第12話 酒呑童子 3
直哉がアイリスの最高傑作たる所以は不死身に近い再生力でもなく、この超パワーだ。
時間をかければかける分だけ相手への理解が高まり、何をどうすれば倒せるか理解した今このパワーの使い道が、効果的な一手が導き出される。
砕華との戦闘から30分近くが経過……。
攻略は簡単だ。
砕華は酔いを消費して力を得る効果が3つ。
筋力強化に、耐久力上昇と、昔の逸話から察するに再生能力。
直哉と同じ性能してるだけに予測は簡単だった。
そんな砕華をぶっ飛ばすために直哉が導きだした答えが。
『酔いをでは消化しきれないぐらい、どでかいパワーをぶつける』だ。
兵器なのに根性論かよ、と言うのなら笑えばいい。
やれやれ……と呆れた人もいるだろう。
何を隠そう直哉自身が呆れ返ってるのだから。
ドクンッ。
心臓部にあるコアが脈動する。
同時、体の節々にマグマのように熱いエネルギーが行き渡り始める。
「ん? なんだ、この気配は……」
砕華が攻撃の手を止めて眉を顰めた。
驚いた事に彼女は直哉の力の高まりに気づいたらしい。
「これは、お前から感じる……」
「そうだ、正解正解大正解」
胸の奥、人間でいう心臓。そこには直哉が直哉であろうと形造るコア。デューテリオンコアがある。
日頃チャージした魔導力はここに蓄積され、必要な時に必要な分だけ消費するのだが、全力を超えた全力を出すためにはそれなりに時間を要する。
直哉の体の周りが光に包まれる。
少年漫画でよくある、オーラを纏ったように光り輝く。
この光を見た砕華は面白いと頰を緩ませたが……。
「今から出すのは俺の全力を超えた力だ。ハッキリ言ってもう勝負は見えた。降参した方がいいぞ?」
「降参? おい、今お前は降参って言ったのか?」
砕華の眉間がピクンと動いた。逆鱗に触れた、と表現したらいいのだろうか、今の彼女の顔は火山が大噴火したように怒りに歪ませている。
砕華はズシンと震度3ぐらいの揺れを起こす一歩を踏んだ。
「喧嘩に降参なんて野暮言ってんじゃねぇよ。喧嘩っつうのはぶっ飛ばされて負けるかぶっ飛ばして勝つかのどっちかだ。そこに華があって良いんだろうが!」
どうやら砕華は無類の喧嘩好きらしい。
昔の言葉に喧嘩と酒は江戸の華とか言葉があった気がする。
酒呑童子が江戸時代にいたのかどうか知らないが。
「お前が本気で来るなら私も全力を出すまでだ」
ズォォ。
砕華の体から悍ましい力の奔流が迸り始める。
魔力……だろう。目にも見せないし、感じることは出来ないけど、この重苦しい空気は魔力って言葉でしか説明できない。
「1発だ。私とお前、全力の一撃をぶつけ合って最後に立ってた方が勝ちだ」
指を一本立てて砕華が怒りのまま笑う。
「良いのか? その条件で」
「問題なし! これで負けるようなら私はそこまでだったってだけだ!」
そう言えるだけの実力があると自負してるのだろう。
直哉とてこの力が通用するかどうかは分からない。
なにせ相手は未知の魔物であって、歴史上の怪物だ。
(でも……やるしかねぇよな)
「もし、もし万が一お前が勝つようなことがあれば——」
(ん? こいつ……何言い出して——)
「お前の下に付いてやるよ!」
——下に……付く?
「意味分かんねぇ事言ってないでさっさと終わらせるぞ」
砕華の言葉に呆気を取られたが意識をすぐに戻した。
まだ直哉はアイリスと外出中であることを思い出す。
せっかくアイリスが楽しみにしてくれた1日をこんな喧嘩で無駄にするわけにはいかないと拳を握り直す。
「んじゃ……行くぞ!」
トンッと砕華が飛んだ。迫る砕華の巨体が拳を振り抜いてくる。
(受けて立ってやる!)
直哉も溢れる魔導力全部を右拳に乗せて振り抜く。
拳と拳が激突する。まるで和太鼓を叩いた時の振動……その100倍くらいの衝撃が辺りに拡散してビルの窓が全て割れて花吹雪のように散った。
砕華の力はさすが鬼だけあって凄まじい。
最後の力を解放した直哉の拳にここまで耐えられる存在は今まで居なかった。
砕華の気合いが籠った拳が、声が、魂が、直哉をぶっ飛ばそうとグッと押しこんでくる。
が——だけど、それでもやっぱり届かないと察して直哉は微笑む。
なにせまだここから力が上がっていくのだから。
「こ、この力……私以上……だと!? く、クカカッ! 惚れた、惚れたよ高井直哉! お前の力に私は生きてきた人生の中で1番興味が湧いたぞ!」
「自分の力を超えたら惚れるってどこのワイルド系ヒロインだよ。今の時代に合ってねぇよ!」
(ま、まあ? 惚れられて嫌な気はしないけどさ……。それって相手がヒューマノイドでも有効なんです?)
