第30話 人間牧場
アナハイドたちは目を疑った。
ハイネリアン魔法学院内にあるホールの中に足を踏み入れたのだが、入ってすぐに目に入ったのは牧場だった。
「こ、これは……」
「趣味の悪い……」
牧草のない柵に覆われた土くれの中に居るのは牛や羊、ましてヤギでも鶏でもない。
裸の人間の男女だった。
歳は10代から20代あたり。
中には10代にも満たない子供たちの姿までもある。
首輪に繋がれ、四足歩行のように歩いては『あー』と鳴いている。
花はこの光景に吐き気を催したようでその場で吐き出した。
アナハイドは顔を顰めながら辺りの施設を見て回る。
「人間牧場……。向こうの人間を魔法研究の素材にしてるっつう話を聞いたが、まさかここまでとはな……」
人間の肩には番号の焼き印が刻まれている。
製造番号のようだ。
生まれた日の数字が刻まれているのか、どうやらこの数字で年齢を測っているようだ。
同じように施設内を見て回るリーンも頷きつつ。
「魔法技術の素材と言うのは20代の人間が素材になるみたいね。それ以降の年齢の人がいない……。人と呼んでいいものか……」
リーンが柵に近づくと裸の人間たちが彼女に寄って集まる。
まるで餌を要求するかのように。
おぞましい光景だった。
人間性という物が感じられない。
「ここで生まれた人たちは言葉も人間らしく生きるための学習を積んでいないみたい……。本物の動物だわ」
「で、でも。こんなこと許されるんだべ? うっ……」
「花、落ち着いて。深呼吸しなさい」
「す、すんません……」
蹲る花の背中を摩りながらリーンはアナハイドに尋ねる。
「これがダークトリニティの仕業、もしくはハイネルの隠したがっていた事実だということは明白。それで、イーグレット警察官であるアナハイドさんはどうするつもりで?」
「どうもこうも……そりゃあ」
「告発します? ですが相手は世界ですよ? 単純な証拠程度は簡単にもみ消してしまうでしょうね。まあ洗脳魔法を知らずの内に掛けているのですから、もみ消すよりもこれが当たり前だと信じ込ませられる可能性もありますが……」
「気色悪い冗談はやめてくれ……」
アナハイドは唾を吐き捨てた。
たしかにイーグレット国民はハイネルの洗脳によって魔法技術を便利なものだと思い込まされている。
だが、この目の前の光景をどうしても当たり前だと思いたくない。
「絶対に全貌を明らかにしてあの国とは縁を切らせる」
アナハイドは拳を握り締め——
「そのためにここに隠されてるもんは全部回収する。手伝ってくれ」
「ええ。構いませんよ。私たちはそんな異世界問題と向き合う専門家ですから」
花も落ち着いたのか息を切らしながら——
「私も、こんな非道は見過ごせねぇだ……。アナハイドさん、リーンさん。絶対止めるべ。こんなの、間違ってる」
「ああ。行こう……」
そうして3人は人間牧場と化したホールの中。
そこにある施設へと向かうのだった。
***
施設と言うよりも工場だった。
ハイネル人だろうか、魔法を使役して木箱やら物品を運んだりしている。
学院で見た洗脳された学生たちのような目はしていないことから意識はしっかり保っている様子だ。
工場の入り口、中に入るためのタイミングを見計らっていると、トラクターで運ばれてくる裸の成人男女たち。
それらがトラクターから降ろされ、紐で繋がれた先端をハイネル人が引いて工場の中へ連れて行く。
トラクターも中に入るようで、アナハイドたちはトラクターの動きに合わせて隠れるように中へ入っていく。
中は魔法技術が発展した国家だというにも関わらず科学が発展したような工業ラインが煩く稼働音を響かせながら稼働していた。
通路を進み、ラインを覗き見るとそこには裸の人間が流されていて——
「おいおいまじかよ」
「花、きついなら見なくてもいいのよ」
「いいえ、見るだ。これは私の仕事でもありますんで」
3人が思わず顔を背けたくなったラインの先にはプレス機。
人間が、なんの恐怖も感じずにただ潰され、肉塊に変えられていく。
その肉塊をハイネル人が回収してどこかへ運び出していく。
死臭と耳障りな肉を潰す音。
狂ってる。
これが人間のすることか。
もはやハイネル人を同じ人間と思いたくないとアナハイドは考えた。
「追うぞ。あの肉が何になるかこの目で確かめてやる」
頷く二人を連れてアナハイドはさらに奥へ。
工場の中はどうやらいくつもの専門ブロックに分かれているようで、外にあった放牧エリアは人間という存在ではなく動物としての生き方を脳に刻み込むエリア。
別ブロックにある繁殖エリア。
先ほど見た加工エリアで20代の男女を潰し、隣の生産エリアで形を整えるようだ。
生産エリア。
そこはハイネル人たちが肉塊に魔法を施しては骨を抜き取っていく。
