番外編23 侍従オーディション2(ロジェ編⑨)
会場は先程までの喧騒が嘘のように静けさに満ちていた。とても千人以上の人がいるとは思えないほどだ。
文句を言っていた者たちが一様に口を閉ざしたのは、グレイが言葉と共に放った殺気に当てられたせいだ。
「まだ競技さえ始まっていないのにと言ったな? じゃあお前たちに問うが、呼ばれなかった者たちの姿を見ろ。これがエカテリーナ様の侍従として相応しいと思えるか?」
場の空気を掌握したグレイの言葉に、失格を言い渡された者たちは互いの顔を見合わせる。
「何も高級ブティックの服を用意しろと言っているわけじゃあない。だが、シワが入っている服は? 頭髪の乱れは? 侍従の気の緩みが、お嬢様の評判を下げることになると何故分からない?」
「清潔感のない格好をしている者、立ち姿・姿勢のだらしない者は、私の独断で失格にさせてもらいました。他人に指摘されなければそこに思い至れない人物はフィオル公爵家の使用人に必要ございませんので」
理不尽なようでいて、グレイとリベラの主張は筋が通っている。
納得せざるを得ない理由を言われ、今度は誰も反論する者はいなかった。
いくら民衆が文句を言ったところで、採用するかしないか決める権利は雇う側にある。
「お帰りはあちらです」
「ああ、せっかくだから一つ土産話をしておいてやろう」
リベラの指示に従い、失格者たちが大人しく列を成して会場を出ていく様を眺めていたグレイが、ふと思いついたように口を開いた。
「お前たちがさっきボコボコにしようとしたコイツな。ユリーナ公爵家の公女キャサリン様の旦那だから」
ニヤッと意地の悪い笑みを浮かべて、リベラを親指で指し示すグレイ。
リベラに狼藉を働こうとした人物たちはその意味を理解するや否やさっと青褪め、前を歩く者を追い抜いて誰よりも足早にその場を去っていった。
「……ゴホンッ。グレイ、そういうのは言わなくていいから」
「何故だ? 面白いじゃないか」
「いいから!」
明かされたリベラの正体に観衆がざわめく中、リベラはチラチラと横目でキャサリンの方を見ながらグレイと小声でやりとりする。
キャサリンは特に照れた様子もなく、すまし顔だ。
「では、改めてここにいる方たちに競技をおこなってもらいます。ちょうどエカテリーナ様のご準備が整ったようですね」
気を取り直したリベラが会場の視線を促す先――貴賓専用の観客席には、完璧に着飾らされたエカテリーナの姿があった。
きっとほとんどの者の顔が見えていないのだろう彼女は、皆がその美しさにほうっとため息をつく状況下でもいつもと変わらずぼんやりと退屈そうな目をして玉座のような豪奢な椅子に腰掛けている。
しかし、その虚ろな目がまた彼女の魅力を引き立たせている。
リベラがふと残った出場者たちの方に顔を向けると、他の出場者のほとんどが奇妙な呻き声を上げながら固まっている中、エカテリーナに向かって笑顔でアピールしているロジェの姿が目に入った。
手を振ったり、声を出したりはしていないものの、腰の辺りに大きく揺れる尻尾が見えるような気がする。
「なあ、あれ……」
グレイが呆れたように呟いたのは、おそらく彼も同じ幻覚が見えているのだろう。
「アレは通常運転だ」
グレイにしか聞こえていないであろう大きさの声でそう言うと、リベラは頭を振る。
「エカテリーナ様! 出場者に向けて何かひと言お願いします!」
「今年はたくさんエントリーがあったと聞いていたはずだけど、思ったよりも少ないのね?」
「……え、ああ、はい、すみません! 先程、三分の二ほどが失格になりました!」
「あら、そうなの? まあ、いいわ」
エカテリーナの他、キャサリンとジャスミンのいる貴賓席を見上げて場を盛り上げるコメントを求めたリベラだったが、残念ながらエカテリーナの言葉は何処か他人事のようだった。
やはり思惑通りに動いてはくれないのが公女様という存在らしい。
「……えー、はい。エカテリーナ様からは以上です。それでは競技に移りましょう。第一種目は配膳です。出場者の皆様にはこちらのスタート地点から、あちらのゴールまでこちらの料理を運んでいただきます」
色々諦めたリベラは、さくっと競技の説明をする事にした。
侍従の仕事の中でも給仕・配膳は代表的なものだ。
「お皿と果実酒の入ったグラスを同時に持ち、ゴール地点まで料理を零さずに運べた方がクリアとなります。出場者の方は五人ずつ、こちらにお並び下さい」
リベラの説明では簡単そうに聞こえるクリア条件だが、スタート地点で運営スタッフに皿を渡された出場者とその様子を見ていた観客たちは、自分の考えが甘かったと悟ることになる。
「料理が五つにグラスもだと!?」
「一つでも落としたり、料理や果実酒を零したりしたら失格ですからね」
驚きの声を上げる最初の五人の挑戦者たちに、リベラは念を押すように言うが、言った端から皿の割れる音が会場に響き渡った。
「一歩も踏み出さないうちから、失格だな」
情けないとグレイが首を振る。
皿の割れる音でエカテリーナに見とれたままだった観客の何割かが我に返った。




