第33話:並行世界(マルチバース)の強制的M&Aと、大公閣下の無限宇宙(パラレル)干渉
「……アリス。資本主義という名の巨大な魔物は、常に『餌』を食べ続けなければ死んでしまう生き物だということを知っているかしら?」
超巨大・魔導豪華客船『A&Lグランド・リヴァイアサン』。
天候、時間、才能、未来……ありとあらゆる神の領域をビジネスに変え、私たちの魔導商会A&Lが【地球上の全人類からの完全なる搾取】を完了した、ある静かな昼下がり。
最上階のCEO執務室にて。ルミアは、ヒマ端末から空中に投影された『世界各国のA&Lペイ普及率と市場シェア』の円グラフを見つめながら、氷のように冷徹な、それでいてどこか退屈そうなため息をついた。
「餌を食べ続けないと死んじゃう? うーん……マグロとかサメみたいなもの?」
私が空間転送で取り寄せた『旧バルバドス領産・超高級マナ・タピオカミルクティー』をちゅうちゅうと吸いながら首を傾げると、ルミアは美しい顔を歪めて、バインダーで机をバンッ!と叩いた。
「そうよ! 止まったら死ぬの! ……いいこと、アリス? この円グラフを見てみなさい。現在、この星に存在するすべての国家、すべての人間が、我が社のインフラに依存している。市場シェアは驚異の【100%】。……つまり、この星にはもう、私たちが新しく開拓できる『未開の市場』や『奪える富』が、物理的に一ゴールドたりとも残っていないのよ!!」
ルミアは、真っ青に塗りつぶされた世界地図を忌々しげに睨みつけた。
「経営者にとって、これ以上の成長戦略が描けない『完全な独占』は、ただの停滞よ! これでは来期の売上目標を前年比で超えることができないじゃない! アストラル・ルナのおかげで世界中を監視し尽くした結果、この星があまりにも狭すぎることに気づいてしまったわ!!」
「あー……。まあ、地球の大きさも人間の数も有限だものね。限界が来るのは当然じゃない?」
「有限で済ませるなら、私は魔導商会のCEOなんてやっていないわ」
ルミアの瞳が、狂気と資本主義の悪魔の輝きを放ち始めた。
「この世界が狭すぎるなら、別の世界を見つければいい! 私たちがいるこの地球と同じように、無数の可能性が分岐して生まれた『別の宇宙』があるはずよ! ……アリス、貴女の魔法で、次元の壁をぶち破りなさい!!」
ルミアの口から飛び出したのは、もはや惑星規模の支配すら生温いと言わんばかりの、宇宙の法則そのものを踏み台にした【並行世界の市場開拓】という、神をも恐れぬ事業計画だった。
「なるほどね……! 量子力学的なマナの揺らぎを固定して、無数に存在するパラレルワールドへの扉を開くのね!」
技術者としての私の脳髄に、またしても強烈なインスピレーションの電流が走った。
私はタピオカのストローを置き、白板の前に立ってガリガリと新たな魔法陣と、一つの『巨大な門』の計算式を書き殴り始めた。
「いい、ルミア。これを実現するためには、人工月『アストラル・ルナ』と地下の魔力プラントの出力を完全に同期させて、空間に【極大の次元断層】を創り出すわ! 座標計算さえ間違えなければ、歴史が少しだけ違う地球や、魔法が存在しない地球、さらには『私たちがまだ商売を始めていない地球』に自由にアクセスできるようになるの!」
「素晴らしいわ! つまり、無数の手付かずの市場が、無限に広がっているということね!」
「ええ! 名付けて、超次元・並行世界接続ゲート……【A&L マルチバース・ダイバー】よ!! このゲートを使えば、向こうの世界の特産品をこっちに持ってきたり、逆にこっちの世界の常識を向こうに売りつけたり……次元を超えた貿易が思いのままよ!!」
「…………ッ!!」
ルミアの瞳孔が、限界まで拡大し、美しい三日月の形に歪んだ。
「あはははは!! えげつない! えげつなすぎるわアリス!! これぞ究極の錬金術! 次元間アービトラージ(裁定取引)よ!!」