四角く、整え、魔法を付与していくにつれ形は——
「あれは、学院で見た白い箱だべ……」
「人間を加工したものだったわけだ……。だが元人間だとしてなんの用途が……」
「あの付与してる魔法に秘密があるかもしれないわね。だったら——」
リーンは辺りを見渡して一人動き出した。
「お、おい」
アナハイドの制止にリーンは口元で指を立てて答えた。
『黙って見てて』といったように。
俊敏に動くリーンは孤立したハイネル人を羽交い絞めにしてアナハイドたちの元に連れてきた。
鮮やかすぎる手際。
幼い見た目に惑わされてしまうがさすがは元軍人だろう。
そんなリーンは連れてきたハイネル人に小型の短杖を首元に押し当て——
「質問に答えなさい。これはいったい何を作っているのかしら?」
「し、侵入者——」
「おっと。黙ってね。聞かれた質問に答えないとあなたも裸に剥いてあのラインに放り込むから」
「ひっ」
そんなことするつもりはないくせに、とアナハイドは見たが気づかれてはまずいと出来る限り無表情に努めた。
ハイネル人は首に当てられた杖の光に呼吸が浅くなり始め——
「神秘のしずくです! 殺さないでぇ!」
「神秘のしずく? それってなに?」
怯えて震えるハイネル人の股が濡れだした。
漏らしたのだろう。
人間をあんなふうに扱っておいて自分が殺されそうな立場になるとこれか、とアナハイドは眉をひそめた。
「し、神秘のしずくは子供たちの認識を改ざんする秘薬だ。人間が死んだときに発せられる霊魂を肉に押しとどめ、箱状に加工。それに触れた子供たちはみんなハイネル人以外の人間に対して興味が薄れていく。そんな秘薬だ」
「それだけ?」
「さ、最近はイーグレットにも粉末状に加工した物を流してるって聞いた! それだけだよ! なんだよ。俺たちは真っ当に働いてるってだけなのに、なんで——」
その『真っ当』という言葉を聞いたリーンの目が一瞬だけ開いた。
聞きたいことは全て聞いたのか、リーンはハイネル人の顔に杖の光を押し当て眠らせた。
「な、なにしたんだ?」
アナハイドに答えたのは花だった。
「アルデバラン軍の魔法。強制睡眠魔法だべ。潜入用の魔法だよ」
「潜入用、ねえ」
リーンはハイネル人を地面に寝かせて舌打ちする。
「真っ当。これが真っ当ですって? つまりなに? こいつらはこれが異常でないと思ってるってこと? こんなの、こんなの……」
「落ち着けよリーンさん」
「これが落ち着いていられますか!」
「しっ。声が大きい」
アナハイドはリーンの口を手で覆い周りに目を向ける。
どうやら工場の音が煩くて聞こえなかったようだ。
そっと手を放して——
「腹が立つのは分かる。それに今の発言で分かったこともある。こいつらは俺たちの知ってる常識とはかけ離れた世界に生きてるようだ。そうなると分かんねぇんだが、ダークトリニティってのはなんだ?」
「どういうことだべ? ダークトリニティも悪の組織だべよ」
「元々の世界が俺たちから見たら悪だぞ? そんな世界の悪の組織がわざわざ目立つ理由が分からない」
ダークトリニティ自体、正体不明の組織だ。
麻薬の売買、小さな犯罪で金を巻き上げる。
そんな普通の犯罪を手広くやってた組織だ。
だが今の現状を見る限りそんな組織よりも悪質なのはハイネルの世界そのものだ。
「思えば、ダークトリニティは俺たち警察に目立つように動いてたような気がする……」
「どういうことですか?」
「ああ、いや。これはまだ確証が無いんだが、俺がポチータとチンピラから奪い取った薬物。神秘のしずくだったか? それをばら撒いたのはダークトリニティだと聞いてたわけだが、そもそも神秘のしずくは既に知らずの内にハイネル自身がばら撒いてた状態だってのにわざわざ組織が目立つようにばら撒くか?」
「……なるほど、つまりダークトリニティはあえて目立った。そう言いたいわけですね?」
頷くアナハイド。
「だが確証はない。もともと悪のハイネル。ハイネリアン魔法学院の校舎の3つの塔……トリニティ。そして光の対義語の闇を意味するダーク……。もしかするとダークトリニティはハイネルの事実を俺たちに明かそうとしてた組織かもしれない」
「そうだとしても薬をばらまくのは立派な犯罪だべ」
「だとしても結果、こうして俺たちはここにかぎつけた。きっかけがどうであれ結果はそうなってる」
アナハイドは立ち上がり、ホールの入り口へ向かって歩き始める。
「まあ憶測だがな。とりあえずここに用はもうないだろ? 出るぞ」
頷いた二人はアナハイドについていく。
気になる点はまだあるが、それよりも二人は早くこの気色の悪い空間から脱出したいと考えていた。
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