第35話:神の玉座(システム)の完全買収と、大公閣下の狂信的・唯一神宣言
「……アリス。人間がどれだけ科学や魔導技術を発展させようと、太古の昔から決して手放そうとしない『非合理の極み』が存在しているわ。それが何か、分かるかしら?」
超巨大・魔導豪華客船『A&Lグランド・リヴァイアサン』。
天候、時間、才能、未来、並行世界、そして死後の魂すらも完全に支配し、私たちの魔導商会A&Lが【大宇宙における究極の支配者】として君臨しているある日の午後。
最上階のCEO執務室にて。ルミアは、ヒマ端末から空中に投影された『世界各国の宗教団体への寄付金(お布施)総額』のグラフを見つめながら、氷のように冷徹な声で問いかけた。
「非合理の極み? うーん……徹夜明けのドカ食い? それとも、ガチャの確率を信じちゃうこと?」
私が空間転送で取り寄せた『別次元の王都産・奇跡のマナ・クレープ』を頬張りながら首を傾げると、ルミアは美しい顔で盛大なため息をついた。
「違うわ。『信仰(祈り)』よ」
「信仰……。神様に祈るってこと?」
「ええ。いいこと、アリス? どんなに我が社が完璧なインフラを提供しても、人間は困った時や不安な時、いまだに教会の女神像や見えない神に向かって『どうか助けてください』と祈り、莫大なお布施を落としているわ。……経営学的に見て、結果(奇跡)を百パーセント保証しないくせに、寄付金だけを非課税で巻き上げる宗教団体なんて、世界最大の詐欺ビジネス(競合他社)よ!!」
ルミアは、空中の寄付金グラフを忌々しげに赤く塗りつぶした。
「神に祈っても雨は降らないし、病気も治らない。それを叶えてあげているのは我が社の気象タクトや医療ナノゴーレムよ! なのに、なぜ人間は【結果を出している我が社】ではなく、【何もしない神】に感謝してお金を払うの!? この星の『感謝と祈りの収益化』が我が社に一元化されていないなんて、絶対に許せないわ!!」
「あー……。まあ、心の拠り所みたいなものだからね。祈るだけならタダだし」
「タダで祈らせるからいけないのよ」
ルミアの瞳が、狂気と強欲のゴールドの輝きを放ち始めた。
「見えない神の玉座なんて、我が商会が物理的に買収(M&A)してしまえばいいのよ! 人々が神に祈るという行為そのものをデータ化し、我が社への『課金リクエスト』に変換する! ……名付けて、超次元・神格権限の完全民営化……【A&L デウス・エクス・マキナ(奇跡の定額制)】計画の始動よ!!」
ルミアの口から飛び出したのは、宇宙の創造主(神)という概念すらもハッキングし、人々の『信仰心』をサブスクリプション(定額制課金)の商材に変えてしまおうという、究極の冒涜計画だった。
「なるほどね……! 祈りという脳波のスピリチュアルな波長をキャッチして、それを『具体的な物理現象(奇跡)』に変換するシステムを創るのね!」
技術者としての私の脳髄に、またしても強烈なインスピレーションの電流が走った。
海風が窓から吹き込み、私の銀色の前髪を揺らす。眉毛にかかる長さは気に入っているけれど、目にかかるのだけは絶対に嫌なので、毎朝私がミリ単位の風魔法で完璧に切り揃えている自慢の前髪だ。視界は極めてクリア。私の脳細胞は今日も最高速で稼働している。
私はクレープを置き、白板の前に立ってガリガリと新たな魔法陣と、一つの『巨大な神殿』の計算式を書き殴り始めた。
