第11話 酒呑童子 2
おかしい。なにかが……そう何かがおかしいと直哉は奥歯を噛み締める。
砕華は確かに強い、戦闘開始直後は押され気味だったほどに。
(俺は機械の体になって超パワーを身に付けたはずだ)
リーデリッヒではこの力で敵を全て殴り倒してきた。例外なくこの拳で尽くをだ。
なのにこの鬼人は殴っても殴っても倒れる気配はない。
鬼だからパワーは直哉と同じかそれぐらいあってもおかしくはない。
そして砕華の攻撃の癖、右手を使う時は必ず大振りだとかジャブのような小手先の技術が苦手っぽいだとかを見抜いて確実に直哉の攻撃は砕華に届いて押しているはず。
(なのになんだ……この違和感は)
「どうしたどうした! この程度でおしまいか!?」
血を吐き捨てながら、筋肉質な腕をブンブンと振っては豪快に殴りつけてくるが——それは直哉も読んでいた。
タイミングを測り腕を絡め取って背負い投げて地上に叩きつけ、砕華の顔面に一撃拳を見舞う。
「へへっ。いいないいなぁ! これでこそ喧嘩! 楽しくなってきやがった!!!」
「なんっつう耐久だよ!」
全く通じていない様子に直哉はゾゾゾっと背筋が凍る感覚が襲ってくる。
恐怖? だろうか。
ヒューマノイドになって感情の大半を削ぎ落としたというのに。
(いやあり得ない。現に押しているのは俺の方だ。このまま時間をかければ間違いなく勝てる相手だ。でもなんだ……なんなんだこの違和感は)
殴っても蹴っても投げても一向に疲弊する気配がない。
体はボロボロであるのにも関わらずなぜ砕華はこうも元気なのかが理解できない。
鬼だから。と言われればそうなのかもしれない。が——魔物であっても生物に変わりはないはず。
少なくとも直哉は不死身ではあるが無限ではない。有限だ。
魔導力というエネルギーを使い尽くせば機能停止はするし、なんだったら死すら迎える。
そう有限だ……。
だが砕華は無限にも等しい体力を感じられる。まるで浅いと思った池に潜ってみれば水深30キロ以上はある海溝だった時のような違和感。
「なにか……あるのか?」
気付けば、直哉はそう呟いてしまっていた。
砕華の拳を振るう速度が上がる。技術なんてないただの大振りの攻撃。喧嘩殺法って感じの気合いで押し切るストリートファイトを繰り広げながら——ふと考える。
そういえば、そういえばだ。酒呑童子って昔退治されたんじゃなかったか? と。
直哉の記憶にある浅い知識から確かそうだったはず。
(源のなんちゃらって人が首を切り落としたんじゃなかったっけか?)
で、確か首だけで動いていたとか……。
死なない体? なのだろうか? ヒューマノイドである直哉の体のように。
そこになにかヒントが隠されているような気がする。
だから——考える、考える。
「オラオラオラァッッ!!!」
ドガガガガッッ!!!
少年漫画でよくあるラッシュを砕華は見舞う。
クロスガードで防御するも腕がへしゃげたりと威力は中々のもの。『危険』と判断した直哉は後ろへ飛び下がったのだが。
離れた隙に砕華が懐から取り出した瓶を口突っ込み煽るようにまた飲み始めた。これで5度目だ。
戦闘中に飲むとすればゲームで言う回復薬とかポーション的な物だろうか、そんな回復アイテム? を飲んで、豪快に、プハァっと息を吐いた。
(この匂い……これは……酒か!? こんな状況で酒なんて——)
「キッチンドランカーって言葉があるけど、お前のそれはバトルドランカーってか? まったく舐めてくれるよな……俺と戦ってるってのに……余裕綽々ですかぁ?」
「んだ? その南蛮言葉は。大和の言葉を使えよ! 優男!」
間合いが一気に詰められた。
そう、一気にだ。直哉の目を掻い潜って、その速さを見落としたのだ。
そして腹にものすごい衝撃が走る。足が宙に浮く。
殴られて体が浮いた。口から酸素と血のようなオイルが漏れ出る。
「ウラァ!!」
殴り飛ばされビルに激突して内部へ滑り込んでしまう直哉。内装はヒビまみれ……床は亀裂が走って少しの衝撃でバリンと割れそうな光景だった。
(ってそんな事はどうだっていい。今は敵だ)
直哉は立ち上がり拳を握り締めた。
ジャリっとガラスを踏み破る足音、ガツンと響く瓦礫を踏み抜いた砕華の一歩。
奴はこんな時でも酒を飲みながらそれはもう楽しそうに、ケタケタと笑いながら顔を真っ赤にして迫ってくる。
「喧嘩ってのはな? ただ殴りゃいいってもんじゃない。殴られ痛みを楽しんで、それを超えて相手に分かち合う。これが喧嘩だぜ」
全くもって理解できないし分かりたくもない理論だ。
「俺から言わせりゃ、それは喧嘩ってよりSMプレイだ。残念だけど俺にそんな特殊性壁は……ねぇよ」
