第33話 血で染まる街
異世界ハイネルから解き放たれた黒ローブの上級魔術師たちの存在に、イーグレットに住まう国民は当然、なにかしらのイベントだろうと間抜けにも空を眺めていた。
そんな国民たちのキラキラした瞳は一瞬で消え失せることになる。
「おじさん! おじさんは魔法使いなの?」
子供の前に降り立った魔術師は深めに被ったローブの底から冷ややかな視線を向ける。
子供にとってはそれがかっこいいと映ったようで、まるでサインをねだる子供のように魔術師に話しかけた。
親はすぐに駆け寄り子供を引き下がらせようとする。
「すみませんウチの子が……。ほら行くわよ」
「えー。でも……」
母親が子供を連れて行こうとするのを魔術師は母親の肩に手を置き、止めた。
「え? な、なんで——」
なんです? と告げるはずだった言葉は途中でブツ切りになり言葉となることはなかった。
子供の前で、母親は肩から斜めに斬り捨てられたのだ。
子供の顔に真っ赤な血が付着する。
まるでジュースを顔にぶちまけられたかのように——
「おかあさん?」
母は動かない。
さっきまで生きていたはずなのに、物に成り下がったようにピクリともしないのだ。
子供は、子供ながらに現状を理解しようと努めた。
赤い液体は血。それが大量に母親の体から、いや臓物が、肉が、骨が母親だった断面から覗いていた。
「お、おかあ——」
そして子供の首もはねられた。
魔術師は手刀で子供を黙らせたのだ。
宙を舞う首。それが地面に落ちた。
残された体から血が噴水の如く吹き出て、力なく崩れ落ちる。
そんな光景を見ていた国民たちは——
「ひ、人殺し!?」
「逃げろ!」
「いやぁぁぁーーー!」
逃げ出すばかりだ。
魔術師はそんな逃げ惑う人々を観察しながら、次々に降り立つ仲間たちにサインを送る。
若い男女は生かして捕らえろ。子供と30代ぐらいの人間は殺処分にしろと。
そんな簡易的なハンドサインで狩りが開始された。
***
「首相! 街で事件が——」
「分かっている!」
イーグレット首相官邸の扉が秘書によって強く開かれた。
ブリティッシュはすぐに秘書の言葉に答えスマホに映るSNSに舌打ちする。
そこには今、国内で起こっている、いや国民たちの身に起こっている凄惨な状況がリアルタイムで映し出されていた。
若い男女は裸に剥かれ首輪に繋がれ連行されていく様子。
子供に年寄り、3、40代の男女はすぐに殺され街は真っ赤な血で染まり上がっていく。
守るべき国民たちが、今、必死に助けを呼びながら次々にその命を枯らしていく。
尊厳を奪われていく。
「遅かった。我々はあの国の実情を知るのが遅かった」
「首相。お気持ちは理解しますが立ち止まっては居られません。至急対策を講じなければ我が国は奴らに滅ぼされてしまいます」
「分かっている。すぐに会見準備だ。軍にはすぐに出動しろと命じろ。直ちに!」
「はい!」
秘書は部屋から走り去っていく。
ブリティッシュもその後に続き、会見場へ急いだ。
F・E・T・Sに依頼するのがもう少し早ければ、いや、もしくはどのタイミングで依頼しても同じ結果だったかもしれない。
そんな自問自答が頭の中で渦巻くブリティッシュは——
(考えるな! 今は、今この場で出来る最善の一手を考えるんだ)
悪い考えに染まりそうな気持ちを使命で押し潰し、彼は官邸内を走る。
そんな官邸にも魔術師の魔の手が迫りつつあった。
***
浮島『春風』内にある戦闘部の詰め所では、オペレーターたちがとある女性魔法使いからブリーフィングを受けていた。
この女性魔法使いの名は『ヒンク』。
元グリデンガルド軍所属であり、シエルの部下でもあったエリート魔法使いだ。
「いいか! 現在イーグレットで異世界ハイネルによる人民虐殺という暴挙が繰り広げられている。我々はこれを阻止! 市民の身の安全を確保する!」
「「「ハッ!」」」
集められた戦闘部オペレーターは大和国民、魔物、そして元グリデンガルドの魔法使いたちの混成。