「いい、ルミア。これを実現するためには、人工月『アストラル・ルナ』に【超広域・祈願受信アンテナ】を増設するわ! 世界中の人間が『神様、どうか~』と強く念じた瞬間、その脳波を自動でヒマ端末がキャッチして、我が社のサーバーに【祈りのリクエスト】として送信するの!」
「素晴らしいわ! つまり、神への祈りがそのまま我が社への『発注書』になるということね!」
「ええ! 名付けて、人工神格演算機……【A&L オムニ・ゴッド】よ!! このサーバーに祈りが届くと、ヒマ端末から『その奇跡(願い)を起こすための見積もり金額』が即座に提示されるわ! 課金さえ完了すれば、我が社のあらゆるインフラを使って、物理的にその願いを叶えてあげるのよ!!」
「…………ッ!!」
ルミアの瞳孔が、限界まで拡大し、美しい三日月の形に歪んだ。
「あはははは!! えげつない! えげつなすぎるわアリス!! これぞ究極の錬金術! 宗教の完全民営化よ!!」
ルミアは歓喜の声を上げ、猛烈な勢いでヒマ端末にビジネスモデルの構築を始めた。
「いい、アリス! まず富裕層向けには【VIP・ゴッド・パッケージ(月額一兆ゴールド)】を売りつけるわ! このプランの信者の祈りは最優先で処理され、ライバルの商会を雷で焼き払うような『攻撃的な奇跡』すらも合法的に行使できる!」
「神の雷のオプション販売ね! じゃあ、お金がない平民の祈りはどうするの?」
「あら、こっちの方がもっとえげつないわよ」
ルミアは、悪魔そのものの笑顔で断言した。
「お金のない者には【A&L 祈りのガチャ】を引かせるの! 一回五百ゴールドの安価なお布施で祈りを送信できるけど、奇跡が発動する確率は『0.01%』! もしハズレたら『神は貴方に試練をお与えになりました』というメッセージを表示して誤魔化すのよ! 当たるまで何度でも祈り(課金し)続けさせる! 究極の宗教的ギャンブルの完成よ!!」
祈りを金で買い、奇跡を確率で売る。
もはや教会の贖宥状(免罪符)すら可愛く見える、人間の弱さと信仰心を完全にデータ化した悪魔のシステムだった。
「さ、最高ねルミア社長! じゃあ、今すぐこのオムニ・ゴッドの試作機を起動して、私が『世界で一番美味しいケーキが降ってきますように』って祈るテストを――」
「――私の許可なく、君の『願い』を、私以外の得体の知れないシステム(神)に叶えさせるなど、許されると思っているのか?」
ふいに、執務室の空気が物理的に凍りつき、絶対零度の冷気と、極上の威圧感が部屋中を満たした。
重厚な扉が開く音すらなく、漆黒の軍服に身を包んだ帝国の影の皇帝、ユリウス大公が私の背後に立っていた。
「ゆ、ユリウス様! お疲れ様です! どうですか、私たちの究極の宗教ビジネス!」
しかし、ユリウス様のアメジストの瞳は、これまでに見たことがないほど剣呑で、ドロドロとした独占欲と、神という概念そのものを破壊しかねないほどの殺意に満ちていた。
彼はスタスタと白板に歩み寄り、私が描いた『人工神格演算機』の図面を鋭く睨みつけた。
「アリス。君はこの機械に祈れば、どんな願いも叶うと言ったな。……それはつまり、君が何かを欲した時、私に頼るのではなく、この機械(神)に依存する可能性があるということか?」
「えっ? あ、いや、これはあくまで市民からお金を巻き上げるためのシステムであって、私が本気で祈るわけじゃ……」
「絶対に許さん」
ドゴォォォォンッ!!
