番外編13 リベラの求婚1(リベラ編⑨)
ユーリマンとヴィオレッタの結婚を皆で見届け、すったもんだの挙句に領地に戻り、一切合切の荷物をまとめて移住先の国にたどり着いて、荷解きをしている時に事件は起こった。
「……あら? これは何かしら?」
ゴロゴロと床の上を重量のある何かが転がる音がして、続いてキャサリンが声を上げた。
転がったものの正体に心当たりがあり、何か猛烈に嫌な予感を覚えながら音のした方を振り向くと、そこにはリベラが想像した通りの光景が広がっていた。
成人男性の両のこぶしほどの大きさのある巨大な赤い宝石をキャサリンが見下ろしている。
「キャ、キャサリン様!」
「なぁに、リベラ?」
状況を把握したリベラの行動は早かった。
わざと大きな声を上げてキャサリンの気を逸らし、さっと床に転がったそれを回収して背後に隠す。石が重くておかしな体勢で持っている手がプルプルと震えるがそこは気合いだ。
「そ、そういえば、新しい邸宅でも全く同じ設計の読書ルームを建設なさったんですね」
「そうよ。お父様とお祖父様にお願いして、図書館も建て直してもらったわ。ところで、今、背中に隠したものは何かしら?」
「きゅっ!?」
全力で誤魔化そうとしたリベラだったが、キャサリンは見逃してはくれなかった。
首がぎゅっと絞まったような感覚がして、驚いた小動物の鳴き声のような変な声がリベラの喉から発される。
「い、嫌だなぁ、お嬢様。何も隠してなんていませんよ、ハハ」
「いいえ、確かに貴方が何か拾ったのを見たわ」
「でも、大したものじゃないんです。わざわざお嬢様がご覧になられる価値のあるものでは……」
「いいから、見せなさい」
それでも往生際悪く粘るリベラは、もごもごと言い訳を並べ立ててなんとか難を逃れようとする。しかし、キャサリンはそれを一刀両断した。
こうなっては致し方ない。
ついに観念したリベラは嫌々ながらも、後ろ手に隠していたそれをキャサリンの眼前に差し出す。
「これは?」
「竜玉です。ヴァレリアス……邪竜の額にハマっていたものを持ち帰ったんです」
「ふふん、そんな貴重なものを手に入れただなんて、さすが私の侍従ね。それでこれはどうするの?」
どうするのかと聞かれたリベラはビシリと固まった。
これはどう考えても、竜玉をキャサリンにあげなければいけない流れだ。
とはいえ、リベラはもともとキャサリンに献上するつもりで竜玉を持ち帰ったのだからあげてしまうこと自体は問題ない。しかし、これに関してはタイミングがまずいとしか言いようがなかった。
バタバタしていたとはいえ、毎日顔を合わせているのだから渡す機会くらい、作れないことはない。それなのに今の今まで仕舞い込んでいたのには、リベラにはリベラなりの深い訳がある。
邪竜の死体を前に竜玉をもらっていいかと他の侍従たちに訊ねた時、リベラはそれを持ち帰ってキャサリンに渡し、結婚を申し込もうと考えていた。
キャサリンへの求婚はその時急に思い立った訳ではなく、幼い頃からの恋心を募らせていたところに五侯爵令息が相次いでキャサリンに求婚する様を見て危機感を抱き、ずっと考えていたことだ。
だが、五侯爵令息のプロポーズの際に『キャサリンが喜ぶ品を持って来れた者が婚約出来る』という暗黙のルールが出来上がってしまった。そして、リベラはこれに頭を抱えてしまったのだ。
キャサリンが喜ぶ品とは何か。ずっと考えあぐねていたところに竜玉を入手したが、今度は何と言って求婚すべきか、その答えに詰まった。
近くでキャサリンを見ているリベラだからこそわかることだが、キャサリンは宝石貴金属にはさほど関心を持っていない。何しろ、スターサファイアを砂利扱いするご令嬢だ。竜玉ですら、勝率は危ういかもしれない。
良い感じのタイミングで良い感じの雰囲気の中、良い感じの言葉で告白しなければ。
ラザロスも先日イザベラに求婚して、見事結ばれることになったと聞いたから、この際だから少し落ち着いたタイミングでラザロスに相談するのも良いかもしれない。
グレイは恋愛に関しては門外漢もいいところだし、ロジェは喜んで聞いてはくれそうだが的外れな見解を述べそうだし、ユーリマンはあそこの主従関係はまた特殊だから参考に出来そうもない。
相談するとしたら、頼りになるのはラザロスくらいだ。
そう考えて結論を先延ばしにした結果、プロポーズの品を自ら見せるよりも先にキャサリンに見つかってしまった。
「そ、それは勿論……」
「もちろん?」
これはまずい流れだとリベラは肌で実感していた。
ここで何も言わずに渡してしまえばせっかくの品を失ってしまうが、いったん見なかったことにしてほしいなどと言えば、『まだるっこしいわね』と言われて石もろとも玉砕する可能性が跳ね上がる。
かと言って、そんな急に都合よく気の利いたプロポーズの言葉なんて出てくるはずもなく。
「……キャサリン様に差し上げます」
「あらそう。ありがとう、リベラ」
入念に準備に準備を重ねて事を運ぼうとした結果、他ならぬ愛しい人の手によって全てを崩されたリベラ。
キャサリンに悪気がないことはわかっているからこそ怒ることもできず、リベラは只々、諦観の念でキャサリンに真っ赤な竜玉を差し出した。




