第42話 ダークトリニティ
イネストリア魔法庁で魔術師たちの報告を待つベルムザードは優雅にコーヒーを飲んでいた。
元々この世界にコーヒーという飲み物は存在せず、イーグレットから輸入されたものだが、ベルムザードの口には合わなかったようでその味に顔をしかめる。
「まずいな……。おい誰か。レオルスティーを淹れてくれ。それと砂糖とミルクの両方をたっぷりな」
誰もいない部屋でそれだけ告げる。
たとえここに誰も居なくても彼の声は確実に誰かに届くように魔法が部屋に施されていた。それがこのイネストリアにおける内線の役割を果たしているわけだ。
そして数分後、ここで働く職員の女がレオルスティーの入ったカップを持ってくる。
受け取ったベルムザードはその香りを楽しみつつ、口に含んだ。
苦いミルクの味と甘い異世界産の砂糖が芳醇なレオルスと調和して素晴らしい味だと頬をほころばせる。
「して、このミルクは誰のだ?」
「イネストリア放牧地区の魔術適性の高い男の物です。搾りたてですよ」
「そうか、やはり適性の高い人間の体液は魔力の巡りが違う」
そう言って茶を楽しんでいるところだった。
ベルムザードの前にモニターのような光が現れたのだ。
ん? とベルムザードはその光に目を向けつつ、女に尋ねる。
「これはなんだ?」
「さ、さあ。ベルムザード様の魔法では?」
そのような魔法は知らない。賢者であるベルムザードはハイネルに存在する魔法を全て記憶しており、ましてやこのような目立つ魔法は知っていればすぐに思い出せるはずだ。
だが知りもしないし思い出せもしない。
つまり——
「未知の魔法……」
『ご明察です。ベルムザード殿』
そのモニターに映し出されたのは女だった。
それもかなりの上物に見える。
やや疲れがたまっているのか目の下にはクマが出来ているが、それは彼女の氷のような雰囲気を更に押し上げるように見えてベルムザードは思わず感嘆の声を漏らした。
「君は?」
『お初にお目にかかります。私は如月円香。異世界ファンタジーアースの国連機関F・E・T・Sの者です』
「国連? F・E・T・S? 聞いたことが無いな」
『そうでしょうね。なにせ私たちも初めてそちら側とコンタクトを取ったわけですから』
「それで? 私に何の用だ。このような奇怪な魔法を執務室に展開して……。ふむ、遠距離通信魔法の一種なのかな? にしても座標も知らないはずなのにどうやって……」
ベルムザードが不思議そうにモニターを眺めていると如月が小さく笑いながら答えた。
『それより要件を話しましょう。今回あなたとコンタクトを取った理由ですが、そちらがよくご存じのはずでしょう……。イーグレットの現在についてです』
「ふむ……」
何かしらの行動は来ると予想はしていた。
なにせ向こうの治安組織がハイネリアン魔法学院に強制調査を敢行した時、もはやこちらの狙いが露見することが明白だったからだ。
ならば先手を取って、あの国を手中に収める。
そうすればイネストリアの狙いが向こうの世界、そしてまだ見ぬ異世界に明かされることはないはずだと。
だが、こうして連絡してきたということは——
(魔術師たちめ、失敗したな……)
「はて、何のことやらわかりませんな」
『そうですか。いえ、現在あなたの世界から送り込まれた魔術師がイーグレットの街を襲撃、略奪に殺人行為を犯しまして。その事についてお聞きしたかったのですが……』
「あー。すまない。本当に知らないんだ」
レオルスティーを飲みつつ優雅にそう答える。
あの魔術師たちは確かにベルムザードが送り込んだ者たちではあるが、別に守ってやるほど大事な存在でもない。
国の繁栄のため、新たな魔法技術の未来の為に散ってくれと切り捨てたのだ。
だが——
『そうですか……。そう言ってシラを切られると。そう言うつもりなのですね?』
あろうことかこの女、ベルムザードをまるで仇のように睨んだのだ。
「なに?」
『そんな怖い顔をしないでください』
「女、おとなしく聞いていればシラを切るだと? 私が嘘をついているというのか? 私は本当に知らない。そっちで暴れたのはこちらの暴徒、もしくは犯罪者まがいの連中だろう。それについてはこちらも責任を取る。だがその物言いだとまるで私も加担してるようではないか」
『事実そう言ってるのですよ。ベルムザード殿』
これには流石に優雅にティータイムと洒落込むわけにはいかないとベルムザードはカップを机に置いた。
「女、一国の王を相手に証拠もなしにそのような虚言を——」
『虚言、ですか?』
そう言ってモニターの向こうの如月は誰かを連れて来させた。
彼女の隣にやって来たのは3人の学生。それも——ハイネリアン魔法学院の制服を着た。
『彼女たちが誰か存じていますか?』
如月の言葉、現れた学生たちにベルムザードの額から冷や汗が流れた。
『どうやらご存じのようですね』
「し、知らん。知らん知らん知らん!」
『それは無理があるでしょう。彼女たちはあなたの世界の、ハイネリアン魔法学院の首席生徒たちですよ? 確か……塔を管理しているとか?』
(この女、どこまで知っている!? まさか全てを知ったというのだろうか。いや、それはない。魔法学院の生徒にはすでに洗脳魔法を施してある。異世界の学生は在学中に加工させ、存在しない魔法庁への出向だと隠している。なら何故、なぜここに居る!?)
