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第27話:魔導睡眠デバイスによる『夢の完全支配(マネタイズ)』と、大公閣下の夢魔(インキュバス)化

「……アリス。人間という生き物は、人生の約三分の一を『ある行為』に費やしているわ。それが何か、分かるかしら?」


 超巨大・魔導豪華客船『A&Lグランド・リヴァイアサン』。

 人工魔導月『アストラル・ルナ』が完璧なマナ・ウェーブを世界中に供給している穏やかな昼下がり。

 最上階のCEO執務室にて、ルミアはヒマ端末に表示された『人間の生涯活動時間データ』の円グラフを忌々しげに指差した。


「三分の一? ええと……ご飯を食べる時間? それともお風呂?」

 私が空間転送で取り寄せた『クラーケンの極上タコ焼き(※イカですが)』を頬張りながら首を傾げると、ルミアは冷徹なため息をついた。


「違うわ。『睡眠』よ」


 ルミアはバインダーを机に叩きつけ、その美しい顔に資本主義の悪魔のような険しい影を落とした。


「いい、アリス。人間が八十年生きるとして、そのうちの約二十五年から三十年近くは『ただ目を閉じて寝ているだけ』なのよ。……信じられる? 二十五年間よ!? その間、人間は何も生産せず、何も消費せず、我が商会に一ゴールドの利益ももたらさないの!! 経営学的に見て、これほど非効率で腹立たしい『死に時間ロス』が存在していいはずがないわ!!」


「あー……。まあ、生き物だから寝ないと死んじゃうし。疲労回復のためには仕方ないんじゃない?」


「仕方ないで済ませるなら、私は魔導商会のCEOなんてやっていないわ」

 ルミアの瞳が、狂気と強欲のゴールドに輝き始めた。


「起きている時間のインフラはすべて私たちが支配した。なら次は、彼らが無防備に目を閉じている『睡眠時間』……すなわち【夢の世界(潜在意識)】を、完全に我が社の経済圏に組み込むのよ!!」


 ルミアの口から飛び出したのは、人間の脳内すらも市場マーケットに変えようという、常軌を逸したビジネスプランだった。


「なるほどね……! 睡眠時間をエンターテインメントや学習、そして消費の時間に変えるってことね!」

 技術者としての私の脳髄に、またしても強烈なインスピレーションの電流が走った。

 私は白板の前に立ち、ガリガリと新たな魔法陣と、一つの『枕』の図面を描き始めた。


「いい、ルミア。夢というのは、脳の記憶の整理と魔力波長の揺らぎによって発生するわ。だったら、その魔力波長を外部から完全にハッキングして、意図的に『極上の夢』を脳に直接ダウンロードすればいいのよ!」

「夢のダウンロード?」


「ええ! 名付けて、完全没入型・魔導安眠デバイス……【A&L ソムニウム・ピロー】よ!!」


 私は得意げに胸を張り、白板をバンバンと叩いた。


「ベースにするのは、最高級のスライムシルク。その中に、私の『精神感応テレパシー陣』と『空間拡張・仮想現実陣』を極小サイズで編み込むの。そして、人工月『アストラル・ルナ』のサーバーと常時リンクさせる!」

「……それで、どんな夢が見られるの?」


「利用者がヒマ端末から『見たい夢のジャンル』を選ぶの。例えば『大冒険の夢』『イケメンに囲まれる夢』『空を飛ぶ夢』……。枕が利用者の脳波を読み取り、アストラル・ルナから最適な仮想現実の映像(夢)を脳に直接送り込む! しかも、睡眠の質は究極の『深睡眠(ノンレム睡眠)』状態に固定されるから、現実の肉体の疲労はたった三時間の睡眠で完全に回復するわ!!」


「…………ッ!!」

 ルミアの瞳孔が、限界まで拡大し、美しい三日月の形に歪んだ。


「あはははは!! 素晴らしい! 素晴らしすぎるわアリス!! これぞ究極の睡眠革命! 現実の辛い労働から逃げ出したい平民も、退屈を持て余す貴族も、絶対にこの『極上の夢』の中毒になるわ!!」


「でしょ? さらに、夢の中で『語学』や『魔法の知識』をダウンロードする睡眠学習機能も付けられるわよ!」


「完璧よ!!」

 ルミアは歓喜の声を上げ、猛烈な勢いでヒマ端末にビジネスモデルの構築を始めた。


「いい、アリス! この枕の基本使用料(睡眠の質向上機能)は安価で提供するわ。……でも、ここからが私の【夢のマネタイズ】よ!」

「マネタイズ?」


「そう! 夢の中で『自分の好きなシチュエーション』を見るためのシナリオデータは、すべて【A&Lペイでの有料販売(従量課金)】とするわ! さらに、無料プランの利用者には……極上の夢を見る直前に、脳内に直接【十五秒のスキップ不可の動画広告】を流し込むのよ!!」


