番外編20 侍従たちの狂宴2
「オレは……ひっく……酔いましぇん!」
「いや、どう見てもすでに酔ってるだろ」
酒の匂いだけで酔っ払ってくだを巻くリベラにグレイがつっこみを入れる。
グレイが酒の飲み比べを提案した際、受けて立つと一番息巻いていたのはリベラだ。
若干地域によって差はあるものの、十五歳頃から酒を飲み始めるのが一般的で、彼はすでに十七歳だから自分が酒に強いか弱いかくらいは知っていても良さそうなものだ。
しかし、彼はその辺りをまるで理解していない様子だった。酒の飲み方を知らないとなると、無茶をする可能性がある。
このままではまずい。そう感じたラザロスはちらりとユーリマンに視線を送った。
「ちょっと表に出て酔いさましの薬を作ってくる」
心得たとばかりに頷いたユーリマンは席を立って店のドアから出て行った。
「……何だぁ? 皆、飲んでないじゃないか! 大将、エールを六つ頼む」
「いや、多い多い! すみません、今のは三つに変更で。それと水をお願いします」
自分は全く飲んでいないのに皆のジョッキが空になっているのを見て勝手に酒を追加しようとしたリベラのオーダーをラザロスが訂正する、
さほど時間を置かずに運ばれてきたエールと水を受け取ると、水をリベラに差し出した。
「ほら、リベラ。これを飲んで落ち着いて」
「こ、これは! まさか、神に許された者のみが飲めるという、神聖なる液体……!」
「いや、ただの水だから」
水を飲ませるのにもひと苦労だ。何のスイッチが入ったのか、リベラは水を聖水のように扱い始める。まるでロジェのようだ。
可笑しいのは、ロジェの方は至って行儀よく飲んでいることだ。普段より大人びて見える。
「これはオレにはもったいない。この命の水は……ひっく……ラザロス、君が飲むべきだ」
「いいから早く飲んで」
「いや、オレはこれを飲む!」
「待て! それは!」
孤軍奮闘していたラザロスだったが、勢いに任せてリベラは乾杯した自分のジョッキの中身を一気に呷った。
リベラの喉仏が上下し、彼がエールを呑み込む音がラザロスの耳にはやけに大きく聞こえた。
空になったジョッキをリベラが再びテーブルに叩きつける。そしてそのまま彼は頽れるようにテーブルに突っ伏し、動かなくなった。
意図してはいないだろうが、偶然にも彼の体は尊きものに頭を垂れるが如く、水に向かって平身低頭した形で力を失っている。
「ややっ、力尽きてしまったな」
「……っと。こいつ下戸のくせに一気呑みしやがったな」
「嗚呼……。グレイ、ありがとう……。ユーリマン、早く帰って来てくれ……」
今度はグレイがジョッキを避けてくれていたためにテーブルの上は惨事を免れているが、ラザロスは俯いて頭を抱えた。
「とりあえずビリはリベラで確定だな」
「そのようだね」
勝負の事など先の騒ぎですっかり頭から抜けてしまっていたラザロスだったが、グレイとロジェは覚えていたらしい。いつになく仲の良い二人は楽しそうだ。
「ひと足遅かったか……」
自棄になったラザロスがグイッと二杯目のエールを飲み干したところでユーリマンが帰ってきた。
「で、どうするよ?」
「場所を移そう」
リベラとしても街中で醜態を晒すのは本意ではないに違いない。それにこのまま勝負を続ければリベラの他にも脱落者が現れて店に迷惑がかかる可能性がある。
そう考えたラザロスは酔い潰れたリベラを顎で示すグレイに、勝負の中断を提案する。
「僕がお会計を済ませるから、君たちはリベラを連れて先に行っていてくれ。どうせ行くのは、キャサリン様の家だろう?」
ロジェの申し出に三人が頷き、ラザロスとグレイが両脇からリベラを抱えて店を後にした。
*****
場所は変わって。
ほとんど意識のないリベラを引き摺るようにユリーナ家の屋敷へと移動した四人は先に勝負を再開させていた。
キャサリンの許可の元、厨房から拝借した酒類を次々と空けた彼らの足元には空瓶が幾つも転がっている。
すでにかなりの量を飲んでいる。
「面白そうな酒があったぞ!」
そう言ってロジェが持ち込んだのは、この国の特産品の蜂蜜酒だった。
アルコール度数は低めで口当たりが優しく、ストレートで飲む他にも果実水で割って飲まれるなど、女性に人気のある酒だ。
