番外編16 リベラの求婚4(リベラ編⑫)
「ちょっと! リベラ、何処に行くの?」
「もう少しです」
キャサリンの手を引いて走るリベラ。キャサリンが行き先を訊ねるが、リベラは振り返らなかった。
「まさか、リベラとお嬢様が駆け落ち!?」
途中、すれ違ったメイドが二人のただならぬ様子に箒を取り落としながら騒いでいた。
その後もすれ違う人、すれ違う人が皆、口をあんぐり開けて驚いているが二人は素通りする。
迷いのない足取りで進んでいくリベラに、キャサリンは抵抗することなくついていった。
「今日はこの部屋の掃除はしなくていい」
廊下ですれ違ったメイドをつかまえてそう言い置き、リベラがキャサリンを連れて入っていったのは、キャサリンの読書ルームだった。
部屋に一歩入って立ち止まるとリベラは扉を閉めて、施錠した。
ガチャリという音がドーム状の高い天井に反響して、静寂を携えていた部屋に思いの外大きく響く。窓から差し込む夕日が部屋全体をあたたかな色に染め上げていた。
ゆったりとした足取りで奥に進み、ちょうど部屋の中心で立ち止まるとリベラはキャサリンの手を離し、彼女に向き合った。
走ったせいでキャサリンの息は乱れ、ショールが肩から落ちかけている。
リベラは懐に手を入れ、小さな箱を取り出す。そうして、キャサリンの息が整うまで静かに待った。
「キャサリン様」
口から何かが飛び出そうな程の緊張を抑え込むように、名前を呼ぶ。
「急に何なの?」
「本当はもっと色々準備して、良いタイミングで、良いムードで、言葉もきちんと考えてからお伝えするつもりでした。急過ぎるとか、今じゃないとか言われたら嫌じゃないですか。そんなのはわかっています。だから、そのために竜玉まで持ち帰ったのに、移住だとか、買い物だとか、まだるっこいだとかで全部お嬢様にめちゃくちゃにされて。私がどれほど困惑したか、どれほど迷惑を被ったか、ご存知ですか?」
「うっ、そんなに怒らなくても……」
「ああ、もうっ……」
キャサリンに不満げに返事をされたからだろうか?
最初にリベラの口から出てきたのは、不平不満や苦情じみた言葉だった。
勢いのままに恨み言を連ねるリベラに、キャサリンは意外にもしおらしい反応をした。
そんなキャサリンが健気に見えて、またも心を乱されたリベラは、髪が乱れるのも構わずに空いている方の手で頭を掻き回す。
わざわざ文句を言いに連れてきたわけではないことはリベラ自身が一番よくわかっている。
雑念を振り払うかのように頭を振ってリベラは言葉を続けた。
「でも、もういいんです。もう諦めました。タイミングだとか、きっかけだとか、考えても無駄だったんです。私がどんなに頑張って準備をしたところで、どんなに願ったところで、それをすべて突き崩してくるのがお嬢様というお人なんです。でも、仕方がないじゃないですか。ええ、どうしようもないんです。そんな困ったところも含めて、キャサリン様、貴女を愛しいと思ってしまうのですから」
「……っ」
キャサリンが息を呑んだ音が聞こえる。
手に持っていた小さなケースをリベラはたどたどしい手つきで開けて、キャサリンの前に掲げた。
「これは……?」
「旅の途中で立ち寄った町でお祭りがおこなわれていたんです。そのお祭りの出店の中に、装飾品を売っている小さなお店があって。この指輪はそこで買いました」
キャサリンの紫水晶の瞳が弱々しく震えている。答えるリベラの声も震えていた。
「庶民向けのお祭りの、小さな出店で買った安物の指輪なんてお嬢様にとってはちっぽけで価値のないものかもしれません。告白さえ満足にできない私を、不甲斐ないとお思いでしょう。ですが、これだけは言わせて下さい。……私、リベラ・ヨルン・ハイドリッヒは、キャサリン・ユリーナ様を愛しています」
瞼を閉じると、幼い頃からのいくつものキャサリンとの思い出がリベラの脳裏によみがえる。そのどれもがリベラにとって大事な思い出で、宝物だ。
再び目を開いたリベラは、まっすぐキャサリンを見据えた。
「……そして、この円い指輪のように、途切れることの無い永遠の愛を貴女に誓います」
やっと言えた。静寂の中で、その満足感とキャサリンの答えに対する不安が同時にリベラに押し寄せる。
リベラの顔を見ていたキャサリンは、指輪に視線を移し、そしてもう一度リベラを見上げた。
「付けてはくれないの?」
「……宜しいのですか? 先程も言いましたが、安物ですよ?」
「バカね……」
リベラは震える手でそっとキャサリンの左手を取ると、薬指に指輪を通した。
「似合うかしら?」
「……はい、よくお似合いです」
左手を顔の横に掲げて見せるキャサリンに、リベラは一にも二にもなく頷いた。
彼の選んだ指輪はツルリと平らな表面に二か所、小さな石がぽつんと嵌められているだけのシンプルなものだ。
しかし、リベラに褒められた後、キャサリンは大事そうに反対の手で指輪を撫でると嬉しそうに微笑む。
ここまでがリベラの限界だった。
キャサリンに求婚しなければという一心で、必死に恥ずかしいと思う気持ちを抑えていたが、全てを言い終えた今、キャサリンに心底幸せそうな笑顔を向けられてそれがトドメとなった。
リベラはキャサリンの肩から落ちかけていたショールを奪うと、キャサリンの頭に被せる。
彼女の顔を正視できないのと、これ以上ないくらいに赤面している自分の顔を彼女に見られたくないからだ。
だが、リベラのその思惑はやはり叶うことがなかった。
「……っ!?」
頭に被せられたレース編みのショールがまるで花嫁の顔を覆うヴェールのようだと思った瞬間に、キャサリンの手が伸びてきてリベラの腕を掴み、中に引き込んだのだ。
「結婚しましょう」
「……はい、喜んで」
キャサリンの提案に赤面しながらもリベラは頷く。恰好はつかないけれど、これでいいのだと思った。
瞬きをすれば互いの睫毛が相手の頬に触れてしまいそうな程の至近距離で二人は見つめ合う。
やがてどちらからともなく顔を寄せ合い、白いヴェールに包まれながら何度も秘めやかな口づけを交わした。




