ。
「そうか、それは良いな。あの兵器の実力を知ればきっと震え上がるだろう。人間兵器高井直哉。彼は怖いぞ~。たった一人でテラ級カリギュラの体を殴り飛ばすほどの威力を持っているのだからな」
「テラ級を、たった一人で殴り飛ばす!?」
ぎょっとして如月にベルムザードは目を向けた。
当然とばかりに佇む彼女の姿。
本当、なのだろうか。
閻魔に目を向けると何も答えず、瞳を閉じたまま。
寝ているのかもしれないが、嘘に対して異常に厳しい彼女が口を挟まない辺り、事実なのだろう。
「ヒュルズ王。話を続けましょう。今の話を聞いて彼の世界はやはり規制が必要だと私は思うのですが……」
「妥当だな。むしろ今の今まで放置していた事実が恐ろしくてたまらん。ブリティッシュ殿、よくもまあこのような野蛮な世界を信用したものです」
「そ、そう申されても、我々も知らずの内に信じ込まされていたとしか……」
イーグレットからすればそうである。
なにせベルムザード——イネストリアは元からイーグレットを侵略しようと裏から神秘のしずくをばら撒き洗脳を施していたのだから。
要は先手を打たれていただけに過ぎない。
悪がどちらかにあるとすれば間違いなくベルムザードである。
「とまあ、ほぼ可決ですが……。どうでしょうベルムザード殿。我々の提示する条件に同意してくださるのであれば、これからも友好関係としてファンタジーアースと交流を深めていきたいと思うのですが……」
もはや提案ではなく脅しだ。
如月の笑顔がなんとも嫌らしく、腹立たしいものに感じるが、もはやこの場でベルムザードは首を縦に振る以外の選択肢はない。
もし断れば、魔法使いに殺されるか、もしくは目の前にいる全員が国の総力を挙げてイネストリアに攻め込んでくるだろう。
野犬に首輪をつける。
そんな会議であった。
ベルムザードは賢者である。
賢者とは賢く聡い者。
つまりこの場で彼が答えるべき言葉は——
「謹んで、お受けいたします……」
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