↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

61/77

番外編28 ロジェの求婚(ロジェ編⑭)




「お嬢様! どうして誰も呼ばないんですか!?」


「だって、面倒だったんだもの」


「はぁ~、もう! とりあえずこれでも羽織っていてください」



 震えているエカテリーナを見たロジェは、慌てて駆け寄り、自分の上着を脱いで彼女に渡す。


 自分が寒くなるだとか、そんなことはロジェはちらとも思わなかった。



「あ、ありがとう……」



 どこなく少し不機嫌そうだったエカテリーナが嬉しそうな顔をして上着を受け取ると、ロジェは暖炉に向かった。


 公女という身分上、暖炉の扱いは知らなくても仕方ないけれど使用人を呼ぶくらいはしてほしい。


 そもそもマッシヴは、こんなにも寒そうにしているエカテリーナを放っておいてどこにいったのか?


 火かき棒で灰や燃えがらを掻き出しながら、そんなことをロジェは考えていた。


 火打ち金で火を起こし、薪の下に火種を置くとやがてパチパチと乾燥した木の爆ぜる音がし始める。


 薪の配置を変えて火の大きさを調整すると、ロジェはエカテリーナを振り返った。



「まだ寒いですか?」


「そうね」


「では、温かいお飲み物でもご用意致しますね」



 ブカブカのロジェの上着に包まるエカテリーナが頷くと、ロジェは手早くお茶を淹れ、ホカホカと湯気を立てるカップを渡す。


 ロジェの淹れたお茶でエカテリーナが身体を温めている間、二人の間には沈黙が流れていた。



「温まりましたか?」


「ええ」



 再度ロジェが訊ねるとエカテリーナが首肯する。彼女の手にしたカップの中身は、三分の一ほどに減っていた。



「あの……きょ、今日のお買い物は、マッシヴと一緒に行かれたんですよね?」


「マッシヴ……?」


「あの、偉丈夫な男のことです」



 誰の事かわからないというように眉根を寄せるエカテリーナに、ロジェは説明する。



「ああ、彼のこと? ええ、彼も一緒に行ったわ」


「その……、今日のお買い物は……楽しめましたか?」


「ええ、まあ、いつもよりは……」



 怖々と、途中で何度もつっかえながら訊ねたロジェは、エカテリーナの言葉に絶望し、うつむいた。



「……では、僕はエカテリーナ様の侍従としてはこれでお役御免ということになりますね」


「あら、どうして?」



 下を向いたままのロジェに、エカテリーナは聞き返す。


 離別を考えるだけで胸が苦しくなるというのに、自分で理由を説明しなければならないだなんて、ロジェにとってはこれ以上ない拷問だった。



「マッシヴには、僕にはない魅力がありますよね」


「ええ、そうね」


「彼は逞しい体躯のわりには動きも素早いですし、あれで意外と繊細な仕事をするんです」


「ええ、そうね」


「それに、エカテリーナ様の横に立てば、見栄えもしますし……」


「ええ、そうね」



 同じ言葉で肯定を繰り返すエカテリーナに、自分が否定されているような気がして、ロジェは胸の痛みを覚えた。



「お茶の温度すら間違えてしまう僕と違って、彼はいつも適温でお茶を差し出すでしょうし、あの体躯ですからエカテリーナ様のことを軽々と抱き上げることができるでしょう」


「ええ、そうね。……でも、それと貴方の進退の何が関係あるというの?」


「だって、そうじゃないですか。何年もお仕えしているのに、このようなミスやドジをしてしまう僕よりも、今回の大会で良い成績を収めた彼の成長に期待をする方が、有意義じゃないですか!」


「……そうかしら?」



 そう言って茶器をテーブルに置き、立ち上がったエカテリーナはゆっくりとロジェに近付いた。



「ロジェ、貴方には彼にない魅力があるし、すらっとした体躯の貴方は、何をするにも一つひとつの所作をいつも丁寧におこなっているわよね。見栄えと言ったけれど、貴方は私を最大限に引き立たせるためにいつも差し色を自称して、自分の在り方をそう定めて、そうあろうと努力していたのではなかったの? お茶の温度を間違えた件も、私はぬるいとは言ったけれど、不味いと言った覚えはないし、貴方の淹れてくれたお茶なら、ぬるかろうが熱かろが、渋味が強かろうがいつも美味しいと思って、全て飲み干しているわ。私は一度だって、貴方のお茶を残したことはないのよ? それに、貴方は私を抱き上げた時、いつも重いと思っていたのかしら?」


「いいえ、女神に重さはございません」


「それなら彼が私を軽々と抱き上げるのと、貴方が重さを感じずに抱き上げるのに、何の違いがあるの?」



 一つずつロジェの言葉をなぞるエカテリーナの反論に、都合良く捉えて甘えてしまいそうな自分を否定するかのようにロジェは首を振った。



「……でも、ダメです。ダメなんです。僕が居てはお嬢様の評判を落としてしまうから……。エカテリーナ様には僕なんかより、彼の方がふさわしいと思うんです」


「思い上がらないで頂戴。私に誰がふさわしいのかは貴方が決めることではなく、私が決めることよ。顔も判らない誰かからの評判が落ちるのが何だというの? 私が貴方がいいと言っているのに、いったい何の不満があるというのかしら?」