「げっ、何だその甘ったるそうな酒は」
瓶に貼られたラベルを見て、露骨に嫌そうな顔をしたのはグレイだ。どうやら彼は甘いものが苦手らしい。
「嫌なら飲まなくても僕は構わないよ。その代わり、君は四位ということになるだけだ」
「飲まねーとは言ってない! 寄越せ、そんなもんひと息で飲んでやらあ」
「グレイ、あまり無茶はしない方が……」
「……って、言っても聞かないか」
だいぶ酒が回っている上に、ロジェに挑発されたグレイにはユーリマンの制止も届かなかった。
一気に呷るグレイを見て、ラザロスはリベラの二の舞を危惧している。
「ぐえっ……」
やはり甘過ぎたのか、グレイは見るからに具合の悪そうな顔をして呻いた。
「……僕はこの辺にしておこう」
「お前、人を焚き付けておいて逃げる気かよ!」
「やあ、僕は持ってきただけで、僕も飲むとはひと言も言っていないよ。限界を超えて飲んで、酒に呑まれるのは主義に反するからな」
琥珀色の酒と氷が入ったグラスを片手に、リベラの次に戦線を離脱したのはロジェだった。騙されたと怒るグレイに空いた方の手をヒラヒラと振っている。
頬を上気させ、襟元を寛げていつもよりだらしない格好をしているロジェだが、心做しか大人の男の雰囲気を醸し出していた。
「だが勝負の行方は気になるので、ここで観戦するとしよう」
そう言うとロジェは雑に床に転がされたリベラの横にグラスを持ったまま腰を下ろした。彼の持つグラスに浮かんだ氷がカラカラと揺れて小気味よい音を立てている。
「……んん? 横暴だけど、やっぱりキャサリン様はかぁいい……むにゃむにゃ……」
「リベラ、これを飲みたまえ」
「んー、にっが……」
上手いことロジェがリベラを介抱する様を横目にラザロスは軽く瞠目しながらも、とろりと甘い蜂蜜酒を飲み干した。
「私もそろそろ限界のようだ……」
ここまでラザロスと同じペースで飲み進めていたユーリマンもギブアップを宣言する。
ここまでの勝負の最中に上がった各々の酒の好みの話題で、彼は郷里の特産のもち米という穀物を使った酒は得意だが、あれこれ種類を取り混ぜて飲むと酔いが回りやすいと言っていた。
「おお? やっぱり、最後は俺とラザロスが残ったか。ここからは一騎討ちだな」
「そうみたいだな」
普段から酒を嗜むと言うグレイはなかなかに手強い。
やめ時を失った二人の勝負は明け方まで続いた。
*****
「くそっ、ロジェのバカがあのくそ甘ったるい酒を持って来なければ、あれさえ無ければ俺の勝ちだったのに……」
「ははは、今回は俺の運が良かっただけだよ」
翌朝、あと一歩のところで勝利を逃したグレイは、盛大に悔しがっていた。彼は本気で勝ちに行くつもりだったらしい。
一方、見事勝負に勝ったラザロスもあまり晴れやかとは言えない表情を浮かべている。
全身の倦怠感、頭痛、自分の呼気の匂い、そして足元やテーブルの上に散乱する空瓶。それらから導き出されるのは、自分が二日酔いだという事実だ。
「うっ、さむっ……」
朝の冷え込みに身体を震わせて起き上がったのはリベラだった。
彼の両脇でロジェとユーリマンが座り込んだまま背中を壁に預けて眠っている。
「頭いた……」
額を押さえてしかめ面をしながらリベラは立ち上がると、起きている二人のもとにやって来た。
「君たち、朝まで飲んでいたのか?」
「あ、ああ……」
「まあな」
「なあ、オレ、昨日のことをあまり覚えていないんだけど、何かヘマをしたりしてなかったよな?」
「え……?」
記憶がないと言うリベラの問いに、ラザロスは酒場での様子、そしてこの部屋に連れてくるまでに柱に縋り付いて泣いていたリベラの姿を思い出していた。
「……何も無かった」
「いや、今の間は絶対何かあったやつだよな? 何があったんだいったい? 教えてくれ!」
「叫ぶな、頭に響く」
視線を逸らしながら誤魔化すラザロスに真相を迫るリベラだったが、二日酔いと敗北でぐったりしたグレイに止められ、結局ラザロスの口から昨夜の出来事を聞き出す事は出来なかった。
純粋なアルコール耐性で言えば、グレイに軍配が上がるはずですが今回は運が悪かったのでしょう。




