第40話 制圧
花が駆けつけると部屋の中では如月とヒューゴの戦闘が繰り広げられていた。
泥、もしくは土のようななにかをまるで水飛沫を上げるように放つヒューゴに対して、如月は組み立て式の長刀を以って回避し、反撃に出る。
如月が旧叢雲機関時代に現地戦闘員だったのは花も話には聞いていたが、ここまで戦えるとは思いもしなかった。
そんな如月がヒューゴの頬に傷をつけると、彼は余裕だったあの薄ら笑いすら消え失せ、顔を引きつらせていた。
「まさかここまでやるとは……」
「魔法至上主義の、それも人間を家畜としか見てないあなた達には理解できないでしょうね。人間の、本来持ってる体を使った武術はね!」
津波のように押し寄せる魔法を如月は気合の籠った一閃で斬り払い、踏み込み続けていた。
ここで加勢すれば勝てる。
そう踏んだ花は杖をヒューゴに向けて言い放つ。
「降参してください。もうあなたに勝ち目はないべ」
「な、に? もうキメラを倒しただと!?」
ヒューゴの驚愕の相。
まさかあのバケモノを倒してこの場に駆けつけるなんて考えていなかったのか、そんな顔を花に向けてくる。
だが手を止める様子はない。むしろ花に向かって泥の弾幕を放った。
破れかぶれの魔法。
少しギョッとした花はすぐさま防御魔法を展開してそれを防ぐ。
魔法陣型の障壁に泥がまとわりつき視界を遮られ、すぐに魔法を解こうとしたが——
「花! 防御を解いちゃダメ!」
「え……」
如月の言葉は遅かった。
花が防御を解き視界が開けると、下段。姿勢を低くして走り迫ったヒューゴが異質なナイフを逆手に持ち迫っていたのだ。
すぐに後ろに飛び下がろうとした花だったが、泥が足に絡みついてきた。
「私がただ適当に魔法をばら撒いてるだけだと? 甘いですよ」
「まずっ——」
「花!!」
如月が花に手を伸ばす。
距離にして3m弱。間に合わないだろう。
花はこんな窮地だというにもかかわらず視界は冴えていて、目に映る光景を冷静に見ていた。
ナイフ、その意匠は骨。おそらくあれも人間を素材に作った魔道具。
ヒューゴ、下段からの切り込み、踏み込み過ぎている。これでは急所を狙いづらいはず。
そして背後の爆発音……おそらく。
「!!」
花は一歩前に踏み出すとヒューゴはギョッと目を見開き、花の体に顔をぶつけて体勢を崩した。
逃げるのではなく敢えて前へ。
ナイフの可動域を距離を詰めることで殺し、相手の虚を突いたのだ。
「よくやったわ花!」
「くそっ! 普通そこで前に出るか!?」
花は答えない。
先ほどの命の駆け引きで再度ゾーンに入っている。
瞳はヒューゴを一点に捉えていた。
その深い黒の眼差しにヒューゴは身震いしている。
まるでおぞましい何かを見てしまったかのように——
「このバケモノ! こうなったら私の持つ最大の魔法で——」
花と如月、両者が前後から距離を詰める。
が、ヒューゴはそれでも間に合うように早口で魔法を唱え始めた。
その言葉の羅列を言い終えると、ニッと口の端を吊り上げて——
「これで私の勝ちです。あなた方を我が国の国宝魔道具にしてあげましょ——」
ヒューゴが勝ち誇ったと同時、彼の真横——窓が砕けて——二つの魔球が体に激突して部屋の端に吹き飛ばされた。
赤と青。その魔力光を見て如月は、
「間に合ったみたいね、リーンさん、シエルさん」
「お待たせしました司令官」
「ちょっと手こずってしまいましたが、制圧完了です」
魔法使い二人。
シエルとリーンが窓の外からふわりと入ってきた。
壁に埋もれるヒューゴはゆっくりと上体を起こし、二人を震えながら見つめる。
「な、なぜ!? なぜここに!? キメラは? 私の最高傑作たちは!?」
喚くヒューゴにシエルとリーンは互いに目を合わせた。
あれが、最高傑作? と呟きながら——
「破壊しましたよ」
「跡形もなく。証拠でも見ます?」
リーンがぽいとヒューゴの前に投げた竜の羽のような肉。まだピクピクと蠢いているが、それを見たヒューゴの顔から血の気が引くのがうかがえた。
「馬鹿な、馬鹿な馬鹿な馬鹿な!? これはハイネルにかつて存在した竜と聖女を組み合わせたキメラで……。まさか——」
ヒューゴの目は今度はシエルに向けられた。
シエルはフッと鼻で笑いながら、
「私はそんな趣味の悪い肉を回収してません。汚いですし。まあでも? あの蛇は中々に面白かったですよ? 魔法を撃つたびに穴が開いて……。多少再生能力があったみたいですが、それでも15分頭を砕き続けたら絶命しましたね。見ます? 外で煙を吹いてるところ」
「そんな、そんな……」
がくりと脱力したようにへたり込むヒューゴ。
先ほどの余裕はどこへやら……。
そんな彼の前に如月は薙刀を折りたたんで立つ。
「ここまでです。今すぐ魔術師を撤退させなさい。ここに貴方が来ているということはそれなりに地位のある魔術師なんでしょう?」
「う、うぅ……」
今にも泣き出しそうなヒューゴの襟をつかみ、まるで不良のように持ち上げた如月は花が見たこともないような剣幕で怒鳴り上げる。
「早く命令しなさい! それともなに? ここで貴方たちがやって来たことをお返ししてほしい?」
「や、やめてくれ! そ、それだけは!!」
「だったら早く手を引きなさい! 私の、気が変わらない内に!」
(は、はえぇ……。如月さん滅茶苦茶こわいべ……)
花は思った。
今後この人を怒らせるようなことはしないでおこうと。
そんな部屋の中に遅れて駆け込んできたアナハイド。
「大丈夫か! って、なんだこりゃ」
ぼろぼろと泣き出すヒューゴ。
そんな彼を締め上げる如月。
二人を後ろから見ている花たち三人。
先ほどの緊迫した状況が嘘のような光景が広がっていたのだった。
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