第32話 狩りの始まり
アナハイドたちは、イーグレットに起こり始めた異常を学術評論会別館を出た瞬間に気づいた。
空には無数の箒に乗った集団がまっすぐ飛んでいく。
誰も彼も素早い。そして服は黒いローブを纏った——
「上級魔術師だと!?」
そんなアナハイドの言葉に花とリーンは振り返る。
二人はF・E・T・Sの本部に報告の連絡を入れていたのだが、どうやら今しがた報告を終えたらしい。
花が「上級魔術師?」と首を傾げつつアナハイドに聞いた。
「ハイネルお抱えの魔法使いにはランクがあるんだが、違いはローブを見りゃわかる。学生はリボンで判断されるのと同じようにな。一番下から茶色、真ん中に赤、そして一番上が……」
「黒ってことだべか!?」
「そういうことだ。だが何故だ? 黒は滅多に動かない腰の重たい連中だったはずだ……。それにこの国の治安は警察に丸投げ状態なはずだぞ? 何をいまさら……」
その時リーンが新たに入った通信の応答に出る。
アナハイドと花がそんなリーンに目を向けていると。
「なるほど……了解しました」
通信を切ってアナハイドたちにリーンは目を向けた。
その顔は笑っているが、焦りを滲ませているような顔にも見える。
「二人共、すぐに春風に向かうわよ」
「な、なして!? 私たちは調査結果を警察に届けなきゃなんねぇんじゃ——」
「そうだ。あんたたちと共同調査してるとは言え、これは俺たち警察の管轄。順序は追ってもらいたいね——」
「異世界ハイネルのイネストリアが大きく動き出したって聞いてもまだ言える?」
「「!?」」
二人は言葉を詰まらせた。
そんな二人にリーンは忌々しいと言った顔で続ける。
「今空を飛んでるのはアナハイドさんの言う通り上級魔術師なんでしょう。ならこれだけの数が動員されたのは何故? タイミングは? 答えは簡単よね」
「おいおい、まさか……」
「ええ。向こうは強硬手段に出ることにしたらしいわ。ハイネル大使館もイーグレット政府からの通信に対して応答なしらしいし、いよいよこの国、いいや、この世界に向けて侵攻しようって考えてるんじゃないかしら」
「で、でもいきなり戦争だなんて、めちゃくちゃだべ——」
本来戦争とはそう簡単に起こるようなものではないはずであり、状況からしてなぜハイネル側が戦争を起こすのだろうか。
洗脳魔法による攻撃を受けていたイーグレットが起こすのならまだ理解はできる。
それでもまだ政府はその事実を知らないのだが……。
花もそれを分かっていて言っているのだろう。
だが——
「戦争って誰が言ったの?」
「え?」
「元々向こうは私たちの事を同じ土を踏む人間と見てないのよ? 家畜、いいやそれ以下の素材としか見ていない。つまりこれは——」
「ただの狩りってか……くそっ!」
アナハイドは地面を蹴り上げる。
狩り——つまりハイネルは、アナハイドたちが学院に乗り込んだ時に既に次の手を打っていたのだろう。
ホールの中で何が行われているか、それを知られたという前提での強硬手段。
同盟と言う肩書がまだ健在である今、イーグレット政府、国民は現状に混乱しているはずだ。
敵とは認識していないから反撃も遅れるはずだ。
向こうからすればこれ以上にない狩場にすぎない。
「だから急ぐわよ。この場で動けるのはイーグレット政府でも警察でもない。私たちF・E・T・Sと警察でありながら、自由調査権を持つアナハイドさんだけだから」
だから3人は動き出す。
F・E・T・Sの移動拠点である浮島『春風』の停泊する埠頭に向かって。
***
異世界ハイネルに存在する大魔法国家イネストリアには宙に浮いた幾何学的な建物が数多く存在する。
土地に縛られない建物の数々は密集し、まるで一つのパズルのようにも見える。
鬱屈とした光景だが、地上を歩く者からすれば何も問題はない。
すべての建物が空に浮いているのだから視界を遮るものは無いし、開けた土地を歩くだけだ。
目的の建物に近づくと浮遊する瓦礫が密集して階段を形成し、建物の中に入れる。
そんな街がイネストリアだ。
その街の中で一層空高く浮かぶ建物が魔法庁だ。
そんな建物の中でとある一人の男が窓の外、空を覆う巨大な渦に目を向けながら紅茶を啜っていた。
ハイネル統一魔法大臣『賢者』ベルムザード。
身長2mはある細身の優男は片眼鏡をクイッと持ち上げる。
「愚かな下等生物めが、夢を見ていればこのような事態にならなかったものを」
事はハイネリアン魔法学院にファンタジーアースの勢力が強硬調査に乗り込んだことから始まる。
それまではハイネル側から送り込んだ家畜人間を魔法学院に輸送し、加工。
そして無垢な学生たちに加工させることで精神を徐々に書き換え、ハイネル人以外は全て人間ではないと思い込ませていた。
加工した神秘のしずくと呼ばれる箱は異世界ファンタジーアースで街灯、箒、杖などに更に加工してばら撒いた。
知らずの内に魔法を受け入れ、疑いもなくハイネルを受け入れてもらえる体制を整えた、はずだった。
「いったいどこでしくじった? 誰かがリークしたのか? 我が国民の中から? ふむ……」
「失礼します!」
ベルムザードが考えていると部屋の扉が開かれた。
黒ローブの上級魔術師が杖を掲げて前にやってくる。
「ご苦労。首尾はどうだね?」
「はい、滞りなく魔術師隊をイーグレットに送り込みました。あとはいつでも狩りを始められる状態です」
「よろしい。じつによろしい」
ベルムザードはニッと笑った。
「本当に実によろしいじゃあないか。この世界から家畜人間が4割を切り始めた時はどうなるかと思っていたが、ほんとどこの誰かのおかげで助かった。まさか新たな家畜人間を提供してくれる世界が現れるだなんて」
「そうですね。子供の洗脳に素材を使用しなければならない現状。素材が不足するのは我が国にとっての最大の問題でしたからね」
イネストリアは魔法によって発達した国家だ。
その魔法の原材料は人間であり、かつてこの世界に存在した他国に住まう人間。
かつては何千億と居た家畜人間は今では数億と数を減らしていた。
繁殖させ、数をコントロールしてきたつもりだったが、どうやら魔法技術の発展と共に素材の消費量も増えたようだ。
子供の洗脳にも使用し続けている現状、この材料を枯渇させるわけにはいかない。
家畜人間の消失はイネストリアの消失を意味しているわけだ。
「向こうも徐々に飲み込むつもりだったが、運よく我々の思惑に気づかれた。君たちには迷惑をかけるね」
「いえ。その為の上級魔術師ですから」
「畏まらなくていい。本当に助かっているんだ。この狩りが成功した暁には君たちに新しい杖を進呈でもしようかな。向こうの人間の皮を使った魔術書なんてどうだろう?」
「それは良いですね。部下たちも俄然やる気になるでしょう。では、報告も済みましたので私はこれで」
ローブの男は軽く会釈し、部屋を去っていく。
ベルムザードはそんな男を見送り微笑んだ。
「もっと楽に素材回収できると思ったが、まあいい。これでこの国はもっと発展していくぞ」
ベルムザードは空に浮かぶホールをまるで宝でも見るように目を輝かせ、紅茶をカップに注ぎ足すのだった。
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