第38話 アルケミスト
花たちが二階に辿り着くと、そこは気絶した魔術師が山のように積み重ねられていて、その奥にシエルが手を叩いていた。
まるで掃除を終えた主婦のように見える彼女に3人は安堵の息を吐いた。
「隊長。もう制圧完了したのですか?」
「ここいら一帯は、ね。でも奥はまだ」
廊下の先、そこに魔術師の姿はない。が、気配はある。
それもかなりの強者の——
「世界が違っても感じるプレッシャーという物は変わらないのですね」
「そうね。リーン、警戒態勢。花は司令官を守って」
「はい!」
前衛がシエルとリーン、後衛に花と如月と二列横隊で並んで廊下を進んでいく。
グリデンガルドの魔法使いは空中戦が基本だが、F・E・T・Sに加入してからという物、各国の軍の地上での戦い方や連携、それに建物内での行軍の仕方を学び、取り入れる事が出来ていた。
銃のように杖を構えて、角をクリアリングしていくシエルとリーン。
彼女たちの安全確保のハンドサインを確認して花は如月を連れて奥へ進む。
敵の姿はない。
警戒しながら進むこと数分。
4人は目的の場所に辿り着いた。
ブリティッシュ・コルドー総理大臣の部屋だ。
足元には誰かがここにやって来たように絨毯が歪んでいる。
リーンが扉に手を掛け、ゆっくりと開いていく。
そしてシエルがその隙間にASを放ち、一気に突入する。
「手を上げて! 今すぐに降伏しなさい!」
シエルは目の前にいる男。
ブリティッシュ・コルドーを見た。
無事なようだが、その首には手が突きつけられている。
手の主、黒ローブの男がこちらをゆっくりと振り返った。
「はぁ。まさかただの家畜がもうここまで……」
「動かないでって言ったはずよ!」
ASの魔球がローブの男の近くで止まる。
いつでも撃てるといった位置に。
だが男はそんなASを一瞥するのみで笑って答える。
「この程度の魔法で僕をやれるとでも?」
「試してみる?」
「……まあいい。この場はお前たちに譲ってやろう」
手を上げブリティッシュから距離を取るローブの男。
シエルが杖を男に向け続け——
「リーン! 要護衛対象を確保」
「了解」
リーンがブリティッシュの身柄を確保する。
ひどい量の汗を流しているようだが、脈を測ってみたところ特変は見られない。
緊張でかいた冷や汗、といったところだろう。
そんな二人の後ろから遅れて中に入る花と如月。
如月はブリティッシュに駆け寄り——
「総理、ご無事で」
「あ、ああ。なんとかな。だが、これはいったい」
「ご存じかもしれませんが、ハイネルが裏切りました。魔法学院に人間を家畜にした牧場も、同じく人間を素材にした魔法道具の開発も確認済みです」
「くっ。やはり貴様たちは我々を騙していたということか」
ブリティッシュの言葉に肩を竦めるローブの男。
「騙しただなんて人聞きの悪い。あなた方は魔法という特権を得たんですから、見返りとして人間を差し出せと言うだけの事でしょう?」
「それを裏切りと言わずに何という。貴様ら、この国をここまでしておいてタダで帰れると思うなよ」
「おーこわいこわい。それで? あなた方に何が出来ると? 今も市民を略奪され続けている無能なあなた方になにが」
ブリティッシュが何か言おうとしたのを花が遮り、前に出た。
花は我慢ならなかった。
今まで見てきた人間を物として扱うハイネルの所業に。
そしてこの男の今の上からの物言いに。
「黙って。あなた達に私たちを食い物にする権利はそもそもないべ」
「? あなたは?」
「山野花。ただの大和出身の魔法使いだべ」
「魔法使い、おぉ。魔法使いですか。異世界の魔法使い、噂には聞いてますよ? テラ級カリギュラを討伐した異世界の魔法使いがいるとか。もしかしてあなた方が?」
「ええそうよ」
とシエルが答えると、ローブの男は笑い、フードを取って素顔をあらわにした。
顔の半分にタトゥーが入った、歳は20代ほどの男だろうか。
「これは好都合。いやですね、私たちハイネルの魔法使いがあなた方の存在の所為でクラシックウィザードと揶揄されるようになりまして……随分と腹立たしかったのですよ」
クラシックウィザード、それが意味するのは古い魔法使い。
もしくは古臭い魔法使いと言う意味だ。
異世界アルデバランの魔法使いは近代魔法兵器を取り込んでいることで彼らがそう呼ばれるようになったのだろう。
花もそれは理解している。理解しているがそこにロマンを感じて魔法を学ぼうとする人もいるというのに……。
「腹が立つのはこっちだべ! 人を食い物にして……。だいたいあの学院の生徒たちはなんだべ! 自分たちの国の子供たちだっていうのに——」
「あぁ」
男はつまらなそうに話し始めた。
まるで、あたりまえの事実をただ告げるだけのように。
1+1は2だろ? と返すように。
「子供は純粋ですからね。同じ見た目の家畜が養殖されてるのを見ると気が狂ってしまうんですよ。なので、学生の頃から洗脳を施して脳に馴染ませるんです。ハイネル人こそ人類の頂点に立つ存在。それ以下はどう利用しても構わない家畜だとね」
「この下衆……」
「もういいわ」
シエルが花を抑えて男の前に出た。
「あなた、名前は?」
「名前ですか? 必要です? 今更」
「ええ。必要よ。これだけ大口を叩いた魔法使いさんが私たちに一瞬で負けたって話をハイネルに突き付けてやるためにね」
「おもしろい……。いいでしょう。私はイネストリア上級魔法士官『アルケミスト』の称号を賜るヒューゴ・ルマン。いざ尋常に、お手合わせ——」
ヒューゴが名乗りを上げている途中で彼の顔が爆発した。
厳密に言えば、シエルの射撃魔法が直撃したのだ。
その光景にリーンはクスリと笑い、花と如月はあんぐりしていた。
「名前を聞かせてって言っただけで決闘する気はないの。なにせこっちは仕事なの」
「シ、シエル? さすがにそれは卑怯と言うか……」
如月もさすがにヒューゴをかわいそうだと思ったのかそんなことを言ったのだが、爆炎の向こうから気色の悪い笑い声が聞こえて言葉を止める。
「きゃは! 本当ですよ。卑怯としか言いようのない攻撃ですね」
「ふぅん。ちょっとはやるみたいね」
ヒューゴの隣には3体のバケモノが並んでいた。
下半身は芋虫で頭がヒュドラのもの。
女の顔がいくつも腹に埋め込まれた球体。
翼を携えた竜の様でいて、顔は糸で縫い合わされた男たちの顔のもの。
見ていておぞましいとさえ思えるバケモノたちだ。
「こ、これ。下にいた奴と同じ、あ、あんたが! 作ったんだべか!?」
花の怒鳴りつけるような問いにヒューゴは誇らしげに答えた。
まるで傑作を見せつけるように恍惚と——
「ええ。私はアルケミストですからね。素材をいかに有効活用できるか考えた末、魔法生物の製造に行き着いたのですよ。人間が魔法を使うよりもこういったバケモノが魔法を使役する方が、何分お得なのでね」
下衆め。誰かがそう呟いた瞬間、バケモノたちが4人に迫った。
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