魔法に適応できる者は砕華の部隊とは別にシエル預かりの魔法兵となっているわけだが、まだ結成して間もない部隊のためどれだけ活躍できるかと言えばあまり期待は出来ない実情だ。
だとしても現在この機関に滞在している戦力はこれしかない。
地獄とアルデバランに出張に出た高井直哉と高井砕華に護衛を付けたことでこちらに割ける戦力は少ないのだ。
ヒンクはそれを知りつつ現戦力で打てる手を講じている。
「奴らはクラシックウィザード。詠唱込みの古臭い魔法を使用するが、この混乱の中、市民を守りながらの戦闘を強いられる我々は圧倒的に不利だろう。そこで、隊を大きく二分する。一つは市民の救助、そして避難誘導班。もう一つは戦闘班だ」
そうヒンクが告げるとオペレーターの制服の色が青と赤に分かれる。
「青が救助班、赤が戦闘班だ。いいか? これ以上市民の命を奪わせるな! 戦闘班! 貴様たちは敵を撃滅せよ! もうハイネルは友好的な世界などではない。敵国だ! 決して生かそうだなんて考えるな。全力をもってこれを討て! いいか? 躊躇えば街の地面に転がるのはお前たちだと知れ! 以上、行動開始!」
ヒンクの指示と共に動き出すオペレーター各位。
そんな詰め所に司令官である如月、そしてシエルがやって来た。
「ご苦労ヒンク」
「ハッ! 司令官殿! そして隊長!」
ヒンクの敬礼にシエルは苦笑いを浮かべ——
「隊長はやめなさい。それで? 首尾は?」
「現在私とキルシュベルト隊の混成大隊が出撃開始。大きく救助と戦闘の二班に分かれるように指示を出しました」
「なるほどね。で? 上手くやれそう?」
シエルの言葉に顔を曇らせるヒンク。
「いえ、訓練も不十分なうえ、魔法の使用もまだ馴染んでいない隊員も多い。苦戦は免れないでしょう」
「でしょうね……」
「ですがそれを補うのが戦術」
言いながらヒンクは取り出したスマホで、彼女が作り上げた作戦マニュアルを二人に見せながら説明していく。
作戦はこうだ。
①敵は街に散開して市民を虐殺している。詠唱魔法を唱えさせれば苦戦するだろうが離れた位置からの狙撃、もしくは射撃魔法で撃滅。
②混乱した魔術師たちが空に上がると避難誘導班が地上へ展開し市民を春風へ誘導。
「大まかな作戦は以上です。街を東と西から回り込み、大きく包み込むようにして包囲を縮めようかと」
「なるほどね。でも包囲殲滅戦は時間が掛かる。今の状況じゃそんなにのんびりしてられないわよ?」
「心得ております!」
「よろしい。司令官? いかがでしょう」
シエルが如月に顔を向ける。
「ええ。それでいきましょう。って言っても戦闘経験はお二人が長いですし私から言えることは何もありません。ただ全員生きて帰ってきてほしいだけです」
「了解しました。作戦内容に絶対生還するように全隊員に通達しておきます」
ヒンクは二人に敬礼してこの場を離れる。
ヒンクも現場に立つのだろう。
そんな彼女の後ろ姿を眺めながら如月はシエルと話し始める。
「彼女たちの生存率を上げるためにも早く何とかしなくちゃね」
「ええ。まずはホットラインの確保、ですね」
「ええ。アルデバラン、大和の両国の協力は得る事が出来たけど、イーグレット官邸と連絡が取れない。これじゃ足並みをそろえてハイネル、いいえ。イネストリアを政治的に囲い入れる事が出来ない」
「だから司令官自らが官邸に向かうと……やはり危険では?」
「危険でも行くしかないわ。その方が何かと早いしね」
本来であればオンライン上で済む話なのだ。
それがイーグレットと連絡がつかなくなっただけ。
だから官邸に向かい、ブリティッシュの安全を確保したのち、彼に事情を説明、両国とのホットラインを繋ぎ共同でイネストリアを強制的に政治の場へ誘き出す。
これが如月の立てた政治的解決法だ。
「上手くいくと思う? シエルさん」
「愚問です。上手くいかせるのですよ」
「それもそうね……。では行きましょうか」
如月とシエル。
二人とも輸送機のある発着場へ向かう。
目指すは首相官邸。
この騒動を一刻も早く止めるために。
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