番外編31 幼き日の誓い2(ラザロス編⑧)
それからラザロスは毎日、イザベラの魔力が目覚めないように祈りながら過ごした。
何も知らされていないイザベラが、『早く魔法が使えるようになりたい』という度にラザロスは罪悪感を覚えていたが、それでも彼はそう願わずにはいられなかった。
加えて、彼は以前にも増して剣の稽古に励むようになった。早く一人前の騎士になって、イザベラを守れるようになりたいと考えたからだ。
彼が父親に剣を習うようになってから一年が経過していたが、打ち合いの稽古や過度な筋力トレーニングはまだ骨格の出来上がっていない体に負担が掛かり、成長を阻害するからという理由で禁止されていた。
そんな彼の鍛錬の内容はもっぱら素振りと型稽古だ。
これに彼は不満を感じなかった訳では無いし、歯痒さも感じていたが、これに堪えた。
父の言い付けを破ってしまえば、強くなれないかもしれない。
一兵卒になりたかったのではない。ラザロスは、何があってもイザベラを守れる騎士になりたかった。
そんな日々が一年続いた頃、ラザロスが恐れていたことが現実となった。
その朝のイザベラは、庭園で花冠を作って遊んでいたのだが、少し離れた場所から鳥の鳴き声がするのに気付いて手を止めた。
そうして音のする方、庭園に植えられた木へと近付いていった彼女は、足元で一羽の雛がジタバタと翼を動かしながらもがいているのを見つけたのだ。
おそらく巣から落ちてしまったのだろう。雛の翼は、おかしな方向に折れ曲がっていた。
これを可哀想に思ったイザベラはすぐに雛を連れて屋敷に戻り、医者に診てもらったが、その医者は首を振って『残念ながら、今後この鳥が空を飛ぶことはないでしょう』と言うのみだった。
これにショックを受けたイザベラは、なんとか自力で雛を助けようとし、無意識に魔法を使ってしまったのだ。
突然イザベラが強い光を放ち、あまりの眩しさに目を閉じたラザロスは、次に目を開けた瞬間に何が起きたのかを悟った。
魔力切れの症状を起こして、くたりと力を失って倒れるイザベラ。そして、反対に元気を取り戻して嬉しそうに翼を羽ばたかせる雛鳥。
イザベラの初めての魔法を目にした医者は、『おめでとうございます』と言ったが、ラザロスの心は深い悲しみでいっぱいだった。
イザベラが目覚めるまでラザロスはじっと彼女の左手を握って待ち、そして彼女が目覚めてから一緒にリリアーヌ公爵の説明を聞いた。
『ヴィンス』の名の持つ本当の意味、ヴィンスに課された役割について、寝台に座ったまま黙って聞いていたイザベラは最後に公爵に、『ひと月後に城から迎えの兵士が来たら魔塔で暮らすことになる』と言われると、『わかりました』とだけ言った。
説明を聞いて以降、イザベラはふさぎ込んで部屋にこもりがちになったが、ラザロスはかける言葉が見つけられずにいた。
何の確証もなく大丈夫と言うことほど残酷で無責任なことはないし、彼女自身が何も言わないのならあえて自分からその話題を振ることもはばかられた。
しかし時間だけは着実に、あっという間に過ぎて、王都からの迎えが来てしまった。
「貴女が、リリアーヌ公爵令嬢でしょうか?」
「…………」
玄関ホールで訊ねる兵士に、イザベラは唇を真っ直ぐに引き結んで下を向いたまま応えない。
玄関ホールにはイザベラの両親のみならず、家令の姿もあった。皆が固い顔をして、イザベラを見つめている。
全員の注目を浴びるイザベラの左手は、ラザロスの手によってしっかりと握られていた。
手のひらのアザさえ隠してしまえば、見逃してくれるのではないか?
ラザロスはそんな淡い期待を抱いていたが、兵士はイザベラの返事を待たず、ラザロスが握っているのと反対の手を引いてイザベラを連れて行こうとする。
「……俺が行きます! 俺がイザベラ様の代わりに……」
「気持ちはわかりますが、そういうわけにはいかないんです」
イザベラが連れていかれてしまう。そう思うと居ても立ってもいられず、ラザロスの口から自分が行くという言葉が飛び出したが、兵士は申し訳なさそうにしつつも彼の言葉を遮る。
「お願いです!」
無茶な交渉だとはわかっていても何も言わずにいることが出来ず、懇願するラザロスに兵士は困ったような顔をしていた。
そのまま膠着状態が続いていたが、それまで黙ってじっとしていたイザベラが口を開いた。
「……や。私、やっぱり嫌!」
そう叫ぶと、イザベラはラザロスの手さえも振り払い、重い扉を押し開けて外へ飛び出した。
「イザベラ様!」
イザベラの行動に一番に反応したラザロスが後を追う。
「何処へ行かれるんですか!?」
一拍遅れて兵士がラザロスの背中に問い掛けたが、彼は振り返ること無く、その声を置き去りにした。