「こ、広告!? 夢の中にまで!?」


「ええ! 『極上の睡眠の前に、A&Lの美容ポーションはいかが?』ってね! 無意識下に直接広告を刷り込めば、洗脳レベルの購買意欲を引き出せるわ! 広告を消したければ、月額一万ゴールドの【プレミアム・スリープ会員】になれってことよ!」


 ルミアは両手を広げ、資本主義の悪魔そのものの高笑いを上げた。


「あはははは!! 凄い! 凄まじいわ! 起きている時は労働で我が社に尽くし、寝ている時は夢の中で我が社に課金する! これで帝国の市民は、文字通り【二十四時間、一秒の隙もなく】我が商会に資産を吸い尽くされる働き蜂になるのよ!!」


 無意識の領域、夢の中のプライバシーすらも広告枠として売り飛ばす。

 私は親友の恐るべき経営手腕に、背筋が凍るような畏敬の念を抱いていた。


「さ、最高ねルミア社長! じゃあ、今すぐこのソムニウム・ピローの第一号を使って、私が『仮想空間での夢の同期テスト』を――」


「――私の許可なく、君の『夢の中』に別の何者かが入り込むなど、許されると思っているのか?」


 ふいに、執務室の空気が物理的に凍りつき、絶対零度の冷気と、極上の威圧感が部屋中を満たした。

 重厚な扉が開く音すらなく、漆黒の軍服に身を包んだ帝国の影の皇帝、ユリウス大公が私の背後に立っていた。


「ゆ、ユリウス様! お疲れ様です! どうですか、私たちの究極の睡眠ビジネス!」


 しかし、ユリウス様のアメジストの瞳は、これまでに見たことがないほど剣呑で、ドロドロとした怒りと独占欲に満ちていた。

 彼はスタスタと白板に歩み寄り、私が描いた『ソムニウム・ピロー』の図面を鋭く睨みつけた。


「アリス。この枕は、人工月サーバーを通じて他者の夢と『同期』できると言ったな。……つまり、世界のどこかにいる羽虫(男)が、君の夢の中にハッキングして、無防備な君の精神に接触できる可能性があるということか?」


「えっ? は、はい。理論上は、サーバーを経由して『複数人で同じ夢を見る(オンラインマルチプレイ)』ことも可能ですから、セキュリティの脆弱性を突かれれば……」


「絶対に許さん」


 ドゴォォォォンッ!!

 ユリウス様から放たれた圧倒的な魔力プレッシャーで、執務室の窓ガラスにピキピキとヒビが走り、私の手元にあった試作品の枕が、中身のスライムシルクごと一瞬にして消し炭になった。


「ゆ、ユリウス様!? 私の徹夜の試作品が!!」

「君の肉体だけでなく、君の潜在意識、夢の中すらも……君を構成するすべての要素は、私の完全なる所有物だ。君の夢の中に、私以外の何者かの姿が映り込むなど、想像しただけでこの星のインターネットを物理的に破壊したくなるほどの殺意が湧く。……君の夢のマスターキーは、私が預かる」


 それは、常軌を逸した、精神レベルの独占欲だった。

 医療用ナノマシンの時もそうだったが、大公閣下の『妻の領域への不可侵条約』は、物理から情報空間へと容赦なく拡大している。


「大公閣下。いくら貴方でも、過保護が過ぎますわよ。アリスの脳波でテストできなければ、この世紀の睡眠ビジネスが頓挫してしまいますわ」

 ルミアが呆れたように抗議するが、ユリウス様は氷のような視線で彼女を一瞥しただけだった。


「私の妻を実験台にする必要はない。……アリス、この枕の『メインサーバー接続回路』を、私の魔力波長のみを受け付ける【完全なオフライン(ローカル)仕様】に書き換えろ」

「お、オフライン?」


「そうだ。君の見る夢は、アストラル・ルナのサーバーではなく、私自身の魔力(脳)と直接リンクさせる。これで君の夢の中には、私以外の不純物は一切混入しない。……君の夢の支配者(システム管理者)は、私だ」


 ユリウス様は、不敵に笑って私を見下ろした。


「これならば、君の夢の中でどんなテストをしようが問題ない。現実世界での君との時間は当然のものとして……これからは、君が眠りに落ちた後の『夢の中の君』も、私が二十四時間、余さず愛し尽くすことができるのだからな。……素晴らしい発明だ、アリス。今夜から早速、この枕を使わせてもらおう」