ユリウス様から放たれた圧倒的な魔力プレッシャーで、執務室の天井が吹き飛び、私の手元にあった試作サーバーのコア(巨大な十字架型の水晶)が、一瞬にして素粒子レベルに分解された。
「ゆ、ユリウス様!? 私の徹夜の試作品が!!」
「君が何かを望むなら、君の隣にいる私にだけ祈ればいい。君の願いを叶えるのも、君に奇跡を起こすのも、この大宇宙において私一人で十分だ。……君が私以外の何者かに、それが機械であれ神であれ『助けてほしい』と祈るなど、想像しただけでこの世界のすべての宗教施設を物理的に消滅させたくなるほどの殺意が湧く!!」
それは、常軌を逸した、神の座(信仰)レベルでの絶対的な独占愛と束縛だった。
妻が自分以外の存在に頼るのが嫌だから、神という概念そのものを力業で消去すると言い張る男など、全次元を探してもこの魔王だけだろう。
「大公閣下。いくら貴方でも、理不尽が過ぎますわよ。アリスの祈願テストができなければ、この世紀の宗教ビジネスが頓挫してしまいますわ!」
ルミアが呆れたように抗議するが、ユリウス様は氷のような視線で彼女を一瞥しただけだった。
「私の妻の信仰の純潔は、全人類の宗教よりも重い。……アリス、この『オムニ・ゴッド』のマスター権限(最高神の座)を、私に渡せ。そして、私の魔力波長でシステムを完全に上書きしろ」
「う、上書き?」
「そうだ。他の有象無象の祈りなど、システムが適当に処理して金を巻き上げればいい。だが、【アリスの祈り】だけは、絶対にこのシステムには干渉させない」
ユリウス様は、不敵に笑って私を見下ろした。
「君が心の中で『これが欲しい』と一瞬でも願った瞬間、その脳波は私自身の魔力(心臓)に直接リンクし、私が自らの手で、世界を滅ぼしてでも即座に君の前にそれを差し出す。……君にとっての唯一絶対の神は、永遠に私だけだ」
「ひゃっ……!? ゆ、ユリウス様、それはもう宗教とかそういう次元じゃなくて、究極の『超高速・愛の出前サービス(ユリウス様限定)』じゃないですかっ!!?」
私が顔から火が出るほど真っ赤になって抗議するが、もはや暴走した大公閣下の愛の暴力を止めることは誰にもできない。
私の純粋な宗教革命は、彼の手によって「妻のどんな些細な願いも瞬時に察知し、他の誰にも手柄を渡さずに自分が叶えるための絶対的・狂信的システム」へと完全に組み込まれてしまったのである。
「(……ほんと、どこに行ってもこの二人のイチャイチャには頭が痛くなるわ。まあ、大公閣下の魔力がシステムにリンクしたことで、奇跡の出力(神威)が神の領域を完全に凌駕したから、ビジネスとしては最高ね)」
ルミアは、呆れ顔でヒマ端末を叩きながら、悪びれる様子もなく新たな事業計画書を完成させた。
◆◆◆
それから数日後。
『アストラル・ルナ』の通信網を通じて、世界中のヒマ端末に【A&L 祈りのサブスクリプション(奇跡の販売)】のサービス開始が通知された。
世界中の富裕層は、自らの『願い』を確実に叶えるため、教会のお布施箱ではなく、ヒマ端末の画面に向かって狂ったようにA&Lペイで【奇跡ガチャ】を回し始めた。
「商売繁盛」「不老長寿」「政敵の排除」。
あらゆる祈りが、魔導商会のインフラ(気象操作、暗殺、医療ナノゴーレム)によって物理的に叶えられていく。
その結果、世界中に存在していた古い教会や神殿は、信者と資金を完全に奪われ、次々と破産。その跡地は、魔導商会A&Lの巨大なデータセンター(神殿)として次々と買収・改築されていった。
神の玉座は、完全にルミアの手によって民営化されたのである。
◆◆◆
その恐ろしい信仰支配の真実を、文字通りの『地獄の底』で支えている者たちがいた。
グランド・リヴァイアサンの地下最下層、魔力自家発電プラント(懲罰房)。
「ウガァァ……!! ギァァァァ……!!」
巨大な鉄の回し車の中で。
獣と化し、筋肉の限界を超えて走り続けるギルバート元王子とザイード元王子。
彼らの目の前に設置された巨大モニターには、現在彼らの電力で稼働している『世界中の祈りの処理状況』がリアルタイムで表示されている。
『あらあら、元・殿下たち。神の奇跡を起こすための天文学的な魔力を、よく生み出しているわね』
頭上のスピーカーから、ルミアの冷酷な声が響く。