ルミアは歓喜の声を上げ、猛烈な勢いでヒマ端末にビジネスモデルの構築を始めた。
「いい、アリス! もし【魔法が存在しない並行世界】を見つけたら、そこに我が社の『ただの着火用魔導具(百円ライターレベル)』を持ち込んで、超最先端の奇跡の技術として何十億ゴールドで売りつけるわ! 逆に、こっちの世界では価値のないただの『石ころ』が、向こうの世界では未知のエネルギー源として高値で取引されるかもしれない!!」
「なるほど! 価値観の違いを利用して、ゴミを宝として売りつけるのね!」
「そうよ! そして、もし向こうの世界に『魔導商会A&Lを立ち上げていない、ただの貧乏な私』がいたら……その世界を丸ごと買収して、並行世界の私を安月給の支社長としてこき使ってやるわ!! 無限の宇宙、無限の利益! これで我が社の売上は、文字通り【∞(無限大)】よ!!」
別次元の自分すらもブラック労働の駒として搾取しようとする、究極の強欲。
もはや彼女の前に限界という言葉は存在しない。並行世界すらもA&Lのチェーン店(植民地)にしてしまうという、宇宙最悪のフランチャイズ計画だった。
「さ、最高ねルミア社長! じゃあ、今すぐこのマルチバース・ダイバーの試作機を起動して、私が『別の世界の私』に会いに行くテストを――」
「――私の許可なく、君の存在(魂)を、別の宇宙に分散させるなど、許されると思っているのか?」
ふいに、執務室の空気が物理的に凍りつき、絶対零度の冷気と、極上の威圧感が部屋中を満たした。
重厚な扉が開く音すらなく、漆黒の軍服に身を包んだ帝国の影の皇帝、ユリウス大公が私の背後に立っていた。
「ゆ、ユリウス様! お疲れ様です! どうですか、私たちの究極の次元開拓ビジネス!」
しかし、ユリウス様のアメジストの瞳は、これまでに見たことがないほど剣呑で、ドロドロとした独占欲と、宇宙そのものを破壊しかねないほどの殺意に満ちていた。
彼はスタスタと白板に歩み寄り、私が描いた『マルチバース・ダイバー』の図面を鋭く睨みつけた。
「アリス。君はこの門で、無数に存在する並行世界を観測できると言ったな。……それはつまり、この宇宙のどこかに、【君が私と出会わず、あの無能なハムスター(王子)と結婚させられて不幸になっている世界線】が存在する可能性があるということか?」
「えっ? あ、いや、無限の可能性があるなら、確率的にはそういう悲惨な世界線もあるかもしれませんけど……」
「絶対に許さん」
ドゴォォォォンッ!!
ユリウス様から放たれた圧倒的な魔力プレッシャーで、執務室の壁が消し飛び、私の手元にあった試作ゲートのコア(水晶)が、一瞬にして素粒子レベルに分解された。
「ゆ、ユリウス様!? 私の徹夜の試作品が!!」
「君が涙を流す世界線など、この大宇宙のいかなる次元であろうと存在してはならない。……それに、もし別の世界の君が、私以外の羽虫(男)に触れられているなどと想像しただけで、私はこの全次元の並行宇宙を端からすべて物理的に消滅させたくなるほどの殺意が湧く!!」
それは、常軌を逸した、マルチバース(多次元)レベルでの絶対的な独占愛と過保護だった。
妻が別の宇宙で不幸になっているかもしれないから、あるいは別の自分以外の男と結ばれているかもしれないから、並行世界そのものを破壊すると言い張る男など、全次元を探してもこの魔王だけだろう。
「大公閣下。いくら貴方でも、理不尽が過ぎますわよ。アリスの次元ゲートが完成しなければ、この世紀の無限ビジネスが頓挫してしまいますわ!」
ルミアが呆れたように抗議するが、ユリウス様は氷のような視線で彼女を一瞥しただけだった。
「私の妻の純潔と幸福は、無限の宇宙の法則よりも重い。……アリス、この『マルチバース・ダイバー』の検索アルゴリズムを、私の魔力波長で強引に上書きしろ」