「ひゃっ……!? ゆ、ユリウス様、それはなんだか別の意味でめちゃくちゃ逃げ場がないというか、夢の中でもずっとイチャイチャし続けるってことですかっ!!?」


 私が顔から火が出るほど真っ赤になって抗議するが、もはや暴走した大公閣下の愛の暴力を止めることは誰にもできない。

 私の純粋な睡眠革命は、彼の手によって「妻の夢の中に二十四時間侵入し、潜在意識レベルで愛撫・独占するための極悪インキュバス兵器」へと完璧に改造されてしまったのである。


「(……ほんと、どこに行ってもこの二人のイチャイチャには頭が痛くなるわ。まあ、大公閣下の魔力が加わったことで、枕の精神安定効果セキュリティが百倍に跳ね上がったから、富裕層向けの超高級モデルとして売り出せるわね)」

 ルミアは、黒焦げになった枕の残骸を見つめながら、悪びれる様子もなく新たな事業計画書を完成させた。


 ◆◆◆


 それから数日後。

 『アストラル・ルナ』の通信網を通じて、世界中のヒマ端末に【A&L ソムニウム・ピロー】の発売開始が通知された。


 帝国中の貴族や、働き詰めの商人たちは、こぞってこの『魔法の安眠枕』を買い求めた。

 そして、その恐るべき中毒性は、一夜にして世界を飲み込んだ。


「素晴らしい……! たった三時間しか寝ていないのに、身体の疲れが完全に取れている! しかも、夢の中で憧れの絶世の美女とデートできるなんて……!!」

「俺は昨日の夢で、竜を倒す英雄になったぞ! 有料の『勇者シナリオ』を買った甲斐があった!」

「くそっ、無料プランだと、いいところで『この夢の続きはA&Lペイで課金してね!』ってルミア社長の広告が入って目が覚めちまう! プレミアム会員になるしかない!!」


 現実の辛さを忘れさせる極上の仮想空間。

 人々は、起きている現実の時間を削ってでも、枕に顔を埋めて夢の世界(仮想現実)に引きこもるようになった。

 そして夢の中で、彼らは湯水のようにA&Lペイを消費していく。

 ルミアの目論見通り、睡眠という『最後の未開拓市場』は、完全なる搾取のブラックホールへと変貌を遂げたのである。


 ◆◆◆


 その恐ろしい睡眠支配の真実を、文字通りの『地獄の底』で支えている者たちがいた。

 グランド・リヴァイアサンの地下最下層、魔力自家発電プラント(懲罰房)。


「ぜぇ……はぁ……!! ぎ、ギルバート先輩!! なんですか今日のペダルの異常な重さはぁぁぁ!! 足が! 足の骨が軋んでますぅぅぅ!!」

「知るかぁぁぁ!! 世界中の人間が同時に見ている『夢の仮想サーバー』の映像処理レンダリング電力を、俺たちだけで賄ってるんだぞぉぉぉ!!」


 巨大な鉄の回しハムスター・ホイールの中で。

 ギルバート元王子とザイード元王子は、全身の筋肉を悲鳴を上げさせながら、滝のような汗を流して走り続けていた。


 彼らの目の前に設置された巨大モニターには、現在彼らの電力で処理されている『世界中のVIP顧客が見ている極上の夢の映像』が、モザイク状に分割されてリアルタイムで表示されている。


『あらあら、元・殿下たち。随分と足取りが重いわね』

 頭上のスピーカーから、ルミアの冷酷な声が響く。


『いいこと? 貴方たちが走るのを一秒でもサボってサーバーの出力が落ちれば、世界数億人が見ている極上の夢がフリーズして、全員が強制的に【最悪の悪夢(金縛り)】に引きずり込まれてしまうわ。……もしそんな事態になれば、彼らからの【不眠症の慰謝料(数百兆ゴールド)】を、すべて貴方たちの借金に上乗せするからそのつもりでね』


「な、なんだとぉぉぉ!? なんで俺たちが、顔も知らない連中の安眠を守るために、こんな地獄の車輪を回さなきゃいけないんだぁぁぁ!! 俺たちはもう三日も寝てないんだぞぉぉ!!」

 ギルバートが絶望の血涙を流しながら叫ぶ。


『他人の夢を背負うなんて、王族にとって素晴らしい経験じゃない。……さあ、サーバーの負荷が上がっているわよ! もっと死ぬ気でペダルを踏み込みなさい!! 足を止めたら熱板で丸焦げよ!!』