「えっ……?」



 虚をつかれたロジェが顔を上げて、思わず聞き返す。



「だいたい、上の空で他のことを考えているからお茶の温度を間違えたり、ドジを踏んだりするのじゃなくて? 貴方は一生、私のことだけを考えていればいいのよ」



 言い終えると同時にエカテリーナはヨレヨレになってゆるんでいたロジェのネクタイをぎゅっと引き絞るように締め、彼の顔を覗き込んだ。


 エカテリーナの緑柱石の瞳には、ロジェ自身も見た事のないくらいに草臥れてボロボロになった彼の姿が映っていた。自慢の髪もボサボサだ。


 そういえば最近、鏡を見ていなかったなとロジェは頭の片隅で思った。そして、思いのほか酷い状態の自分の姿に、くつくつと自嘲の笑みが込み上げてくる。



「ふっ……。一生だなんて、仰っている事が滅茶苦茶じゃないですか、お嬢様。私がオーディションで負けてしまったらどうするんです?」


「貴方が負けるだなんて有り得ないわ。だって、私が貴方を望んでいるんだもの」



 これは夢なのだろうかと疑うロジェだが、キツめに締め上げられたネクタイが首を絞めつけている感覚が、これが現実だということを彼に伝えてくる。



「……『信仰と理解は程遠い』と、誰かがしたり顔で口にしているのを以前、耳にしたことがあって。その時は意味がよく分からなかったんですが、ようやく納得しました。僕はずっと、お嬢様のことを見誤っていたんですね。お嬢様は僕が思っているよりももっとずっと、度量が広くて、素晴らしい方でした」


「今頃気付いたの?」


「そんなお嬢様にお願いがあります。貴女がこのネクタイで僕を縛ったように、僕にも貴女を縛りつけておくものが欲しいんです」


「縛りつけるだなんて、何だか物騒な響きね」



 エカテリーナの吐息が、ロジェの頬を撫でた。



「身分違いである事は重々承知しておりますが、それでも恥を忍んでお願い致します。エカテリーナ・フィオル様。僕に、ロジェ・メレディス・ブランドーに、婚姻という形で貴女を縛る許可をいただけませんか?」


「そうね。仕方がないから、ゆるしてあげるわ」



 エカテリーナの腕がロジェの首に回される。暖炉の熱に当てられたのか、彼女の頬は熟れた林檎のように赤かった。


 女神を手に入れたロジェは、鏡のように自分の姿を映し出していた女神の瞳が閉じられたのを見て顔を寄せ、そっと口付けた。






*****



「……というわけで、ロジェと結婚することになったの」


「おめでとう、エカテリーナ」



 後日開かれた茶会で、事の顛末を語ったエカテリーナを四人の公女が祝福した。


 一番に祝福の言葉を述べたのはイザベラだ。我がことのように喜んだ彼女は、目を細めて笑顔を弾けさせている。


 そんな彼女の表情はラザロスとの婚姻前にはなかなか見られなかったものだ。結婚して以来、彼女は少しだけ雰囲気が柔らかくなったと専らの噂だ。



「それなら式は盛大にしなくてはね。式の準備は私も協力させてもらって宜しいかしら?」


「キャサリンったら気が早いわ。今はまだ婚約中で、挙式は春にしようと思っているの」


「あら、準備は早い方が良くってよ?」



 夫のリベラが淹れた紅茶を片手に微笑んでいるキャサリンは早くもエカテリーナの結婚式に向けて思いを馳せているようだ。



「キャサリンったら、自分はきちんと挙式をしなかったのにエカテリーナの式には力を入れるつもりなのね」



 ジャスミンが可笑しそうに笑う。



「エカテリーナ様、お茶をお淹れしましょうか?」



 ユーリマンがそう言ったのは、ロジェが食器を下げるために席を外しているからだった。



「そういえば、私も今回一つ、新たな発見があったの。年の暮れに開催したオーディションに参加していた偉丈夫な殿方……マキシムの顔が精悍で整っているとロジェが言っていたけれど、私にはぼんやりしているようにしか見えなかったのよね」


「どういうことなの?」



 エカテリーナの話に身を乗り出したのはヴィオレッタだ。



「私にもよく分からないけれど、きっといくら美形でも、好みじゃない顔は私には見えないんだわ。これはロジェには内緒よ?」


「いや、それはいくら何でも……」


「不憫だ……。名前を覚えてもらえていないマッシヴも、無意味に振り回されたロジェも不憫だ……」



 途中で口ごもるラザロスと、その言葉を継いだリベラ。ユーリマンは何も言わず、静かに首を振っている。


 大いに不安になっただろうに、エカテリーナには最初からマッシヴの顔など見えていなかったと知ったら、どんな気持ちになるだろうか?



「いや、いつも好き勝手やってる罰が当たったんだ。そうに違いない」



 ラザロスはロジェに同情せずにはいられなかったが、グレイだけが声を上げて笑っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。