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番外編27 ロジェとシャルレイ(ロジェ編⑬)



 目の前が暗闇に染まる中、先程のエカテリーナの言葉の『貴方はもういいわ』の部分がロジェの脳内でこだまする。


 ミスを連発する役立たずだからもう用済みで、侍従失格ということなのだろうか?



 ロジェの四肢はわなわなと震えた。彼の全身を支配したのは絶望だ。



 その後、どうやって自分部屋に戻ったのか、いつ視力が戻ったのか、ロジェは思い出せなかった。


 気付いた時には、部屋のベッドに腰掛けていた。



 今頃、エカテリーナはマッシヴと共に買い物を楽しんでいるだろうか?


 彼は鍛えた体付きをしているから、荷物持ちをするのにもうってつけだろう。


 それでエカテリーナがマッシヴを気に入ったら、彼女はマッシヴを傍に置くだろう。そうなれば、マッシヴもエカテリーナの素晴らしさに心酔し、専属侍従の座を守ろうとするに違いない。



 ロジェとて、その立場を勝ち得てから、何の努力もしなかったわけではない。


 今まで以上に常に美しくあろうとしたし、侍従の業務に関する勉強や鍛錬だって欠かしたことはない。


 しかし、エカテリーナの傍に仕えるという立場を追われる未来を一度でも想像したことがあるだろうか?


 日常が、非日常となるという意味を正しく理解出来ていただろうか?


 それらの問いにイエスと即答できるだけの自信は今のロジェにはなかった。


 どこかで、この日常だけは変わらないと思っていた。




「失礼するよ。……ああ、起きていたんだね」



 軽いノック音がして、一歩も動けずにいたロジェの部屋に顔を出したのはシャルレイだった。


 彼がロジェの部屋を訪ねてくるのは非常に珍しいことだ。



「具合はどうなんだ?」


「何ともありません……」



 シャルレイの問い掛けに対して自分でも驚く程に弱々しい声で答えると、ロジェは自嘲した。


 何ともないと言う割には、全く大丈夫そうに聞こえない。


 身体の方は無事だったが、心がボロボロに打ちのめされている。




「そうか。それで君はどうするんだ?」


「……ここを、エカテリーナ様のもとを去ろうと思います」


「それは、君が望んでそうするのか?」



 穏やかな声で、ひとつずつ確認するように訊ねてくるシャルレイに、ロジェは俯いたまま左右に首を振る。


 そんなことを自ら望むなど、有り得なかった。



「それなら、君が去ることが姉さんの望みなのか? 姉さんの口から、はっきりとそう聞いたのか?」


「ぐっ……」



 今度の質問にはロジェは声を詰まらせる。


 シャルレイの言葉が核心をつくものであったからだ。


 エカテリーナに、不要だと告げられたら自分が立ち直れないだろうことをロジェはわかっていた。


 だからこそどんなに気になっていても、訊ねることが出来ずにいたのだ。



「ロジェ、君が僕にはわからない美学を持って、姉さんに仕えていることは知っているよ。察して、先回りして動けてこそ、良き侍従だと君たちが考えていることも知っている。だけど、意図を汲み取ることと、こうだろうと勝手に決め付けてかかることは違うだろう? それに、姉さんの考えが、全て君の考えている範疇に収まると思ったらそれこそ大間違いだ。君は今一度、(あるじ)である姉さんにその意思を問うべきだと僕は思うね」



 ゆっくり、言い聞かせるように言うシャルレイは、ロジェの目には酷く大人びて見えた。


 実際はシャルレイの方が四つも年下にもかかわらず、その論調は淀みがない。


 自分の考えはこうだと示しつつも、無理にそれを押し付けるのではなく、あくまで自分はこう思うと言い置くに留めている。



「じゃあ、僕はこの辺で。……ああ、そうそう。姉さんならさっき帰ってきて、外出で体が冷えたとかで自分の部屋に一人で入っていったよ」



 まるで世間話でもしていたかのような雰囲気で、自然に立ち去ろうとしたシャルレイは、思い出したかのように姉の居場所の情報をロジェに伝えて去っていった。



 部屋に一人残されたロジェは、部屋に一人でいるというエカテリーナのことを考えていた。


 シャルレイは確かに、体を冷やしたエカテリーナが一人で部屋に入っていったと言っていた。


 彼女が外出している間は、暖炉の火は消されていたはずで、しかし彼女は火の(とも)し方を知らない。


 それはいつもロジェがやっていたからだ。


 普通に考えれば、ロジェでなくとも誰か別の使用人を呼んで火をつけてもらえばいいだけの話なのだが、エカテリーナにはものぐさな一面があって、多少不便を感じていても面倒に思って人を呼ばない可能性がある。


 もしかしたら、エカテリーナが暖炉の火の消えた寒い部屋で、一人で震えているかもしれない。


 そう思うと、居ても立ってもいられず、あれほど重く感じていた足が自然とロジェをエカテリーナの部屋へと導いていた。



「エカテリーナ様、入っても宜しいでしょうか?」


「構わないわ」



 躊躇いがちにノックをし、中に声を掛けるとすぐに返事があった。


 そうして、ロジェが緊張に顔を強ばらせながら入室すると、やはり暖炉に火の灯っていない寒々しい部屋で、エカテリーナが椅子に腰掛けて身を震わせているのが目に入った。




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