第10話 酒呑童子 1
「うそ……ただの人間があの奇人と対等に渡り合ってるなんて……」
鬼人の魔力に当てられ、空に対空することすら難しくなった如月は一度地上に降りて魔力を練り直しながらビルの屋上で拳をぶつけ合う直哉を眺めながら驚きが漏れた。
魔力——それに一度目覚めた存在ならば魂の脈動を感じる事で魔力を練る事が可能になる。
エージェント達は各自魔法を扱う事ができるのだが、若い如月が使える魔法はまだ身体強化の魔法だけ。
身体強化魔法は使用すれば魔力が尽きるまで元の3倍は強化されるのだけれど、そんな魔法を使ったところであの鬼人には敵いっこないのは目に見えている。
そんな魔法を持ってしても敵わない如月に対して、直哉は魔力の存在すら知らないというのに何故……。
実は彼が魔力を知らないだけで無意識に扱えている可能性も無きにしも非ずだけれど……。彼からは魔力が一切感じられない点からそれはあり得ないだろう。
そんな彼と鬼人の戦いを地上から見上げていると——
「如月さん。状況はどうなったのかな? ビルの倒壊は防げたのかい?」
「た、高井……アイリスさん」
彼女は如月の後輩であって異国からの転校生だ。
文武両道……いやそんな言葉で片付けるレベルを超えた天才児。進学校ではあるがあんな学校に通わずハーバード大学へ飛び級できるほどの学力を持つ彼女に如月は正直に答えた。
「ビルの倒壊は防げました……お兄さんのおかげで」
「ふっふーん。そうだろうね」
アイリスはさも当然かのように笑った。
(お兄さんが倒壊を防げて当たり前だって分かってたの?)
「でもおかしいな。ビルの倒壊を防いだのに直哉くん、まだ戻ってこないんだけど……」
どうやらアイリスは屋上で直哉が鬼人と戦ってることを知らないようだった。
その様子から鬼人どころかこの辺りで彷徨うゾンビの姿すら見えていないのだろう。
つまり彼女は魔力を持たない側の人間であると証明された。
異世界人がどうとか言ってた気がするが、どういうことだろうか。
気にはなるが今聞くべき時じゃないことは、はっきりと分かっている。
が……。アイリスの家族である直哉が鬼人と渡り合えているのだ。もしかしたら……万が一、アイリスもすごい力を持っているのかもしれない。
そう思ってしまった如月は息を呑んで——
「お兄さんはあそこで、魔物と交戦中です」
「交戦中って……どういうことだい!?」
話してしまった。
一般人に魔物の存在は秘匿してあるというのに。
でも今、この場にいるエージェントは如月1人だけ。
彼女程度ならゾンビを討伐することは可能だろうが、あの鬼人はどうすることもできない。
そんな如月は今屋上で戦うな親に頼ることしかできない、そんな直哉の身内であるアイリスには規則を破ってでも、伝えるべきだと、人として当たり前の責任から伝えてしまった。
「言葉通りの意味です。魔物……アイリスさんには見えない化け物と戦闘しているんですよ」
「見えないって……なんでだい?」
「魔物は魔力を持つものにしか視認できないのです。ただし一度魔物に触れた人ならば魔力を持たずとも姿を捉えることは可能……」
だから直哉にはあの鬼人の姿を捉える事ができる。
以前路地裏で下級魔物、鬼を握り潰したのだから。
あれは今思えば迂闊だったと如月は表情を曇らせる。
人払いの術を施してあったのに、なぜか直哉が結界の中に入り込んでいたのだ、もしかすれば術に不足があったのかもしれないと、考えてしまたわけだ。
「直哉くんは魔力を持っていない……でもその魔物と戦えているということは……一度触れた事があるってことか」
「はい。アイリスさんには話すつもりはありませんでしたが、ここまで話してしまったのです。全部聞いても対して変わりはないでしょう」
アイリスに如月は昨日の夜、路地裏で魔物と戦っているところ偶然出会したお兄さんが魔物を直接手で討伐したこと。
私は彼の存在を追っていたこと、そして今日出会って、彼は私から隠れようと下手な偽装をしては警備員に連行されたこと全て話した。
話すとアイリスは「だからか」と妙に納得していた。
「いや今朝突然直哉くんが如月さんの話をし始めるのがなんでかなって思ったんだけど、そんな理由があったなら納得だ」
アイリスは頭が良いだけでなく察しもいいときた。
そんな彼女は——
「まあ、姿は見えないけどその魔物? と戦ってるんだよね」
「え、ええ。それも互角で……。あれは魔物の中でも上位の存在……なのになぜ魔力を持たない彼が——」
「ああ。それはね。さっき言いそびれたけど、彼は兵器なんだよ」
それは聞いた。聞いたけど理解できない。兵器……この世界でいう戦車とかミサイルのことではあるんだろうけど、直哉はどこからどう見ても人間の姿のままだ。
「まあ見た目はただの人間だね。だけど、中身は違う」
「中見……ですか」
「うん。彼の体は僕が作った人造のもの。人間の体を真似て、直哉くんの元の肉体を利用して再構築した兵器なんだ」
彼女はは一体何を言ってるのだろう。直哉を作った? 真似て? そんなのが兵器だと。
ダメだ、どう考えても頭が理解を拒んでると如月は険しい顔でアイリスから視線を逸らしてしまう。
「それがなんで互角に渡り合えると——」
「君は最強ってどんな存在だと思う?」
突然すぎる質問に如月は言葉が詰まった。
今する話ではないのだろう。
だけど、気になる。
彼の力の根源が、彼女の世界に纏わる話しが。
だから如月は答えていた。
「巨大な化け物……とか?」
「あっはっは。如月さん。君は頭が良い生徒だと思っていたんだけど、そんな陳腐な回答をするんだね」
(ち、陳腐!?)
異国の人だから日本の常識が通じないのは良いとしても流石に言い過ぎじゃないだろうか。
「残念だけどハズレだ。良いかい? 最強の存在っていうのはね」
ドォォン!!
その時屋上から衝撃が鳴り響き——遥か上層からこっちに向かって人が落ちてきた。
それは直哉でもビルの中に居た一般人でもない。
鬼人だ。
鬼人は地面に叩きつけられて血を吐いていた。
「う、うそ……押してるっていうの?」
その光景が見えないアイリスは言葉を紡ぐ。
「最強っていうのは人間なんだ。想像し、考え、対策を練り続ける生きたコンピューター。その人間の唯一の弱点である貧弱性を取り除けば……それはまさしく最強の兵器じゃないかな」
落下した直哉が膝から着地するように鬼人の腹に膝を食い込ませる。
圧倒的な力の衝撃は地震のように辺りを揺らし、逃げ惑う人たちがさらにパニックになっていく。
だけどアイリスは平然としていた。信じてるのだろう。
直哉が解決してくれると。
「そうだよ、それが直哉くんの力。魔導力が尽きない限り再生する体を持ち、常に思考、想像し、敵対する相手を分析、対策を講じて進化し続ける異世界リーデリッヒ製の人造兵器なんだ」
ヒューマノイド……。
それがどんな意味を持つのか如月には分からない。
だけどはっきりしてる事があるとすれば、このまま時間を掛ければ鬼人に圧勝する可能性が高いということだけは理解できた。
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