「う、上書き?」
「そうだ。他の羽虫どもがどうなろうと知ったことか。だが、このゲートが開く先は【君と私が必ず出会い、君が完全に私の庇護下で世界一愛されている世界線】のみに限定しろ」
ユリウス様は、不敵に笑って私を見下ろした。
「それ以外の、君が少しでも不幸なバッドエンドの宇宙が見つかった場合は、ゲートを繋ぐのではなく……私の魔力を直接送り込み、その宇宙の因果律そのものを【消去】する。……私の妻が不幸な宇宙など、初めから存在しなかったことにしてやる」
「ひゃっ……!? ゆ、ユリウス様、それはもう次元開拓というより、私を不幸にする可能性のある並行宇宙を片っ端から滅ぼすための、究極の次元剪定兵器じゃないですかっ!!?」
私が顔から火が出るほど真っ赤になって抗議するが、もはや暴走した大公閣下の愛の暴力を止めることは誰にもできない。
私の純粋な次元革命は、彼の手によって「すべての次元において妻の絶対的な幸福と純潔を強制し、それ以外を無慈悲に滅ぼすための絶対運命防衛システム」へと完全に組み込まれてしまったのである。
「(……ほんと、どこに行ってもこの二人のイチャイチャには頭が痛くなるわ。まあ、大公閣下の魔力がシステムにリンクしたことで、次元ゲートの安定性が神の領域まで跳ね上がったから、ビジネスとしては最高ね)」
ルミアは、呆れ顔でヒマ端末を叩きながら、悪びれる様子もなく新たな事業計画書を完成させた。
◆◆◆
それから数日後。
『アストラル・ルナ』の通信網を通じて、世界中のヒマ端末に【A&L マルチバース貿易】のサービス開始が通知された。
世界中の富裕層は、見たこともない別次元の不思議な品物(並行世界ではただの日用品)を、天文学的な値段で買い漁り始めた。
一方、ルミアは別次元の「まだA&Lが存在しない地球」に次々とコンタクトを取り、圧倒的な技術力と情報力で、現地の経済をものの数日で乗っ取っていった。
一つの星の支配を完了した彼女は、今や「並行世界の地球」を次々とチェーン店化していく、多次元の支配者へと昇華したのである。
◆◆◆
その恐ろしい次元支配の真実を、文字通りの『地獄の底』で支えている者たちがいた。
グランド・リヴァイアサンの地下最下層、魔力自家発電プラント(懲罰房)。
「ウガァァ……!! ギァァァァ……!!」
巨大な鉄の回し車の中で。
知性を失い、獣と化したギルバート元王子とザイード元王子は、ヨダレを垂らしながら全速力で走り続けていた。
彼らの目の前に設置された巨大モニターには、現在彼らの電力でこじ開けられている『並行世界の映像』がリアルタイムで表示されている。
『あらあら、元・殿下たち。次元の壁をこじ開けるための天文学的な魔力を、よくその短い足で生み出しているわね』
頭上のスピーカーから、ルミアの冷酷な声が響く。
『いいこと? 今日から貴方たちには、無数の並行宇宙へ繋がる「超・次元断層マナ・サーバー」の電力を賄ってもらうわ。……でも、ただ走らせるだけじゃつまらないわね。特別に、貴方たちの【別の可能性(並行世界)】をモニターに映してあげるわ』
ルミアがヒマ端末を操作すると、モニターに一つの並行世界の映像が映し出された。
そこは、アリスが婚約破棄されず、ギルバートが心を入れ替えて真面目に政務に励み、王国が平和に栄えているという『奇跡のようなハッピーエンドの宇宙』だった。
映像の中のギルバートは、立派な王冠を被り、美しい王妃(別のアリス)と手を取り合って国民の歓声に応えている。
「……あ? はっ……!? お、俺……? アリス……?」
ギルバートの瞳に、わずかな理性が戻った。
自分が手にするはずだった、輝かしい栄光と幸せの絶頂。その完璧な「もしも」の光景を目の当たりにして、ギルバートは涙を流して画面に手を伸ばそうとした。
――しかし。