「ひぃぃぃっ!! 走る! 走りますぅぅぅ!!」

「ザイード! 止まるな! 俺たちの足が止まったら、俺たちの寿命ごとルミアに搾り取られるぞぉぉぉ!!」


 かつて私を無能と嘲笑い、自らの地位にあぐらをかいていた愚かな男たちは、今や私の創り出した『夢の世界』を物理的に動かすための「ただのレンダリング専用マシーン」として、他人の安眠のために一生走り続ける運命にあった。


「アリスぅぅぅ……! 俺が悪かった! 極上の夢なんて見なくていいから、せめて五分だけ、ただの泥のように眠らせてくれぇぇぇ!!」


 ギルバートの悲痛な絶叫は、豪華客船の轟音とサーバーの冷却ファンの音にかき消され、誰の耳にも届くことはない。

 彼らの流す絶望の涙は、最強のエンタメ帝国と睡眠支配を支えるための極上のエネルギーとして、今日も一滴残らず吸い尽くされていくのであった。


 ◆◆◆


 その夜。

 グランド・リヴァイアサンの最上階、ペントハウス。

 世界中を狂乱の夢に引きずり込んだ熱狂など一切届かない、絶対不可侵の静寂の中で。


 私は、ユリウス様が特別に書き換えた『完全オフライン・二人きりのソムニウム・ピロー』に頭を沈め、静かに眠りについていた。


 ――そして、夢の中。

 私が目を開けると、そこは現実のペントハウスではなく、果てしなく続く美しい満開の星屑草スターバーストの花畑だった。

 空には巨大な青紫色のアストラル・ルナが浮かび、心地よい風が吹き抜けている。

 私が設計した、現実ではあり得ないほど美しく、平穏な世界。


「……私の最愛アリス。君の精神の深淵も、やはり息を呑むほど美しいな」


 背後から、極上の低音が響いた。

 振り返ると、漆黒の礼服に身を包んだユリウス様が、花畑の中に立っていた。

 現実世界の彼よりも、少しだけ魔王としての威圧感が強く、そしてアメジストの瞳には、隠しきれない情欲と独占欲が渦巻いている。

 夢の世界のシステム権限を完全にハッキングした彼に、もはや物理的な限界や世間の目は一切存在しない。


「ゆ、ユリウス様……! 夢の中まで、本当に来ちゃったんですね……」

「当然だ。君が目を閉じている間の時間を、私が無為に過ごすはずがないだろう」


 ユリウス様はゆっくりと私に歩み寄り、私の手を取ると、そのまま花畑の中へと私を優しく引き倒した。

 夢の中だというのに、彼の大きな手の感触、体温、そして清冽な香水の香りが、現実よりも生々しく私の五感を支配していく。


「ユリウス様、なんだか現実よりも……その、強引というか……」

「夢のここでは、私は君の理性を守るためのストッパーを外しているからな。……アリス、今夜は現実世界で朝が来るまで、君のすべてをこの世界で愛し尽くさせてもらうぞ」


 彼が私の首筋に顔を埋め、甘い吐息を吹きかけると、夢の中の私の身体に、現実以上の甘い痺れが走った。


「ひゃあっ……! ゆ、ユリウス様、ダメです、夢の中だからってそんなに激しくしたら、私の脳がオーバーヒートしちゃいます……っ」

「君の脳波の限界値は私が管理している。安心して身を委ねろ。……君はもう、私がいなければ眠ることすらできない身体になるのだからな」


 帝国最強の影の皇帝からの、潜在意識レベルでの逃げ場のない独占と愛の誓い。

 彼の言葉はどこまでも重く、狂気じみているのに。私はその圧倒的な庇護と熱に、完全に心を奪われ、ただ彼に寄り添うことしかできなかった。


「……はい。私、夢の中でも現実でも、ずっとユリウス様だけのものですから……っ」


 私が彼のアメジストの瞳を見つめ返し、そっと口付けを交わすと、彼は限界まで理性を吹き飛ばされたような瞳で私をきつく抱きしめた。


「ああ。君のすべてを、永遠に私だけのものにしてやろう」


 世界中の人々の睡眠をビジネスに変えたえげつない計画の裏で。

 私たち二人の、誰にも邪魔されない、そして神ですら介入できない甘すぎる夢の時間は、夜が明けるまで果てしなく深く続いていくのだった。


 魔導商会A&Lの世界支配の覇道と、大公閣下の重すぎる溺愛は、いよいよ世界の根幹を揺るがす最終局面へと向けて、さらに激しく、痛快に加速していくのだった。


(第27話 終わり)

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