番外編14 リベラの求婚2(リベラ編⑩)
「お嬢様、そろそろお時間です」
「そうね」
いつもより華やかな服に身を包んだリベラは、扉を隔てた向こう側、ドレスルームにいるキャサリンに声を掛けた。
短く返事をしたキャサリンが部屋から出てくると、軽くリベラは目を見張る。
これまたいつもより入念に化粧を施され、髪を結い上げて着飾ったキャサリンは月並みな表現にはなるがまあ美しかった。
リベラが口を半開きにしたまま固まって、数秒ぼうっと見惚れてしまったほどである。
メイドたちが気合いを入れてキャサリンを着飾ったのは、今日はこれからラザロスとイザベラの結婚式に参列する予定だからだ。
ハッと我に返ったリベラは、物凄い勢いでキャサリンから顔を逸らし、口元を手で覆った。
悪魔をも魅了する五公女と世間で評されており、常日頃から彼はそれに反感を覚えていたが、今この時ばかりはそれもあながち間違いでは無いかもしれないと思う。
「あら? 何かおかしくって?」
急に顔を逸らしたリベラの様子を不審に思ったのか、キャサリンが訊ねて来るが今のリベラは彼女の方を見ることが出来ない。見たら絶対にまた見惚れてしまうからだ。
口元に手を添えたのはだらしなく弛んでいるのを隠す為だったが、頬に当たる指先から火傷しそうなほどの熱を感じる。
「いえ、今日もお綺麗ですし、ドレスもよくお似合いです。ですが、秋も深まってきて会場は少し肌寒いかもしれませんので、何か上着を羽織られてはどうですか?」
決してキャサリンの顔を見ることなく、そっぽを向きながらもリベラは数秒前に目にしたキャサリンの姿を脳内で再生していた。
陶器のように白く華奢な肩口や腕、綺麗な曲線を描くデコルテラインを剥き出しにしたその姿は、いささか刺激が強すぎて目に毒だ。
見るなという方が無理があるし、他の人間の目に触れて欲しくないとも思う。ならばいっそ隠してしまおうと、平静を装いながら上着を勧めた。
肌寒いなどと言いつつも、自分は少し汗ばんでいることにリベラは内心で自嘲する。
「そうね。貴方がそう言うなら、そうしようかしら。このドレスに合うものを用意してもらえるかしら?」
特に反論することなくキャサリンが提案を受け入れてくれたことにリベラはほっと胸を撫で下ろした。
キャサリンに命じられたメイドがドレスルームに戻り、数分の後にいくつかのショールやストール、ボレロを手に再び現れる。
「どちらになさいますか?」
「そうね……。リベラ、せっかくだから貴方が選んで頂戴」
「わ、私がですか? そうですね……」
選んで欲しいと言われたリベラは、キャサリンの姿をなるべく視界に入れないようにしながらメイドの方を向き、どれにすべきか慎重に考え込む。
さすがいつもキャサリンのドレスアップを任されているメイドのピックアップした品というだけあって、デザインやドレスの色との相性で言えば基本的にどれを選んでも問題なさそうなものばかりだ。
「これにしましょう」
光沢のあるサテン生地のストールや、ビロードのボレロなど生地や型、質感が異なるものがいくつかある中、リベラが選んだのは白のレース生地のショールだった。
「これでどうかしら?」
軽い衣擦れの音がした後、呼び掛けられてやっとリベラはキャサリンに向き直った。
狙い通りに肩や腕が隠れている。
「よくお似合いです」
うっかりするとこれでも惚けたように見惚れてしまいそうなのだが、そこはしっかりと気を張って乗り切るしかない。
「では、参りましょうか」
「はい、お嬢様」
リベラの答えに満足げに頷いたキャサリンが、出発を宣言した。
*****
キャサリンと共に長い廊下を歩き、邸宅前へとやってきたリベラは軽く瞠目していた。
彼の目の前には見慣れぬ、けれど立派な馬車がある。
「お嬢様、これは?」
「あら、気付いたのね。特注したの」
「でも、馬車はもういらないと……」
「あの石は身に付けて歩くには重いし、飾るにはそれ相応の台座が必要でしょう? いっそ、展示するための建物でも新築しようかとも考えたのだけれど、そうすると時間がかかるじゃない? だから馬車にしたの」
あの石とキャサリンが言ったのは竜玉のことだ。馬車の天井の上で真っ赤な竜玉が陽の光を受けて燦然と輝いている。
大きな宝石を中心に飾るとバランスを取るためにゴテゴテと飾り付けた結果、いかにもというような悪趣味な仕上がりになりがちだが、目の前の馬車は竜玉が主役であることを象徴するかのように逆に他の装飾を控えめにしている。
そうすることで、優美さを保ちつつも豪華さを演出出来ている。いつもキャサリンが乗っている家紋入りの馬車とはまた違った趣のデザインだ。
「もしや、ヴァレンテ様の作品で?」
「そうよ、よくわかったわね」
今や誰もが知る若き名匠の名を挙げるとキャサリンは嬉しそうに頷いた。
またその笑顔が可愛らしくて魂を抜かれそうになるが、後々ヴァレンテの工房から届くであろう請求書のことを考えてリベラはなんとか現実に踏みとどまった。
メインとなる石はこちらで用意したとはいえ、これほどの力作ならばさぞや高価なことだろう。
キャサリンに手を貸して先に乗せ、続いてリベラも乗り込むと静かに馬車は動き始める。
するとキャサリンは事前に積み込まれていた本を手に取って、読み始めた。
「お嬢様」
馬車の車輪が石畳の表面を食む音と、キャサリンが本のページを捲る音が車内に響く中、リベラは主人に話し掛ける。
「なあに?」
「いいお天気ですね」
「……? そうね」
「……お嬢様」
「なにかしら?」
「私、今日は馬車を降りて歩こうかと」
「目的地は同じなのだから、わざわざ歩く意味がわからないわ」
何度も話し掛けるリベラに、キャサリンは本から顔を上げずに応える。
普段のリベラなら、キャサリンの読書中はむやみやたらと話し掛けることはしないが、今のリベラは内心でひどく取り乱していた。
決して広い空間とはいえない車内にキャサリンと二人きりでいるリベラは、ふとキャサリンから漂ってくる甘い香りに気付いてしまった。
決して気分の悪くなるような匂いではなく、甘さの中にも清涼感のある良い香りなのだが、その香りがリベラをおかしな気分にさせてくる。
リベラは何度もキャサリンに話し掛けることで匂いから気を逸らし、理性を保とうとしていた。
何度目のやりとりだろうか。リベラ自身、自分が何を言っているのかよく分からなくなってきた頃にそれは起こった。
「キャサリンさ……」
文字を追っていたキャサリンがあまりにしつこく話し掛けるリベラに苛立ったのか、ページを捲る手を止めて眉を顰める。
そして何を思ったのか、対面に座る侍従の隣に移動し腰掛けると、彼女は両手で本を持ったままリベラに顔を寄せた。




