番外編12 偶然か、必然か
前回の続きです。
「ロジェ! 君ってやつは!」
「ハハハ、そんなに褒められても困るな」
邪竜討伐の旅、三日目の夜。
王都より西へ進んだとある町の喧騒の中で。今日も今日とて、リベラは怒っていた。リベラの怒りの元凶はまたもロジェである。
道中の宿の手配はリベラがおこなっていたが、そこへ横槍を入れたのがロジェだった。なんと、せっかくリベラが取った宿を勝手にキャンセルしてしまったのだ。
それも今回が初めてではない。二日目の宿もまた、ロジェによりキャンセルされてしまい、揉めに揉めて他の宿を取らざるを得なかった。
「褒めてない!」
「何だってキャンセルしたんだい?」
「いやあ、今宵は星を見ながら共に語らいたい気分になってね」
憤慨するリベラに続いてユーリマンが年長者らしくやんわり訊ねるが、ロジェの答えは相も変わらず理解しがたいものだった。
ユーリマンが何とも形容しがたい顔で押し黙り、ラザロスはそんな彼と頷き合う。自分も同じ表情をしていることを自覚しながら。
「ほう? それなら俺と拳で語り合おうか。頭を殴れば夜でなくとも星が見えるぞ」
「そうだ、そうだ。ロジェは一人で星とでも語り合っていればいいんだ! フカフカベッドの恨み、思い知れ!」
「そ、その星は見たくないぞ!」
血の気の多いグレイはバキバキと拳を鳴らしながら不敵な笑みを浮かべてロジェに詰め寄り、リベラはそんなグレイに加勢するように囃し立てている。
するといつもマイペースなロジェが怯えたように表情を歪めた。
普段なら物珍しい彼の表情も、この三日間ですでに見慣れたものとしてラザロスの目に映る。
「今日は野営を張るしかないかな……」
「昨日みたいにはいかないだろうな」
すでに落ちかけた陽の光の中でユーリマンとラザロスが渋面を浮かべるのには訳があった。
通常であれば他の宿を探せば良い話なのだが、本日この日に限ってはそうもいかない。
町に入る前からラザロスは町の喧騒や立ち並ぶ出店から漂う食べ物の匂いを捉えていた。
この町では夏の風物詩として毎年お祭りがおこなわれるのだが、ちょうど今日がその開催期間だったのだ。今もそこらじゅうから食欲を刺激する匂いや、楽器、人々の笑い声が漂ってくる。
祭りの日といえば宿も酒場もどこもかしこもいっぱいで、やっとのことでリベラが部屋を手配したにもかかわらず、ロジェがキャンセルしてしまった。
今さらキャンセルをキャンセルしてほしいなどとは言えるはずもなく、これは野宿決定だろう。
「まあ、やっちまったものは仕方ない。完全に日が落ちる前に今日の寝床を準備するぞ」
グレイの号令のもと、一行は野営の準備を始めた。
*****
「よし、何とか間に合ったな」
野営慣れしたグレイの指揮のもと、無事に夜を明かす準備を終えたラザロスたちは街道から少し逸れた森の中で火を囲んでいた。
パチパチと焚き火の爆ぜる音がする中、出店で買った食糧を温めなおして口に運んだり、焚き火の明かりを頼りに本を読んだり、思い思いの過ごし方をしていた。
寝床を整える際に意外にも活躍したのはロジェだった。出立の際にもはや誰も口を出さなかった大量の荷物から、敷物や毛布を取り出して手早く準備をしたのだ。
そんな彼は、これまた大きな鞄から取り出したあれやこれやの謎の液体やクリーム状のものを、顔や髪に入念に塗りたくっている。
「それにしても、結果的に宿をキャンセルして良かったなんて事もあるんだな」
「例の異臭騒ぎだろ?」
焚き火で炙った串焼きを手に語るラザロスに、グレイが肩を竦めた。グレイの手には、手入れを終えた小ぶりなナイフが握られている。
ラザロスがその騒ぎを聞きつけたのは町で必要な物品を買い出している時だ。
宿泊する予定だった宿から、ドタバタと這う這うの体といった様子で涙目になった人々が雪崩るように逃げ出して来たのだ。
何事かと祭りのノリで渦中へ近寄った人は揃って酷い臭いに鼻を曲げ、ちょっとした騒動になっていた。
「まさか、ロジェはこれを予見して……?」
「ややや? まさかそんなことがあの宿屋で起きていたとは! 被害に遭った人々は災難だが、我々は巻き込まれずにすんで良かったな!」
本を読む手を止め、驚愕の表情でリベラがロジェを見つめるが、ロジェは何も知らない様子で己の幸運を噛み締めるのみだ。
「ただの偶然だとよ」
「いや、そうとも言い切れないらしい」
「どういうことだ?」
呆れ顔で偶然と断じるグレイに待ったを掛けたのは、ユーリマンだ。ラザロスが続きを促すと、彼は暫し考え込むように下を向いた後、慎重に口を開く。
「外で薪を拾っている時に、ちょうど街道を通って町にやってきた商隊と出くわしたんだ。その商人が言うには、『七人の小人亭』で食事をした客が昨夜未明から今朝にかけて次々と腹痛を訴えたらしい」
「それって、昨日オレたちが泊まる予定だった宿屋じゃ……?」
信じられないというように呟くリベラに、ユーリマンは首肯した。
「それじゃあ何か? コイツのおかげで二日連続で難を逃れたってことか?」
「そういうことになるな」
茹でて殻を剥いた卵のようにツヤツヤの顔になったロジェの襟首を掴むグレイに、ラザロスは苦笑を浮かべながら頷いた。
「うわ~、認めたくねー」
「どうだ、すごいだろう。僕をもっと敬いたまえ」
「うるさい。また何かしでかしたら、このナイフでお前の前髪斬り落としてやるぞ」
「やめたまえ! 荒事は僕の趣味じゃない」
調子に乗っているところをグレイに咎められたロジェがギャーギャー騒いでいる。
この二人を見ていると退屈はしないのだが、これから分の悪い戦いに赴くにあたって気持ちを高めるだとかそういう雰囲気にならないのが困りものだとラザロスは密かに思った。
「いつも思うけど、グレイはよくそんな小さなナイフで戦えるよな」
「……これか? 刃物だって大きけりゃいいってもんじゃないんだぜ?」
「大きさだけじゃないってことか……。ふむ……」
「リベラ、どうかしたのか?」
グレイのナイフを見て何かを考えこんでいる様子のリベラの顔を、何か邪竜討伐の手がかりでも思いついたのだろうかと淡い期待を抱きながらラザロスは覗き込む。
「うん……、ああ、いや。何でもない。ずっと本を読んでいて疲れたから少し散歩でもしてくる」
「……? そうか。明日も早いからほどほどにな」
少し疲れているだけだと言うリベラの態度に少し違和感を覚えながらも特に追及することなく、ラザロスはその背中を見送った。
次回より、リベラの求婚エピソードを公開予定です。




