第26話 換装
本校舎と3つの塔で構成されるハイネリアン魔法学院には総勢600人の学生が在籍しているのだが、塔の外に学生は一人もいない。
本校舎と繋がる一本の道の周りは湖で囲まれていて、残り二つの塔も同じような造りである。
絶海の孤島とまでは言い難いが、それに近い距離感を感じさせる。
そんな塔の外を花は一人歩いていた。
外に出ると誰かに怒られるか、止められるとばかり思っていたが案外そうでもなく、みんな気にせずにいてくれたため比較的容易に出る事が出来た。
のだが……。
湖に囲まれた一本道を歩き始めて数十分、未だに本校舎に辿り着けないでいた。
建物は見えているのに全く距離が縮まる様子が無い。
なんだかこの道が永遠に続くような錯覚さえ覚えてしまう。
すぐ隣の湖に目を向けると花の疲れも知らず魚が優雅に泳いでいた。
「なして向こうに辿り着けないんだべか……。結構歩いたと思うんだけど……」
「それはここの空間が歪められてるからよ」
花はギョッとした。
声のする方向、後ろを振り返るとエルマタルが立っていた。
スンとした表情、片手に握られた短杖。
その姿に花はじりっと後ずさるが……。
「安心して、別にあなたを裁きに来たわけじゃないから。新入生はいつも外に出てこの空間に驚くんだけどね? そのせいで頭がおかしくなっちゃう子もしばしば居るのよ。だからこうして塔の主である私が迎えに来るの」
嘆息しながらエルマタルは花の方へゆっくり歩いてくる。
そんな彼女に花は当然警戒を解かずにいる。
ただののんきな学生ではないのだ。
花は大人で、異世界問題を解決する機関F・E・T・Sのオペレーターなのだから。
そんな花は眉を寄せつつエルマタルを睨む。
「そ、そうだべか……。でも空間って? んじゃ、私たちはいつ外に出られるだ?」
「さあね」
「さあって、エルマタルさんにも分かんないべか?」
「だって、興味ないから」
塔の中で話した時とは違う。
まるで人形のように感情が言葉に籠っていない。
今のエルマタルから感じるのは無。
本当に生きた人間なのか? 今の花にはエルマタルが人形かロボットのようにしか見えずにいた。
だから花は腰に下げた杖に手を掛けたが——
「————」
詠唱、それもこの世界の言語じゃない言葉。
それがハイネルの魔法だと花は一瞬で判断し杖を展開して宙に浮かび上がった。
「い、いきなりなにすんだべか! さっき裁きに来たわけじゃないって言ったじゃねぇか」
「そうね、裁きには来てないわ……」
エルマタルの冷たい瞳が空を飛ぶ花に向くと同時に短杖も向けられた。
先端から雷が迸り花へ迫る。
花はすぐに大和出身のオペレーターから習った防御魔法を展開してそれを防いだ。
花自身を守る防御結界でなんとかエルマタルの攻撃は防げたが、今の攻撃で結界の一部が破損してしまっている。
この防御魔法はF・E・T・S最強の兵器である高井直哉の全力の一撃を一度は耐える強度を誇っているはずだ。
一部が欠けた、その事実が意味することは——
「あら、すごいわね」
このエルマタルという学生。高井直哉よりも高い攻撃力を備えているということ。
高井直哉の存在はF・E・T・Sで働く同僚たちの噂程度でしか知らないが、あのゲルルンギラスを殴り飛ばし、ネクロウィザードも倒した実力者だと耳にしている。
「せっかく一瞬で終わらせてあげようと思ったのに……」
「裁きじゃないなら、殺しに来たってことだべか?」
「……せいかーい」
感情のこもっていない笑顔、そして指揮者のように振るう短杖からいくつもの稲妻が花を襲い始める。
防御魔法で防ぎ続けるも、限界が近く顔が引き攣った。
(ここでこいつを使うなんて考えてなかったべが……)
換装……。
アルデバランの魔法使いが身に着ける戦闘服バトルジャケットを装備すれば魔法の性能が格段に上昇する。
