第31話 和平決裂
『以上がハイネリアン魔法学院に存在したホール内の実情です。司令官、隊長。私たちはこれからどうすれば?』
「取り敢えずこっちに戻ってきて、アナハイドさんも一緒にね」
『了解しました』
リーンからの報告を受けた如月は椅子に背を預ける。
今、彼女たちはイーグレットに不当に停泊している浮島『春風』にある本部の中にいる。
というのも、ブリティッシュ総理大臣との面会を経て、オペレーター各位に異世界ハイネルの調査を指示した彼女は、この本部を守るべく防御を固めていたところだった。
ハイネリアン魔法学院へのイーグレット警察との共同潜入調査。
そしてその警官から送られてきたカリギュラの死骸画像。
もはやF・E・T・Sがハイネルから敵視されることなど目に見えていた。
「あとはイーグレットも……。はぁ、どうして異世界ってこう分かり合えないところが多いんでしょう」
「司令官。嫌味ですか?」
隣に立つシエルが如月に冷たい視線を送る。
別にそんなつもりで言ったわけではないのだが、まあ聞きようによっては嫌味に他ならない。
如月はシエルに謝罪するが——
「まあ気にしていませんよ。アルデバランの、祖国グリデンガルドも此方側を侵略しようとしてたんですし」
「まだグリデンガルドの方がマシよ。武力での侵略なら政治的交渉、もしくは戦争で同じ土俵に立てるけど、今回のはそんな比じゃないわ」
なにせ国全体を知らない内に洗脳していたのである。
普通に考えれば古の詠唱魔法が便利なわけがない。
断然ファンタジーアースの、元地球の科学技術の方が利便性に優れているはずだ。
「それに、人間牧場って……」
「その点は同じ異世界出身であっても理解しかねますね。人間を魔法のための素材としか見ていないなんて……」
「ハイネル人だって同じ人間なのに、ね」
「もしかしたらあの世界では身分の格差があるのかもしれませんね」
「そうね。そう思うわ」
ハイネル。その世界を統一する大魔法国家イネストリア。
ハイネルにはイネストリア以外の国があったはず。
それを滅ぼして統一したということは、自国民以外は家畜同然と見ている可能性がある。
とはいえ、同じ人間の見た目だ。
大人は体制に従ったとしても子供はそうはいかないはず。
だから自国の子供たちすら洗脳を施すために、リーンから報告を受けた白い箱——神秘のしずくを使用しているのかもしれない。
「神秘のしずく、もう少し調べるべきなんだろうけど」
「今はそれどころではありませんね」
なにせ司令室に緊急事態が発令されたからだ。
部屋中が赤く明滅する様子に、部屋の中にいたオペレーターたちが慌ただしく状況を確認していく。
「司令! イーグレット国内のホールから多数のME反応! これはカリギュラではありません! 人間の反応です!」
「来たわね。総員、発艦準備! 出払ってるオペレーターたちを回収次第ホールへ向かいます!」
「「「了解!」」」
如月の命令に浮島が臨戦態勢に入る。
きっと今、春風上にある街は非常事態宣言が発令され、防御態勢に移行しているはずだ。
「戦争に、なりますかね?」
シエルが後ろで手を組んだまま冷静に如月に問いかけた。
戦争、このままでは確実にそうなるだろう。
「そうなる前に、なんとかしてあの世界を孤立させる。その為に私たちが居るのだから」
そう答え、如月は司令官用のデスクに備え付けられた内線の受話器を手に取り、とある人物に連絡を入れる。
「こちら如月。アイリス主任は居ます?」
『は、はい! アイリス主任なら今カップ麺を食べてて——』
「代わってもらえる?」
『は、はい! ——主任、主任!』
『なんだい! 今からおやつを食べようって時に電話? 今度は如月さんからだって? 後にしてって伝えてもらえるかな?』
『で、ですが主任! この警報ですよ!?』
如月は嘆息した。
この状況であってもマイペース。
天才と言うのはどうしてこんな人ばかりなのだろうか。
待つこと数秒、ズルズルと何かを啜る音と共に技術部主任のアイリスが内線に出た。
『もひもひ?』
「主任、例の件、どうなっていますか?」
『例の件、あー。直哉君と砕華のことだね』
例の件、如月はイーグレットからメールを受け取った日にすでに行動に移っていた。
イーグレットに巣食うダークトリニティなる組織の存在。
それについて調べるうちに浮き彫りになるハイネルの情報の少なさ。
きな臭かったのだ。
調べても調べても何も出てこない。
出てきたとしても当たり障りのない国の情報だけ。
まるで教科書に載せられるような表面上の言葉と数字、そこに如月は違和感を覚え、高井直哉を異世界アルデバランに、砕華を大和にあるホールから新異世界、炎獄に向かわせていた。
いかにも怪しい異世界。そんな国の実情を明らかにするには、他の異世界と囲み合い、こちらの懐に招き入れる必要があった。
いわば同盟を誘い、引きずり出す作戦だったのだが。
「それからどうです?」
『直哉君の方は協力の許可が下りたってさ。まあそうだよねぇ。人間兵器が単身乗り込んできたらそりゃ首を縦に振るしかないよ』
「砕華さんの方は?」
『そっちも問題なし。炎獄、旧地獄の移住先に暮らす魔物の王、魔王だったね。どうやら本当に砕華の知り合いだったみたいでさ、二つ返事で協力してくれるってさ。ほんといったい何者なんだろうね砕華って』
「酒呑童子と聞いていたので、もしやと思ったのですが、本当に名のある魔物の一人だったんですね」
旧地獄の王。現在の炎獄の王でもある魔王は、大和との同盟を結んでいる。
それもこれも大昔から大和(日本)との関係を築いていたらしいのだが、そんな魔王の名は閻魔・篝屋敷・彼岸菊。
閻魔大王と言えば分かりやすいか。
日本の昔話に出てくる妖怪が魔物だったわけだ。
その中でも頂点に立つ閻魔は砕華と知り合いだった。
「まさに運がいいわね。二人の帰還はいつごろになりそうです?」
『んー。あと3日? かな?』
さすがに間に合わないだろう。
二人が帰ってくればこの状況を打破できそうなものだが——
「司令官、どうします?」
「迷ってる暇はないわ。協力は得ていることだし、連絡しましょう。この状況を乗り越えるためには政治的に解決するしかない」
「ですね」
シエルは小さく笑った。
「洗脳で外交する無知な異世界に政治という物を教えてあげましょう」
「ええ。さあ——」
如月は背伸びをして——
「これから忙しくなるわよ」
首の骨を鳴らしながら目の前のモニターに目を向けるのだった。
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