番外編25 美貌の姉弟(ロジェ編⑪)
年に一度の侍従オーディションも終わり、いよいよ一年も終わりという雰囲気にフィオル公爵家は包まれていた。
特にここ半年ほどのうちに侍従たちが邪竜を倒し、ラッセル王国から異国の地に移住し、五公女のうち三人が婚姻を結ぶというなかなかに忙しい一年だったと言えるだろう。
「姉さん!」
「あら、シャーリィじゃない」
暖炉の前にゆらゆらと揺れる椅子を持ってきて腰掛け、パチパチと薪の爆ぜる音を聞きながら暖を取っていたエカテリーナの前に、一人の少年が現れた。
「あら、じゃないよ。酷いじゃないか、僕に何も知らせずにロレーヌ王国に移住するだなんて。国に帰ったら屋敷がもぬけの殻で驚いたよ」
少年は憤慨した様子で文句を言っているが、エカテリーナは身体が温まって眠気を誘われたのか、ぼうっと返事をしている。
「そういえば貴方に便りを送るのを忘れていたわね。ごめんなさい。でも無事に家にたどり着けたようね?」
「ええ。親切な方がここまで送って下さったんです」
「それでこそ私の弟ね。お帰りなさい、シャーリィ」
「ただいま、姉さん」
遅まきながら帰宅を歓迎するエカテリーナの言葉に、少年は朗らかに笑った。
彼の名はシャルレイ・フィオル。エカテリーナの三歳下の弟だ。
姉と同様に国宝級とも言える華やかで整った容貌を持ってこの世に生を受けた彼は、姉ととても仲が良かった。
シャーリィというのもエカテリーナが子どもの頃につけた呼び名だ。
女性のような響きの呼び名が恥ずかしくてやめてほしいとシャルレイは何度も言っていたが、結局姉はシャーリィと呼び続け、姉の中ではそれで定着してしまっている。
そんな姉弟だが、弟のシャルレイが今年の春から隣国に留学しており、彼の留学中にバタバタと移住が決まってしまった為に、これが久方振りの再会となった。
「積もる話もあるでしょうから、お茶にしましょう。貴方が留学している間、色々あったのよ?」
「およその内容はここに来る途中、隊商の人や町の人に教えてもらって知っているよ」
「あら、随分と親切にしていただいたのね。でも、私は貴方の留学中の話も聞きたいわ。……ロジェ、私の部屋にお茶を運んでもらえるかしら? シャーリィの分もお願いね」
「……え、ああ。はい、かしこまりました」
久々に会った弟と再会を喜びあうエカテリーナ。
しかし、その一方でロジェはというと、心ここに在らずだった。
本来であれば、仕えている家の嫡男が帰宅したのだから挨拶くらいはするべきなのに、ロジェは黙って突っ立っていた。
それだけでなく、いつもの彼ならばエカテリーナに言われるまでもなく先回りしてお茶の準備をしているはずなのに、今日の彼は言われてからやっとそこに思い至る始末だ。
ロジェ自身、今日の自分がおかしい事はわかっていた。だが、自覚していたところでどうしようもない事もある。
「昨日もだったけれど、少しお茶がぬるいわ」
どうにかこうにか、身に染み付いた習慣でいつも通りのお茶の準備をしたつもりのロジェだったが、エカテリーナの舌を誤魔化すことは出来なかったようだ。
ロジェの淹れたお茶をひと口飲むなり、お茶の温度が低いと指摘する。
「申し訳ございません。すぐに淹れ直し……」
「いいえ、今回はこれで構わないわ」
謝罪し、もう一度淹れ直そうとしたロジェに、エカテリーナが食い気味に必要ないと告げる。
それを聞いたロジェは、胸の奥がザワつくのを感じた。
「姉さんがいるのに、ロジェが笑顔じゃないなんて珍しいな」
いつものロジェの、暑苦しいほどのエカテリーナへの敬愛の眼差しが鳴りを潜めていることに気付いたシャルレイが気遣わしげにロジェを見つめる。
十三という年齢のわりに大人びた雰囲気のシャルレイは、実際に大人顔負けの洞察力を見せることがあった。
「そうかしら?」
「いつもあんなに蕩けそうな目で姉さんを見ていたじゃないか。例の侍従オーディション、僕は見そびれたけれど今回もロジェの優勝だったんだろう?」
「ええ、まあ」
「それならいったいロジェはどうしたんだ? 宗旨替え……、いや、ロジェに限ってそんなわけないよな」
「彼にも悩みの一つくらいはあるんじゃないかしら? よく知らないけれど。よくわからないロジェのことは放っておきましょう。それより今はシャルレイ、貴方の話を聞かせて頂戴」
ロジェの様子を気にするシャルレイに対して、エカテリーナの反応は冷淡だった。
明らかに様子のおかしいロジェを突き放すような発言をして、すぐに話題を変えてしまう。まるで触れられたくないかのようだ。
「姉さんがそう言うのなら……」
「留学先で何か困ったことや、面白いことはなかったの?」
「困ったこと……は、特になかったな。皆さん、とても親切でした。面白いことならありましたよ。あちら独自の文化で……」
どこか釈然としない様子ながらも、話題を蒸し返すのは得策では無いと考えたのか、その日はこれ以上シャルレイの口からロジェについての話題が振られることはなかった。