『いいこと? 今日から貴方たちには、世界中の何億という祈りを処理するための「超・奇跡演算マナ・サーバー」の電力を賄ってもらうわ。……でも、ただ走らせるだけじゃ、神々しさに欠けるわね』
ルミアは、ヒマ端末を操作して、ある『えげつないコマンド』を実行した。
『特別に、貴方たちの背中に【神聖な天使の羽(物理的に重さ百キロの鋼鉄製)】と、頭上に【光の輪(超高熱のマナ・リング)】を取り付けてあげたわ。これで貴方たちも、立派な神の使い(天使)よ。……さあ、世界中の迷える子羊たちのために、もっと神聖に、死ぬ気でペダルを回しなさい!!』
「……あ? はっ……!? ぎ、ぎゃあああああ!! 重いぃぃぃ!! 頭の輪っかが熱いぃぃぃ!!」
ルミアの気まぐれで再びわずかな理性を復元されたギルバートが、背中の激痛と頭上の熱に絶叫を上げた。
「なぜだ! なぜ俺が、こんな鋼鉄の羽を背負って走らなきゃならないんだぁぁぁ!! 俺は王族だぞ!! 神に愛される側の人間のはずだぁぁぁ!!」
『神? あら、この世界の神はもう我が社よ。つまり私が神。神である私が、貴方たちを天使として重労働させるのは至極当然の理でしょう?』
「ひぃぃぃっ!! 悪魔だ!! 悪魔が神の座を乗っ取ったんだぁぁぁ!!」
『さあ、無駄口を叩いていないで、早く走りなさい! 今、西の国の富豪から【ライバルの商船を嵐で沈めてくれ】という一千億ゴールドの祈りが届いたわ! 奇跡を発動するための魔力が足りないわよ!! 足を止めたら熱板で丸焦げよ!!』
「アリスぅぅぅ……! 俺が悪かった! 頼む、もう奇跡なんていらない! 俺の罪を許してくれぇぇぇ!!」
かつて私を無能と嘲笑い、自らの地位にあぐらをかいていた愚かな男は、神の使い(天使)という名の究極のブラック労働者に強制ジョブチェンジさせられ、究極の絶望の中で一生走り続ける運命にあった。
彼らの流す絶望の涙は、最強のエンタメ帝国と神の座を支えるための極上のエネルギーとして、今日も一滴残らず吸い尽くされていくのであった。
◆◆◆
その日の夜。
グランド・リヴァイアサンの最上階、ペントハウス。
世界中を狂乱の奇跡ガチャで支配した熱狂など一切届かない、絶対不可侵の静寂の中で。
私は、ペントハウスのバルコニーで、ユリウス様の広い胸の中にすっぽりと収まり、彼の力強い鼓動を聞いていた。
「……アリス。世界中の人間が、あのシステムに祈りを捧げ、ありもしない奇跡にカネを落としている。……だが、君だけは、どこにも祈る必要はない」
ユリウス様は、私の銀髪を愛おしそうに撫でながら、極上に甘く、そして狂おしいほど熱い声で囁いた。
「ゆ、ユリウス様……。私、神様にお願いすることなんて何もないです。だって、私の欲しいものは全部自分で創れるし……何より、一番欲しかったものは、もう私の隣にありますから」
私が顔を上げて彼のアメジストの瞳を見つめると、彼は私の頬を優しく包み込んだ。
「ああ。君のその言葉こそが、私の魂を救う唯一の神託だ。……私は神ではない。だが、君のためなら、宇宙の法則を捻じ曲げ、神の玉座すらも引きずり下ろして君の足元に敷いてやろう。……君のすべての願いは、永遠に私が叶える」
帝国最強の影の皇帝からの、神という概念すらも凌駕する、逃げ場のない独占と愛の誓い。
彼の言葉はどこまでも重く、狂気じみているのに。私はその圧倒的な庇護と熱に、完全に心を奪われ、ただ彼に寄り添うことしかできなかった。
「……はい。私、どんな神様よりも、ユリウス様のことだけを信じていますから」
私が彼のアメジストの瞳を見つめ返し、そっと口付けを交わすと、彼は限界まで理性を吹き飛ばされたような瞳で私を抱き上げた。
「ああ。君のすべてを、魂の底の底まで、永遠に愛し尽くしてやろう」
世界中の人間の信仰心をビジネスに変えたえげつない計画の裏で。
私たち二人の、誰にも邪魔されない、そして神の奇跡ですら引き裂けない甘すぎる愛の時間は、果てしなく深く、永遠に続いていくのだった。
……そして。
天候、時間、才能、未来、並行世界、死後、そして神の玉座。
すべての概念を完全に制覇し、大宇宙の富を吸い尽くした魔導商会A&Lは、いよいよ『最後のプロジェクト』に向けて、動き出そうとしていた。
(第35話 終わり)




