第41話 政治的交渉
敗北したヒューゴ自身から仲間に作戦の中止と降伏を伝えてもらい、なんとかイーグレットは危機を脱した。
そんなヒューゴを拘束した花は、この部屋に居たはずのブリティッシュ首相がいないことに気づいた。辺りを見渡していると如月がそんな彼女の様子に気づいて、
「首相?」
「あ、はい。ここにいたんですよね。どこに行ったんだべか……」
「首相ならここよ」
如月は部屋の奥にある首相の机に向かうと、引き出しに隠してあったスイッチを押した。
すると机の下の床が開き、そこには首相が身を縮めて震えていた。
「お、終わったのか?」
「はい。いきなりとはいえ、押し込む形で避難させてしまい申し訳ございませんでした」
「か、構わない。あのままだと殺されていたかもしれないしな」
如月の手を取り、床の下から出てくるブリティッシュ。
どうやら床下は簡易的なシェルターになっているようだった。
そんなブリティッシュは息を整えると、拘束されているヒューゴの前に立った。
「それで、彼をどうするつもりだ?」
ヒューゴは不安そうに上から見下ろす如月とブリティッシュを交互に見た。
先ほど如月が怒鳴り上げて脅してしまったせいか、最初に見せた余裕はなく、惨めに震えていた。
「そうですね、人質……。というより交渉材料に使いましょうか」
「交渉? よもやあの狂った世界と話し合いをと考えてるのか?」
「そのつもりです」
「馬鹿な! あの世界は我々イーグレット国民を何人も攫い、手に掛けたんだぞ? 話し合いが出来る存在じゃない。それに応じたとして、取り付けた平和が確約される保証もないだろう」
ブリティッシュの懸念ももっともだ。
今は魔術師たちも大人しくお縄についているが、向こうにはまだ隠し種があるかもしれない以上、話し合いなどせずに滅ぼしてしまいたいと考えているのだろう。
それでも、如月は首を横に振り、
「それでも話し合いをする必要があるのです。今回の問題。ハイネルの他国への扱い、価値観が浮き彫りになり、それがたまたまイーグレットに牙を向いたわけですが、今後も同様の異世界問題が起きないというわけではありません」
たまたま、という言葉を聞いてブリティッシュは眉を寄せた。
如月もそれに気づいているようだが続ける。
「なので、これを機に異世界すべての国に知らしめるのです。今の時代、友好関係を結ばなかった場合、どのような末路を辿るのか」
それはとても恐ろしい言葉だと花は思った。
戦争。そんな二文字が頭をよぎり、如月に意見しようと口を開きかけたが、それをリーンとシエルが止めた。
なぜ? そう思ったが彼女たちは首を振るのみで……。
信じろ、とでも言っているようだった。
「まさか、お前たちF・E・T・Sはただの国際機関であるはずなのに、戦争を起こそうと考えているのか?」
「いいえ。その権利は私たち一介の機関にはありません。ただ、政治的交渉を行う権限はあります。そしてその武器はもう揃っているのですよ」
そう言って如月はスマホを取り出した。
そのアドレス帳にある二つ、大和魔王とグリデンガルド国王と書かれた文字を見て、ブリティッシュは察したように微笑んだ。
「そういうことか。お前たちはあのイカれた世界を脅そうというのだな」
「人聞きが悪いですよ首相。あくまで、政治的交渉です」
にっこり微笑む如月の顔はなんて恐ろしいものなのだろう。
それを間近で見ているヒューゴは何をされるか、たまったものでもないはずだ。
脅しと言われた政治的交渉、そして人質として使うといった発言。
彼が失禁するには十分すぎるほどの恐怖だった。
「こ、この悪魔ども……」
「あら? 悪魔、ですか。まさか人を魔法の材料に仕立て上げて悦に浸るあなたには言われたくないんですけれど」
如月は尿だまりを避けてヒューゴの顎に手を当てた。
まるで悪女、もしくは女帝のようにも見えるが、花は知っている。
元々あまり気の強い人ではない。
恐らく虚勢を張っているだけだと。
だが、その事実を知らないヒューゴは「ひ、ひぃ!?」と情けない声を上げるばかりで可哀そうだと思えた。
「話は分かったが、実際これからどうするんだ?」
アナハイドが肩を竦めながら言った。
「この国は今めちゃくちゃだ。政治交渉をするには場が乱れすぎている。それよりも早く市民を安心させるべきじゃないか?」
「あなたの意見はもっともです。ですがここで先手を打たなければ、すぐにでも追撃部隊を送ってくるかもしれません」
「それもそうだが……」
「今しかないんです。異世界問題は速度が命。これ以上異世界に好き放題されてはかないませんしね」
言って如月は大和、グリデンガルド両国に連絡を入れ始めた。
アナハイドは花と目を合わせてため息を吐く。
(これで本当に大丈夫なのか?)
(わ、わかんないべ。私、こういうややこしい話はあまり得意じゃないし……)
(はぁ……。どうして犯罪組織を追ってたら異世界そのものを相手にすることになったんだろうなぁ)
(そんなこと言われてもしょうがないべ。ちゃんと調べなかったアナハイドさんたちの責任だべよ)
(お、お前……結構えぐいこと言うのな……)
実際そうである。
突然現れた異世界。そんな彼らを深く調べもせずに条約を結び、イーグレットの実情だけは向こうに筒抜け状態。
対してハイネルの実情は明らかにされていないという事実は、怠慢としか言えないものがある。
まあ、知らず知らずのうちに洗脳を施されていたというのもあるだろうが——
「俺たちは魔法に幻想を抱きすぎてたのかもしれないなぁ」
それがイーグレットの一国民であるアナハイドの正直な言葉だった。
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