番外編19 侍従たちの狂宴1
お酒は二十歳になってから。
ユーリマン、ラザロス、リベラ結婚後の話です。
その勝負はくだらない言い争いから端を発した。
珍しく公女様抜きで侍従たちのみが集まった酒宴の席で、酒と料理の提供を待つ間に『誰が一番美しいか?』という話題を持ち出したのはロジェだ。
そして、その話題に各侍従は自分の主人こそこの世で一番美しいと主張して憚らなかった。
「まあ、美しいといえばエカテリーナ様の代名詞だろう? 他の公女様も美しくあらせられるが、一番はエカテリーナ様で決まりだ」
いつもの事と言えばいつもの事なのだが、エカテリーナを褒め称えるロジェの言葉に一番にぴくりと片眉を動かして反応したのはユーリマンだった。
「何を言っているんだ? 一番といえば、うちのヴィオレッタに決まっているだろう。それに彼女はまだ十五歳だ。これからさらに綺麗になる予定なんだ!」
「ユーリマン、お前こそ何を言っているんだ? これからって、それは未来の可能性の話だろう? 今は現在の話をしているんだ。だったら、そんなのうちのジャスミン様に決まってるじゃねーか。出るとこも出て、誰よりも女性らしい曲線を描いているじゃないか。それに強い!」
ユーリマンの意見に反論を唱えるグレイ。しかし、彼の意見にさらに反論を唱える者がいた。ロジェとリベラだ。
「わかってないな、グレイ。大きければいいというものではないのだよ。バランスこそ、重要なんだ」
「そうだ、そうだ! それに強いのは関係ないぞ! それは君個人の好みだろう? そんなオレはキャサリン様に一票を投じる!」
「いや、皆落ち着いて……」
困り顔で皆を宥めようとしたのはラザロスだ。議論がだんだんと白熱していく中で、彼だけか冷静さを保っている。
皆が一歩も譲らず、自分の主人を推し続けるために、一歩間違えば乱闘騒ぎになってしまうかもしれないと危ぶんでいた。
「そういう君はどうなんだ? やっぱり一番美しいのはキャサリン様で決まりだろう?」
「いや、ジャスミン様だろう」
「ややや、エカテリーナ様だとさっきから言っているじゃないか! そうだろう、ラザロス?」
「ヴィオレッタだ」
「俺は……」
皆の視線が集まる中、言い淀んでラザロスはいったん口を閉じる。
彼の中での答えはもちろん決まっているが、それを言えば話がややこしくなるのは目に見えている。
かと言って、他に良い切り返しが見つかるわけでもなく。
「イザベラ、かな……?」
結局、ラザロスは内なる声に従うことにした。自分の心に嘘はつけない。
「ややや、結局全員自分の妻や仕えているお嬢様に一票ずつ入れただけのようだな」
「なんだかすっきりしないな……」
横並びに終わった結果に、ロジェとユーリマンが不満の声を上げる。
他の三人も言葉にこそしなかったが、同じ考えのようで渋い顔をしている。
『全員同じくらい美しい』ではダメなのかと誰も言い出さないのは、男性ゆえの闘争本能なのだろうか?
浅からぬ付き合いの侍従仲間たちだが、ここへ来て新たな一面を見たような気がして、ラザロスは感慨深い気持ちになった。
「よし、決めた。こうなったら酒の飲み比べで決着を付けようぜ。最後まで残ったやつが勝ちだ!」
「望むところだ」
酒席で勝負といえば酒の飲み比べか、腕相撲か、乱闘と相場が決まっている。
しばらく考え込んでいた様子のグレイが持ち出してきたのは一番平和的なもので。そこに安堵しつつも、意気揚々と勝負を受けて立つリベラを横目に、長い夜になりそうだとラザロスは天井を仰いだ。
*****
「へい、お待ち!」
店員の威勢のいい声と共に運び込まれたのは、ジョッキになみなみと注がれたエールだ。
アルコールがさほど強くなく、スッキリとしたのどごしが特徴の酒だ。
「今夜は呑むぞー!」
全員に酒が行き渡ったところで音頭を取ったのはグレイだ。
飲み比べとは言ったがどうもこれがないと締まらないとでも言うように、誰からともなくジョッキを合わせて乾杯する。
最初の一杯は場の雰囲気を盛り上げるためのもので、小手調べにすらならない。
そう思っていたラザロスは、グイッと一気にエールを喉の奥に流し込む。
彼は他の皆もそうだろうと考えていたが、一人だけ様子のおかしい者がいた。リベラだ。
高く持ち上げたジョッキを口元に運んだリベラだったが、唇が触れるよりも先に手を止め、顔を顰めたかと思うとダンッと勢いよくテーブルにジョッキを叩きつけたのだ。
「リベラ!?」
「……なんだ?」
いったいどうしたのかとラザロスが名前を呼ぶと、リベラは焦点の定まっていない胡乱げな眼差しで見つめてくる。
「だいたい、キャサリン様はオレがどんなに考えて! どんなに頑張って! どんなに準備しても! いつもいつも、オレの計画をすべて滅茶苦茶にしてくるんだ! この苦しみが……、オレの気持ちが君たちに解るか!?」
「わかった、わかった。いや、わからないけど! リベラ、こぼれてるって!」
「誰か! 布巾を!」
テーブルに叩きつけた衝撃で、まだ口を付けていないにもかかわらずジョッキの中身が半分ほど減ったが、リベラはお構いなしだ。
ラザロスとユーリマンが慌てて店員を呼び、びしょ濡れになったテーブルの上を拭き始める。
「だははっ! 見ろよ、あいつ一口も飲んでないのに酔っていやがるぞ!」
「ややっ! 酔った勢いでエールだけでなく、キャサリン様への愚痴も零しているな」
リベラを見て、ゲラゲラ笑っているのはグレイとロジェだ。普段は何かと衝突することの多い二人が、珍しく意気投合している。
「誰が上手いことを言えと!」
「笑っていないで、君たちも少しは片付けるのを手伝ってくれ!」
「オレは酔ってない!」
酔っている者ほど、酔っていないと言い張るもので、リベラの言動は典型的な酔っ払いのそれだ。
まさかエールの匂いだけで酔う人間がいるだなんてと驚愕に目を見張りながらもユーリマンと二人、ラザロスは笑い転げるグレイとロジェに、テーブルの上の物を避けるよう指示を飛ばした。