『ピロロン! 大公閣下のセキュリティ・システムが作動しました。【アリス様が別の男と結婚している許されざる宇宙】を検知。これより、当該次元を物理的に消去します』
「なっ……!!?」
無機質な電子音と共に。
モニターの中の『幸せな並行世界』の上空に、突然、ユリウス大公の極大の断絶魔法(紫色の極光)が降り注いだ。
立派な王城も、歓声を上げる国民も、そして王冠を被った「もう一人のギルバート」も。
一瞬にして、文字通り宇宙の塵となって消滅してしまったのだ。
「あ、あああぁぁぁぁぁっ!!!」
ギルバートの顔が、恐怖と絶望で完全に蒼白になった。
「嘘だ! 嘘だろ!? 俺の唯一の希望が! 並行世界の俺がぁぁぁ!! なぜだ! なぜあっちの俺まで殺されなきゃならないんだぁぁぁ!!」
『当然でしょう? ユリウス様が「アリスが他の男に触れられている宇宙」を許すはずがないわ。……つまり、この全次元・全宇宙において、貴方がアリスと結ばれるハッピーエンドは【システム(大公閣下)によって物理的に不可能】に設定されたのよ』
「ひぃぃぃっ!! 悪魔だ!! 次元を超えた悪魔だぁぁぁ!!」
『さあ、自分の存在の無価値さを全次元レベルで理解したなら、もっと死ぬ気でペダルを踏み込みなさい!! 足を止めたら熱板で丸焦げよ!!』
「アリスぅぅぅ……! 俺が悪かった! 頼む、もう並行世界(希望)を見せないでくれぇぇぇ!! 俺はただのハムスターでいいからぁぁぁ!!」
かつて私を無能と嘲笑い、自らの地位にあぐらをかいていた愚かな男は、全次元において自分の幸福が完全に否定されたことを悟らされ、究極の絶望の中で一生走り続ける運命にあった。
彼らの流す絶望の涙は、最強のエンタメ帝国と次元支配を支えるための極上のエネルギーとして、今日も一滴残らず吸い尽くされていくのであった。
◆◆◆
その日の夜。
グランド・リヴァイアサンの最上階、ペントハウス。
無数の並行世界をビジネスに変えた狂乱など一切届かない、絶対不可侵の静寂の中で。
私は、ペントハウスのバルコニーで、ユリウス様の広い胸の中にすっぽりと収まり、彼の力強い鼓動を聞いていた。
「……アリス。ルミアが並行世界から持ち込む下らない品物に、世界中の人間が熱狂している。……だが、どれだけ無数の次元を探そうと、君の代わりになる存在はこの大宇宙のどこにも存在しない」
ユリウス様は、私の銀髪を愛おしそうに撫でながら、極上に甘く、そして狂おしいほど熱い声で囁いた。
「ゆ、ユリウス様……。私、別の世界の自分がどんな風に生きてるか、全然知りたくないです。だって、今ここでユリウス様と一緒にいる私が、全宇宙で一番幸せだって分かってますから」
私が顔を上げて彼のアメジストの瞳を見つめると、彼は私の頬を優しく包み込んだ。
「ああ。君のその言葉こそが、私の世界を照らす唯一の真理だ。……君が私を選んでくれたこの世界線こそが、大宇宙の絶対的な【正史】だ。他の下らない可能性など、私がすべて物理的に剪定して、君の笑顔だけが咲き誇る世界を守り抜いてやろう」
帝国最強の影の皇帝からの、次元すらも凌駕する、逃げ場のない独占と愛の誓い。
彼の言葉はどこまでも重く、狂気じみているのに。私はその圧倒的な庇護と熱に、完全に心を奪われ、ただ彼に寄り添うことしかできなかった。
「……はい。私、全次元のどこを探しても、ユリウス様だけの妻でいますから」
私が彼のアメジストの瞳を見つめ返し、そっと口付けを交わすと、彼は限界まで理性を吹き飛ばされたような瞳で私を抱き上げた。
「ああ。君のすべてを、無限の次元の果てまで、骨の髄まで愛し尽くしてやろう」
世界中の並行宇宙をビジネスに変えたえげつない計画の裏で。
私たち二人の、誰にも邪魔されない、そしてどんな次元の法則でも引き裂けない甘すぎる愛の時間は、果てしなく深く、無限に続いていくのだった。
(第33話 終わり)