だが同時にそれは花自身の正体を明らかにするということ。
それに……。
(あのエルマタルさん、おそらく正気じゃないべ。そんな彼女に本気を出すのは……)
だが迷ってる時間はない。
雷が防御結界を砕き、次は花だと言わんばかりに迫る白い雷光に杖を握り締めた——
迷ってる暇はなかった。
「換そ——間に合わない!?」
雷が花に直撃する瞬間——
炎が雷を飲み込んだ。
「おいおい、いくら校内は魔法の使用が自由だからっていじめに使っていいんですかね~」
「あなたは?」
一本道の奥に一人の男が立っていた。
花は振り返りその男に目を見開いた。
そこにいる男は学院の外でダークトリニティの調査をしてるはずの——
「アナハイドさん!?」
「よっす。あらかた調べ終わったんでこっちに来ちまった」
「来ちまったって……。許可は? ここは学生しか入れない敷地内のはずじゃ——」
「状況が変わったんだよ」
アナハイドは花の前に立ち、驚いた顔を浮かべるエルマタルに一枚の用紙を突き付けた。
「異世界ハイネル。いや大魔法国家イネストリアの国勢調査をこれから開始する。これはその令状だ。おとなしく従ってもらおうか? 学生さん」
その用紙を目にしたエルマタルはギョッと目を見開いた。
「国勢調査ですって? あ、あり得ないわ。そんなのハイネル政府が——」
「あー。そっちの許可は必要ねぇんだわ。なんせこれは——」
アナハイドの手に炎が宿り、メラメラと揺らめく。
その炎越しにアナハイドは告げる。
「敵国……つまりお前らの侵略行為に対しての調査だからな」
そう告げると空に何人もの魔法使いが飛んで現れた。
イーグレットにいる魔法使いではない。
花のよく知る、機械的で軍事的な——
「武器を下ろしなさい。我々は国連異質調査機関F・E・T・Sです。異世界ハイネルに我が世界に対する侵略行為の疑いが認められました。これよりあなた方は魔法の一切の使用を禁止、指示に従いなさい」
「リーンさん!? あ、あなた今、本部で仕事してたはずじゃ——」
驚いた顔を浮かべる花にちらりと目を向ける赤髪の少女はすでにジャケットに換装していて臨戦態勢だった。
「事情が変わったの。そこの警官が予想外なものを送ってきたおかげでね」
「予想外、だべ?」
そんな花に答えずリーンはエルマタルに顔を向けて告げる。
「そこの学生。この学院内に未確認のホールもありますね?」
「ホール!?」
花はエルマタルに目を向けるが恐ろしい化け物かのような眼光で空に浮かぶリーンを睨みつけていた。
明らかに花の知ってる彼女ではない。
そんな彼女が杖をリーンに向けた。
リーンは驚いた顔で杖に付いたトリガーに指を掛ける。
「魔法の使用は禁止だと——」
「リーンさん! エルマタルさんは正気じゃないべ! 恐らく洗脳か何かを掛けられてます!」
「洗脳!? もう、またっ!?」
雷が放たれた。リーンは周囲の小隊に散開を命じた。
塔から虚ろな目をした学生たちがまるでゾンビのようにふらふらと出てくる。
そんな光景を見たアナハイドは一言呟いた。
「これが裏の顔……3つの塔、トリニティ……。なるほどな。裏の三巨塔でダークトリニティときたか」
アナハイドも炎を拳に宿らせて——
「調査は後回しだ。今はこいつらを鎮圧すっぞ」
「了解です。花、お前も換装しなさい」
「りょ、了解しました!」
なにがなんだか花は状況が掴めていないが、目の前の学生たちが明らかに異常だというのだけは理解できた。
塔の中にいるときは真面目に修練に打ち込む学生たちだったのだ。
きっと根は悪い人たちじゃないはず。
そう信じて杖を展開し唱えた。
「換装!」
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