番外編16.5 家庭内駆け落ち婚
この話は2022年12月10日の活動報告に掲載していたものです。
「旦那様! 奥様! 一大事にございます!」
「あら、そんなに慌ててどうしたの?」
「何かあったのか?」
キャサリンの父母が執務室の休憩スペースで揃ってお茶を楽しんでいたところ、執事が慌てた様子で部屋に飛び込んできた。
貴族間では政略結婚が多い中、恋愛結婚をしたキャサリンの父母は仲が良い。公爵の執務が忙しい中でも、こうして二人がお茶を共に楽しむ時間を定期的にとっている。
「お、驚かないでお聞き下さい。お嬢様が……、キャサリンお嬢様が、侍従のリベラと駆け落ちなさいました!」
「まあ」
「なんだって!?」
「あ、いえ。正しくは家庭内駆け落ちにございます」
瞠目し、手に持っていたティーカップからお茶を零しそうになった公爵を見て、執事は慌てて訂正する。
「いったいどういうことなんだ? そもそも妻も私も二人の結婚には賛成だから、駆け落ちなんてする必要がないのだが……。家庭内ということは二人は屋敷にいるのか?」
耳慣れない単語に難しい顔をして公爵が執事に状況説明を促す。
「はい。リベラがキャサリン様の手を引いて、お嬢様の読書ルームに連れ込み、立て篭もったとか」
「なんと、ついにか!」
「まあ、あの子ちゃんと鍵は掛けたのかしら?」
「えっ……? ええ。読書ルーム前で二人を目撃したメイドの話によると、今夜は誰も近寄るなとリベラは言っていたそうです」
何故か喜色満面で身を乗り出してくる公爵と、おっとりと謎の心配をする公爵夫人に執事は困惑した。
「まあ、まあ! どうしましょう。今夜はお祝いかしらね? ……でも、困ったわ。主役二人は部屋から篭って出てこないつもりなんでしょう?」
「また後日、二人を交えて盛大に祝うとして、今夜は君と私の二人で祝杯をあげよう」
「あら、お義父様もお呼びしなくては怒られてしまいますわ」
「旦那様、奥様。感想はそれだけにございますか?」
最初こそ驚いていたが、今はただ喜んでいるようにしか見えない公爵夫妻の様子が執事にとっては予想外だった。
キャサリンを溺愛している公爵のことだから、『娘が欲しくば私を倒してからいけ』的な過激な反応をすると期待していたのだ。
どうも調子が狂うと、頭を抱える執事のこめかみを一筋の汗が伝う。
「……え? ええ、おめでたいという他に何かあったかしら。ねえ、あなた?」
「特に無いな」
いや、絶対あるだろうと執事は心の中で盛大に公爵にツッコミをいれた。
キャサリンとリベラの結婚に賛成派なのは知っていたが、年頃の娘が若い男に密室に連れ込まれているのだ。
未婚の娘の親として、そこは心配すべきことが色々あるだろう。
「お式はどうしようかしら? あの子の性格なら、その場でサクッと当人同士で誓いを立ててしまうかもしれないわね」
「キャサリンは人より少しだけ、待つのが不得意だからね」
少しではないだろうと、執事はまたしても心の中でツッコミをいれた。
キャサリンのせっかちは筋金入りだ。
公爵夫妻はお二人とも比較的おっとりとした性格だから気付いていないのかもしれない。
それに公爵は執務や商談の際は辣腕を振るい、代々の公爵と同様に人を見る目は確かだと言われているが、娘に関しては溺愛ゆえか激甘評価になる。
いや、評価という段階にすらないのかもしれない。フワフワとした天使のような子と思っている節がある。
執事がそんなことを考えている間にも、公爵夫妻の会話は弾んでいた。
「私は常日頃から、キャサリンのお婿さんはリベラ君しかいないと思っていたんだ」
「私もよ。あの子が自ら読書ルームに人を招くだなんて、最初に聞いた時には驚いたもの。後にも先にもあの侍従君だけよ」
「先代の話では、社会勉強のつもりで連れて行った闇オークションでキャサリンが自らリベラ君を競り落としたそうじゃないか。あの頃はまだ幼かっただろうに、将来の自分の伴侶をひと目で見分けて落札するだなんて、さすが私たちの娘だ」
「そうね。お義父様は『あの子がわがままを言うだなんて初めてのことだ』って、随分と困惑していらっしゃったけど、結果として侍従君はあの子をよくサポートしてくれているから良かったと思っていらっしゃるはずよ」
「毎月、キャサリンと先代の買い物の請求書を処理してくれて助かっているよ。キャサリンも父上も、ちょっと買い物の量が多いからな。彼が次期公爵なら、我が家も安泰だな」
聞き捨てならない情報過多で、執事は眩暈を覚えた。
「あら、あなた。それは少し気が早いんじゃなくて? そうだ、お義父様にも今夜は読書ルームに立ち寄らないようにお伝えしなくっちゃ」
「わしなら、ここにおるよ。それに言われずとも知っておる」
「あら、お義父様。いつの間にいらっしゃったのですか? あの侍従君は少し奥手なところがあると思っていたのですが、無用な心配でしたわね」
「ふぉっふぉ。若いのう。青春じゃのう」
先代当主まで加わって、さらに話に花が咲いている。
ここから先の主人たちの会話を聞くべきか、聞かざるべきか。
執事は頭痛のする頭と現場放棄したい己の本心を抱え、考えあぐねていた。




