番外編17 同担歓迎(ロジェ編⑦)
本編開始前の話になります。
その日、エカテリーナとロジェは街に買い物に出掛けていた。
キャサリン程では無いが、エカテリーナも比較的外での買い物を好む傾向にある。
公女ともなれば、屋敷に商人を呼びつけることも可能だが、それとはまた違った楽しみがある。
特にロジェは、ある意味ではエカテリーナ以上に買い物を楽しんでいた。
「お嬢さまぁ〜」
実に晴れやかな笑顔で、飼い主の姿を見つけた犬のようにロジェはエカテリーナに駆け寄った。そんな彼の両腕には、びっしりと服が掛けられている。言うまでもなく、エカテリーナ用の服だ。
その量たるや凄まじいもので、まるで腕が孔雀の翼になったかのようだった。重量も相当なものだが、ロジェは全く堪えた様子もなく、平気な顔でそれらを持ち運んでいる。
「こちらのドレスはいかがでしょうか? エカテリーナ様の御髪と瞳の色にとっても映えて素敵だと思うんです」
「あら、そう?」
「エカテリーナ様、こちらの首飾りはどうですか? 変わったデザインですが、今お召しのドレスに似合うと思うんです」
「悪くないわね」
「エカテリーナ様! ちょっとこちらを向いていただけませんか? ……ああ、やっぱり。思った通りです。お嬢様はどんな服をお召しになられても美しいですが、こちらの服をお召しになるとまるで天界から舞い降りた美の女神のようですね!」
「そうかしら? 貴方がそう言うのなら、それも買うわ」
終始この調子で二人は買い物を続けている。
女性の買い物に付き合う男性というと、段々と死んだような表情を浮かべるか、退屈そうにしているのが相場だが、ロジェは心の底からエカテリーナとの買い物を楽しんでいる。
試着したエカテリーナの姿を見ては恍惚とした笑みを浮かべ、大量の荷物を手にしていても、エカテリーナの持ち物を運ばせてもらえるだなんて役得だと信じて疑わない彼は、それが苦痛だとはつゆほどにも思わなかった。
衰えぬ買い物意欲に胸を踊らせている。
「次はあのブティックに致しましょう」
「あら、初めて見るお店ね」
こうしてその日、八軒目のブティックを二人は訪れていた。
「留守かしら? 誰も出てこないわね」
「そんなはずはありませんよ。表の看板には営業中と書いてありましたし……」
ドアベルを鳴らして入店した二人だったが、辺りを見渡しても店員の姿は見当たらない。
代わりに目に入ったのは所狭しと並ぶトルソーと、それを飾るドレス、そして足元に転がるクシャクシャに丸められた大量の紙だ。
ロジェは抱えていた荷物をカウンターに置くと、屈んで丸まった紙を一つ拾う。
紙を広げると、そこに描かれていたのはドレスのデザインだった。
鳥をイメージしたデザインなのだろうか? 裾や襟元に大量の羽根があしらわれている。しかし、その上から大きく書かれたバツ印が、これを描いた人間がその出来に納得していないことを物語っていた。
「エカテリーナ様。奥を見て参りますので、そのまま少々お待ちいただけますか?」
「わかったわ」
立ち上がったロジェはエカテリーナの了承を得て、足元に転がる丸められた紙で作られた道を辿るように、店の奥へと向かう。
やがて布で仕切られた部屋の前に行き着いたロジェは、少々バツの悪さを感じながらも中を覗き込んだ。
「……ちがう! これもだ! 何かが……何かが足りない!」
中では一人の男性が机に向かい、切羽詰まった様子でペンを走らせていた。
素早くペンを動かしては首を振り、紙をむしり取ってぐちゃぐちゃに丸め、周囲に放る。
彼が放った中の一つが転がって偶然ロジェの靴にこつんと当たり、止まった。
「……んん、ウンッ! 失礼!」
「誰だ!」
わざと大きめに咳払いをしたロジェを、男が振り返った。
「誰だって? 決まっているじゃないか、僕はこの店の客さ。黙ってこんなところにまで入り込んだのは少々マナーに反するが、開店中なのにスタッフが誰も出て来ないので気になってね。見たところ、君がこの店の店主のようだが……?」
長々と語る中、ロジェは目の前の男を観察していた。
例によって例の如く、店主の顔立ちはぼんやりとしていてわからないが、澱んだ空気がそこにある。
「……あ、ああ、すまない。店主とは言っても、この店の従業員は私一人なんだ。最近、独立したばかりでね。でも、この店はもうおしまいかもしれない……」
「それはいったいどういうことだ? 良ければ話を聞かせて貰えないだろうか?」
「実はデザインに行き詰まっていて。描いても描いても、これではない気がして前に進めないんだ。せめていいモデルがいれば……」
肩を落とす店主の言葉にロジェはハッと思い至った。
「モデルならいるぞ。それも最高のモデルだ」
「何!?」
「来たまえ」
ガタッと音をさせて店主は立ち上がった。彼が掛けていた丸椅子が倒れたがお構い無しだ。
「こちら、僕がお仕えしているエカテリーナ様だ」
「め、女神だ……! 女神がいるぞ!」
店主を店の入口付近まで連れて来て、得意げにエカテリーナを紹介するロジェ。
エカテリーナを目にした途端、店主の纏っている雰囲気がガラリと変わった。たった今、神の祝福を受けたかのように、全身から喜びのオーラを発している。
「おお、君にもエカテリーナ様の素晴らしさがわかるのか!」
「こうしてはいられない! 紙とペンだ! 急いで持って来なければ……! 嗚呼、頭の中からデザインのイメージが溢れて止まらない!」
脱兎の如く、店の奥の作業部屋へと取って返す店主。
そして、そんな店主の後ろ姿とロジェを見比べながら、エカテリーナはぼんやりと言葉を発した。
「いったい、彼は何なのかしら……?」
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後日、キャサリンとエカテリーナ、ロジェの共謀により、彼の店は王都でも指折りの名店としてその名を上げることになるのだが、それはまた別の話である。




