番外編22 侍従オーディション1(ロジェ編⑧)
ラッセル王国から移住後、初めての冬。
フィオル公爵家は、年に一度のあるイベントを今まさに開催しようとしていた。
そう、エカテリーナの侍従オーディションだ。
本気でエカテリーナの侍従を志す者、優勝は無理でもエカテリーナの目に止まることを期待している者、冷やかしに参加している者、ただエカテリーナをひと目見たいだけの者など、それぞれ事情は異なっているが、国が変わったことで、今回の参加者は例年から一新されたものとなっている。
そんなオーディションに初回から続く連覇記録のかかるロジェも参加しており、注目を集めていた。
「一度、どんなものか見てみたかったのよね。今回はどうなるのかしら?」
「私はロジェが優勝するに賭けるわ、キャサリン」
「あら、ジャスミン。賭ける対象が同じでは勝負にならなくってよ?」
今回のオーディションの貴賓席にはキャサリンとジャスミンの姿があった。
冗談を言い合い、互いに笑みを交わしている。
オーディションが冬の開催で、ラッセルの二人の実家の領地がフィオル領と離れていたために昨年までは観戦が叶わなかったが、今回こうして参加出来ているのは移住の際して五公女たちの邸宅が互いに気軽に行き来できる位置に建てられたからだ。
公女二人に随伴してやって来たリベラとグレイの二人はオーディションの進行を任されていた。
「じゃあ行ってくるよ。君たちはしっかりと僕の活躍を観衆に伝えてくれたまえ」
すでに自分の優勝を確信しているかのような口ぶりで進行役の二人に手を振ってロジェがオーディション参加者の控えの間に行く。
前髪を完璧に整え、すでに王者のような風格で去っていたロジェを見て、まあ今回も彼の優勝で決まりだろうとリベラは信じて疑わなかった。
*****
「さあ、始まりました! 第九回、エカテリーナ・フィオル公爵令嬢の侍従オーディション! 司会進行は私リベラと!」
「グレイが務めます」
「さて、エカテリーナ様ですが、ただいまご準備をされているとの情報が入ってきております。本日はどのような装いでいらっしゃるのでしょうか? 非常に気になるところではございますが、まずは出場者の入場と参りましょう!」
ワアアッと波が満ち干きするように広い会場のあちこちから歓声が起こった。
ここは元々、この国の王族が所有していた闘技場で、キャサリンが買取り、今はユリーナ公爵家の管理下にある。
全方位に巡らされた席から千人近い観客が競技者たちを見下ろす形で観戦できる構造になっているが、今はそのほとんどの席が埋まっている。
競技スペースの中央に立ち、高らかに開会を宣言しながら周囲をぐるりと見回したリベラは、キャサリンの思惑通りに事が運んでいることを確信した。
王族から買い取ったこの闘技場を使って、キャサリンは新たにビジネスを始めようとしているのだ。
以前は剣闘士と呼ばれる戦士たちを命懸けで戦わせるというかなり野蛮な見せ物がここで開催されていたらしいが、キャサリンは芝居や踊りなど、血生臭くない見せ物で観客を呼び込もうとしている。
今日のエカテリーナの侍従選びは云わばその足掛かりで、主催のフィオル公爵家にキャサリンが出資し、協賛する形で開かれている。
大歓声の中、柵が開いてぞろぞろとオーディション出場者たちが姿を現した。
その数はおよそ百五十人といったところだろうか?
リベラが事前にフィオル公爵家の家令に聞いた限りでは出場者数、観客数共に過去最多だろう。
出場者はそれぞれ、番号の書かれた札を服に縫い付けられている。
「静粛に!」
歓声に混じって、競技が始まる前から自分をアピールしようとした出場者たちの野太い声が響き渡る中、リベラは両手を上げて沈黙を促した。
「四番、七番、十〇番、十五番……」
観客と出場者たちの声が鎮まると、リベラは出場者たちの様子をチェックしながら淡々と番号を読み上げ始める。
いったい何をしているのか、観客も出場者も困惑した様子でざわつき始めていたが、彼はそれらを全く意に介さず、つらつらと番号を読み上げ続けている。
「……百三十一番、百三十九番、百四十七番! 今、番号を呼ばれなかった方は、お帰り下さって結構です」
淀みない口調で、理由も告げずに先程入場したばかりの出場者たちに退場を促すリベラ。
これに激昂する者が現れるのは必定だった。
「何だって!?」
「まだ競技さえ始まっていないのに、俺たちに帰れとはどういう事だ!?」
「そうだ、そうだ!」
口々に不満の声を上げる者たち。中にはリベラに掴みかかろうと、列を抜け出す者までいる。
あわや乱闘騒ぎの大惨事だろうかと観客の何割かが顔を逸らしたり、手で覆ったりし始めたが、リベラは少しも動揺していなかった。
「黙れ」
騒ぐ者たちに向けて短く言葉を発したのは、リベラの隣に立っているグレイだ。
決して大きな声ではない。しかし、それで十分だった。




