番外編11 支度の遅いロジェ
本編27話と28話の間の時系列の話になります。
邪竜討伐の旅・二日目の朝。
既に出発の身支度を終えたラザロスは、リベラ・グレイそしてユーリマンと共に宿屋の前に集まって立っていた。
前日の疲れが残る中、それでも先を急ぐ旅だからと寝床と離れたがらない体に鞭を打って起きたのだが、うっすらとかかった朝もやがひんやりとしていて、寝起きの頭をすっきりと目覚めさせてくれることにラザロスは僥倖だと感じていた。
そんな彼の隣で肩幅ほどに足を開いて立ち、体の前で両腕を組みながら右手の人差し指と左足のつま先を小刻みに上下させているグレイ。
誰がどう見ても苛立っているのがよく分かる仕草だ。
最初は右手人差し指から始まったそれが、今や下半身にまで伝播してしまっているのをラザロスは見逃さなかった。
しかもそのテンポはだんだんと速くなっている。
「なあ……」
四人が四人とも、黙ったまま立っていたのだが、沈黙を破ったのはやはりグレイだった。
「……アイツ、遅くないか?」
「わかる。オレもそう思ってた」
痺れを切らして零したグレイに同調するリベラ。彼は腕に抱えた分厚い本に時間を惜しむように目を通し、顔を上げずに応えている。
アイツというのは考えるまでもなく、この場にいないロジェのことだ。
夜が明けたら出発しようと前日の就寝前にグレイから全員に伝えており、事実四人はこうして集まっている。しかし、ロジェの姿だけがない。
こうしている間にも、山間から漏れ出す陽の光は勢力を増しつつある。
「やっぱりそうだよな!?」
「ああ。体感で言うなら、キャサリン様の支度を待っている時と同じ感じだ」
「何で公女様と同じくらい支度に時間が掛かるんだよ? 男はなぁ、パッと起きて、ちゃちゃっと顔を洗って、ぐわっと着替えて、バビュッと出りゃあいいんだよ!」
「すまない。パッとか、ぐわっとかのせいで何言ってるか全然内容が頭に入って来なかった」
鼻息荒く身振り手振りで男の身支度を語るグレイだったが、ユーリマンは眉を下げて困り顔で謝罪するのみだ。
グレイは興奮している時に何かを説明しようとすると、今みたいにパッとかぐわっだとか勢いに任せた謎の表現が多くなることが稀にあるのをラザロスは知っていた。
そして、そんなグレイの説明について来れないのはだいたいユーリマンであることが多い。
タイプは違えど大枠で見れば同じ武人同士のラザロス自身は何となくその意味するところ――というかそれ自体にはほとんど意味は無い――を察しているものの、リベラとユーリマン、とくにユーリマンには悲しいほどに伝わらない。
「要するに、ロジェの支度が遅いってことだろ」
「やっぱり俺、アイツの部屋見てくる」
「まあ、まあ、まあ。多分、きっと、もう少し待てば来るだろうから待たないか?」
出発する前からのあれやこれやでずっと青筋を立てているリベラに呼応して、元々短気なグレイがロジェの様子を見に行こうとするのをラザロスは慌てて止めた。
そうするのはグレイとロジェの相性が最悪と言っても過言ではないからだ。普段ならいざ知らず、邪竜討伐の旅のまだ二日目の朝だというのに、こんなところで消耗している場合ではない。
「ラザロス。離せ」
「いや、離したら行く気だろう?」
「私が様子を見てこよう」
暴れるグレイをラザロスは何とか押さえ込み、ユーリマンに視線を送ると心得たとばかりに頷いて彼は扉の向こうに消えていった。
それから苦心しつつもグレイを羽交い締めにして押し留めること暫し。とぼとぼと弱々しい足取りで一人戻ってきたユーリマンを見て、嘆息した。
「どうだった?」
相変わらず手元の本に視線を落としたままのリベラが浮かない顔をしたユーリマンに短く問う。
「いや、うん、起きていたよ。起きていたけど。なんか、前髪のポジションが決まらないんだって」
「はあああぁあぁあ!?」
言いにくそうに口を割るユーリマンの答えに三人揃って瞠目した。
グレイは叫び声を上げ、リベラは思わずといった様子で手元の本をパタンと閉じ、ラザロスはラザロスで無言のまま驚いてグレイを拘束していた手をだらんと下げてしまっている。
「やっぱり縄で縛って引き摺ってくるべきかな?」
「いや、むしろこのまま置いていけばいいんじゃないか?」
「いやいやいや、ちょっと待て! さすがにそれはダメだろう?」
「すまない、私が力不足なばっかりに……」
物騒な話し合いを始めるリベラとグレイを何とか宥めようとするラザロス。そんな彼の傍らには己の無力を嘆いて肩を落とすユーリマンの姿がある。
「いや、俺たちの誰が行っても無駄だろう。ロジェはエカテリーナ様の話しか聞かないから」
「僕が何だって?」
落ち込むユーリマンを励ますつもりでラザロスが口にした言葉だったが、それに答えたのはユーリマンではなかった。
「ロジェ……」
「やっとか……」
「やあやあ、諸君。今日もいい朝だな」
満を持して登場したロジェ。ラザロスとユーリマンが揃って呆れ顔を浮かべているが、当のロジェはそれを全く気にする素振りを見せずに、無駄に爽やかな表情を浮かべている。
「全然いい朝じゃない! 君にとってはいい朝でも、待たされたオレたちにとっては最悪の朝だよ! 夜が明けたら出発だってオレから伝えたはずだろう!?」
「そうだ! お前、いつまで待たせる気だよ!?」
「ややや、朝日がこんなに。僕としたことが、随分前髪のセットに手間取ってしまったようだな。すまない。だが、見たまえ。今日も僕の前髪は完璧だ!」
怒ってロジェに詰め寄るリベラとグレイ。そして一応謝罪の言葉は口にしたものの、あまり反省の色が見えないロジェ。彼は前髪さえ完璧なら遅刻も無問題とでも言うように、得意げに自慢の前髪を示している。
これは荒れる。ラザロスはそう確信した。
「……こんのっ、前髪狂いがぁっ! その前髪、俺がばっさり切り落としてやる!」
「なっ! 何をするんだ、グレイ!? うわっ、やめろ、やめるんだ! やめたまえ!」
ついに怒りが最高潮に達したグレイが何処からともなくナイフを取り出して、ロジェの前髪を狙う。
ここへ来てようやく空気を読む気になったらしいロジェは、顔色を蒼くして後ずさる。
「オレは止めないからな!」
「だから呼びに行った時に言ったじゃないか、前髪なんて放っておいて早くした方がいいって」
「申し訳ないが、今回は君が悪いと思う」
目を泳がせてロジェは残る三人に助けを求めたが、リベラの怒りも相当なもので、ユーリマンもラザロスも左右に首を振る。
「逃げるなぁー! 待てコラ〜!」
「待てと言われて、本当に待つ奴がいるものか!」
脱兎のごとく逃げ出すロジェを刃物を持ったグレイが容赦なく追い回す。
先に行った二人の背中を見ながら、今日も退屈しない一日になりそうだとラザロスは大きなため息をついた。