(まあ踏まれはしたいが……ほら憧れじゃん? 高圧的な美人の姉ちゃんに顔を踏まれるってってさ)
「カカッ! まだ冗談を言えるような体力があるのか。 凄いなぁお前」
「お褒め頂きありがとう? って言えばいいのか?」
「まあな。鬼と渡り合う人間はいく人かいたが、私と殴り合って五体満足な奴は1人たりとて存在しなかったぞ」
(いいや何回か吹っ飛んでますけどね? 腕とか腹とか……)
「そういう姉ちゃんも随分と元気だな。何か仕掛けでもあるのか?」
「まあな。それを簡単にバラしちゃ面白くねぇだろ? 答えは自分で見つけな」
グビ。っとまた酒を飲んだ。酒……。こんな時によく飲めると思う。
だいたいそんなに顔を真っ赤にしたら酔ってまともに動けないはずなのに。っと考えて思い出した。
そういえば、砕華はこんなに酒を飲んでるのに、息が酒臭くなかったと。顔はずっと赤くなっていなかったはずだと。
そう、今の話の中で感じたものの中にも「酒くっさ」って感情が湧かなかったのだ。
匂いなんて気にしてる状況じゃないから気づかなかったと言われればその通りなのだが、にしてはあり得ない。
なんせ砕華は戦いながらすでに大瓶を5つも飲んでいるのだ。
ジュースのように、砂漠を彷徨い喉を枯らした旅人のように。
それだけ飲めばどれだけ酒に強かろうが息は臭くなるし顔も真っ赤で呂律も回らなくなるはずだが、砕華からそんな様子が一切ない。
直哉はここで一つの可能性を導き始めた。
酒が何らかの強化アイテムになっている可能性。
摂取したアルコールはどこへ? 砕華の力の根源は? 無限にも思えるこの力の正体。……魔力はなにに使っている?
「ははっ。なるほどな」
「ん?」
砕華は笑って立ち上がる直哉に首を傾げた。
頭がイカれたのか? と砕華はなんだかガッカリしはじめた。
ずっと遊び続けた大事なおもちゃがとうとう動かなくなった時の子供のように。
「そうだな、そうだよな。魔力ってマジカルでミラクルなパワーがお前にあるなら使ってないわけないよな」
その言葉を聞いて砕華はさっきの憂いなど消え失せた。
そして面白いと笑ってしまう。
「クカカッ。何が言いたい」
砕華は待っている。直哉が答えを出すのを。
答えを出しても痛くもないといったようで、余裕を全面に出している。
「お前の有情なタフさの正体が見えた……。酒、だよな」
砕華の口角が釣り上がった。『正解』だと言いたげに。
考えればそうだ。直哉だって魔導力を蓄えるためにアイリスが作った料理を食べなきゃいけない。
チャージ。
どうやらこの酒呑童子も直哉と同じタイプなようで、酒を媒介にしてこの耐久性を手に入れてるらしい。
魔法……なのかもしれない。これが。
「カカッ! よくぞ見破った! そうだ、私の魔法は酒を通じたものだ。酔いが回っている限り私は倒れる事はないし、痛みを感じる事はない! たとえ首がもげようとも!」
「そうかい、どうりで終わりが見えねぇって思うわけだ」
酔いが回っている限り……って言った。
だとすればあとどれぐらい殴ればいい? いや殴らずとも砕華は拳を振るう度に酔いを消費してる。
つまり防御も攻撃も酔いを消費せざるを得ないってことだ。
「私から言わせればお前の方こそ終わりが見えないが」
「お前と同じ……って事は言っとく。原理はな」
「そうか! なるほどな!」と砕華は面白おかしく笑いだした。笑上戸……ってやつなのかもしれない。
酒を飲んでこんな闘いを楽しめるのなら、直哉も飲んでみたいと思う。
(戦いってさ、辛い事ばっかだし)
「だけど、もうタネは分かった。酔いが覚めるほどの一撃を見舞ってやりゃ。目も覚めんだろ」
「クカカッ! この私の酔いを覚ますだと? 冗談を吐かせ。私は生まれてこの方酔いが覚めた事はない」
「だったら俺がその第一人者になってやる。良かったな酒呑童子、お前にとっての桃太郎はどうやら俺になるかもしれないぞ」
拳を握る。力を注ぐ。砕華の魔法の根源を理解した今、直哉の頭の中に蜘蛛の糸のように幾つもの攻略法が展開された。
負けるはずがない。が——不思議だ。
魔法に関して黙っていればまだ逆転の可能性が砕華にはあったはずなのに。
単純に直哉を舐めているからかもしれない、知られたところで問題ない力がまだ秘められているのかもしれない。
だとしたら? なぜこうも戦いを長引かせる。
タネを明かした? そう考えると直哉はどうも砕華が完全悪だと思えなかった。
だから頭の中で浮かんだ攻略法の中でも1番穏便に片付けられる手段を選ぶことにした。
(便利だよなヒューマノイドってさ。戦いながらでも冷静に頭を動かすことができるんだからさ)
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