っと直哉の意識がピンク色に染まりかけたが——
「じゃあな!!」
勝たなきゃ惚れてもくれないことに気づいて直哉は砕華の拳を砕き、かち上げ、彼女の頬に拳を突き刺さた。
瞬間彼女の顔が首から千切れて吹っ飛んでしまう。
スプラッターな光景。吹き出す赤い血はまるで噴水のようだ。
膝をついた砕華は崩れ落ちて血の海に沈んだ。
(…………これでどう下に付くってんだよ……)
ゴロゴロと転がる砕華の頭は文字通り直哉の下に着いた……。こういう事ではないと思いたいのだが……砕華の顔は瞳孔が開いていて生き物から物に変わって見える。
聞いても答えてくれなさそうだった。
直哉は拳についた真っ赤な砕華の血を眺める……。
(これだから戦いってのは嫌いなんだ。言葉を交わせるんだからさ……もっと平和に生きる事できなかったのかよ)
涙は出ない、そこまでの付き合いじゃないから。
それにヒューマノイドでもある。
でもやるせない気持ちだけは確かに胸の中にあった。
「お兄さん……終わったんですか?」
振り返ると、そこには如月とアイリスが駆けてきていた。
如月は直哉の体を案じるように見つめてくるのに対してアイリスは——「ここに魔物がいるのかな?」とメガネを落とした人がメガネメガネ……と探すように首の飛んだ砕華の体に触れていた。
「うおっ!? 見えた! 見えたけど、首がないよ? 首がない魔物って事なのかな? 興味深いね!」
(なんでその程度の驚きやねん。首がもげてるんやで? もっとさ、女の子らしくきゃーとか悲鳴あげてくれよ……)
と思ったけどアイリスは子供の頃からこんな感じだったと思い直す。
直哉が死んだ時の体を解体して研究して人間の体の構造を完全把握したらしいので、今更死体程度で驚くような子じゃないって事だろう。
「まさか一般人が鬼人を倒せてしまうなんて……」
「倒した……のか?」
「え、ええ。そうでしたね。お兄さんは魔力を感じることができないんでしたね。普通魔力を持つ者が命を失えば魔力も消えてしまいます。今、この魔物から案じる魔力はありません……」
如月は砕華の死体を眺めながら。
「なので、脅威は去りました」
と感謝と共に頭を下げてきた。
人を殺して感謝されるのはやっぱり慣れないな……と直哉は思う。
「んじゃ、これからどうするんだ?」
「そうですね……」
顔を上げた如月ちゃんはまた砕華の死体に目を向けて——
「援軍が来るまでこの場に待機、その後この死体を回収するつもりです」
「そうかい……」
「それで、その……」
モジモジと如月が——
「今回の件を受けて、お兄さんとアイリスさんには機関の聴取を受けて貰おうと思うんですが……」
(まあそうなるだろな)
敵でないことが証明されて、尚且つ機関の敵をぶっ倒してしまったのだから。
「それぐらいなら——」
と口を開いた瞬間だ。
如月が白目を剥いてどさりと地面に倒れた。
え……なにが? と呟く前に直哉は見た。
如月の後ろには首のない砕華が手刀を構えて立っているのを。
状況からして首をとん! って叩いて気絶させた的な……。そんな構えをとっている。
「すごいすごいよ! 魔物って生き物は首がなくても動くんだね!」
(アイリスさんや、今の状況は目を輝かせるとこじゃないですよっと……)
呆れながら、警戒して直哉は再度拳を握ったが——
「待て待て待て。もう私に敵意はない」
「ん? この声……」
「私だ、私」
砕華の首から先に霧野ような煙が集まって人の形を作っていく。作っていくと思いきや、あっという間に形を成して、それは元の砕華の顔だった。
そんな砕華は両手を「敵じゃないよ」って感じに振ってくる。
「驚かせてすまんが、私はこいつに捕まるわけにはいかんのだ。機関はかなりめんどくさい奴らだからなぁ……」
「ならなんでこのまま逃げなかったんだ? 俺の前に出てこりゃまた戦闘になるだろうが」
「言ったろ? 私に勝てたらお前の下に着くって」
確かに言ったが……。それがどういう意味だろうか。
いやらしい意味では……ないようだが、なんだか面倒くさそうな気配がプンプン感じられてしまう。
「それより場所を移したいんだが……」
「話だけなら俺ん家に来るか? 戦わないって約束できるならだけど」
「できるできる! ってか一回喧嘩に負けておいてすぐに再戦とか野暮だろ? っと……その前に」
砕華は気絶する如月の額に手を当てる。
その手から溢れ出た煙が空へと立ち昇って消えていく。
「なにしてんだ?」
「こいつから私に関する記憶を消すんだ。また追われても面倒だしな」
なるほどなぁと頷く。
きっとこの煙は如月の記憶だろうと……そこで直哉はハッとして——
「な、なら俺達がこの場に居た記憶も消せるか?」
「まあ……出来るが……」
「なら頼む!」
直哉は如月に力を見せ過ぎた。
アイリスと共に平和に生きたい直哉にとっても機関の存在は厄介この上ない。
砕華は直哉の願いに頷き如月の額に手を当てブツブツと念仏のような詠唱を唱え——
「これでよし。取り敢えず今この場で起きたことは全て忘れてもらったぞ」
如月の額から手を離した。記憶を消し終えたのだろうか。すぅすぅと寝息を立てる如月の姿からそれを判断することを直哉にはできなかった。
そんな直哉に砕華は肩に手を置いて笑顔を向ける。
「んじゃ、行こうぜ。起きられたら厄介だしよ」
「あ、ああ」
そうして直哉達は一度自宅へと向かうのだった。
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