『ベルムザード殿はポーカーフェイスが苦手なようですね』
如月は悪辣な笑みを浮かべる。
まるで全てを見透かしているような、そんな感覚がベルムザードを襲い、声を震わせた。
「そ、その子供がなんだというのだ」
聞くな、聞いては駄目だと直感が告げているが、聞かずにはいられなかった。
『この子たちですか? そうですねぇ、では本人の口から説明してもらいましょう』
まるで良いアイデアが浮かんだ♪ と言ったように手を叩いて如月は隣に居た女学生をモニターの正面に立たせた。
『お名前は?』
『エルマタル。ハイネル出身の魔法使いです』
『どうして君はここに居るのかな?』
まるで出来の悪い幼児番組を見せられているようだ。
如月は笑顔でエルマタルに問いかける間にもチラチラとベルムザードに薄気味の悪い笑みを飛ばしてくる。
だがベルムザードは何も口に出来ない。
ここで口を挟めば、それこそが『お前は何か隠したがっている』とつつかれてしまうだろうから。
『私は、私は! ハイネルの、イネストリアの他国の人間に対する扱いを物申すために設立した組織ダークトリニティの3賢者の一人として来ました!』
(ダークトリニティ、だとぉ!?)
その存在は少しだが聞いてはいた。
イーグレット側でベルムザードに無断で神秘のしずくをばら撒く下劣な犯罪集団だと。
だが、ベルムザードとは関係のないところで勝手にあの洗脳薬をばら撒いてくれるのはありがたかったから今の今まで放っておいたのだが、それがまさか、この形で正体を明かすとは思いもしなかった。
『ベルムザード様。私たち学生はもう嫌なんです。人間が、まるで家畜のように虐げられている姿を見るのは。それにこれ以上友達たちが洗脳で頭を狂わせる姿を見たくないんです』
「頭を、狂わせる? 人間を家畜だと……」
『言い逃れは許しません。私たちはイネストリアから渡された神秘のしずくを服用したふりをして回収。それをイーグレットの街へばら撒き、捜査機関に見つけてもらいました。結果、学院への強制捜査という形で踏み込むことになりましたが……』
「こ、この——」
非国民め! そう叫んでやりたかったが、隣に立つ如月の姿に歯を食いしばり、口をつぐんだ。
もはや、もはや何を言っても無意味、もしかすると黙っているのも無駄なのかもしれないとベルムザードは冷や汗が止まらなくなった。
(お、落ち着くんだ私……)
カップに手を伸ばしレオルスティーでこの疲弊した精神状態を回復させようと試みるが、手が震え、カップを床に落としてしまう。
『あら? 動揺ですか?』
「ち、違う! 今日は、そう! 今日は体調がすぐれないのだ。だから——」
通話を切ろうと試みるが、これは向こう側の魔法、切り方など知るはずもない。
「くそ、くそ! どうやって切れるというんだ!」
『無駄ですよ。あー、それとですね。その魔法がなぜそちらで展開できたかという質問に答えていませんでしたね』
如月はニヤニヤと、目線で外を見るようにとベルムザードに促した。
ベルムザードが窓に目を向けると、そこには——
「なっ!?」
そこには空を飛ぶなんとも奇怪な杖を持つ魔法使いの少女たちがズラリと並んでこちらを見ていた。
(囲まれていただと!? いったいいつ!?)
すぐに魔法の使用を試みて腰にある杖に手を伸ばそうとするが——
一筋の光が杖を床に叩き落とした。
ベルムザードが床に目を向けるとまるで何かに焼かれたかのように絨毯は焦げて湯気が立っている。
『抵抗はしない方がよろしいかと。そちらに派遣した総勢100人の戦闘オペレーターはいつでもあなたを無力化できますので』
「お、女ぁ。こんな事をして、許されるとでも思っているのか!? これは異世界問題だぞ!」
『そう言うと思いました。なのでここからは政治的交渉の……話し合いの場を設けましょう。まあ落ち着いて待っていてください』
「なに?」
『すぐに、そちらへ向かいますので』
ベルムザードが窓の外に目を向けると、巨大な渦——ホールの中から島が突き抜けてくるのが見えたのだった。
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