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番外編10 リベラの初恋3(リベラ編⑧)

前回の続きです。




 さらに翌日。前日の一件でさすがに今日はないだろうと思っていたリベラだが、今日も今日とて相変わらずキャサリンに伴われて読書ルームにやって来ていた。


 もはや定位置となりつつある座席にちょこんと腰掛けたまま、リベラの思考は混迷の一途を辿っている。



 一方のキャサリンはというと、昨日のことなどなかったかのように澄ました顔で書物を読み耽っている。


 今彼女が携えている本のタイトルは『叫び続ける参謀』だ。



 これはキャサリンからの『黙れ』という声無きメッセージなのだろうか?


 だとしたら、やはり昨日話し掛けてしまったことが気に触ったのだろうか?



至って平常運転に見えるキャサリンの様子に、リベラはひどく心を乱されていた。


 気にするなという方が無理がある。リベラの現在置かれている立場は非常に曖昧なものだ。キャサリンの気分一つで屋敷の外に放り出されかねない。



 ここ三カ月でリベラが得たキャサリンの情報といえば、本を好むこと、そしてフワフワとした見た目に反して意外にも短気であることだ。


 『まだるっこしい』とは彼女の口癖で、もどかしさやじれったさ、歯痒さを覚える場面で彼女は決まり文句のようにその言葉を発しながら、彼女の思う合理化を図る。


 ここで勘違いしてはいけないのは、それが彼女にとっての合理化であって、皆にとっての合理化ではないという点だ。


 たとえば彼女の前に絡まった糸があったとしたら、彼女はその糸がどんなに価値のあるものであろうと強引に引っ張って解こうとするし、場合によっては刃物を持ち出して自ら断ち切ってしまったりもする。


 普段はまさしく高位貴族の令嬢然としているが、たまに淑やかさをどこかに置き忘れてしまう。それがキャサリン・ユリーナという公女だ。



 不興を買えば自分の首も胴体と泣き別れることになるかもしれない。それならばと、状況的にはキャサリンに取り入ることを考えそうなものだが、リベラはそれは何かが違うような気がしていた。


 かといってじっとしたまま何もしないのも退屈で、しかしここには暇つぶしになりそうなものは本しかない。


 だが、勝手に読んでしまってもいいのだろうか?


 昨日は好奇心に煽られて勝手に本に触れてしまったが、もしかしたらとても貴重な本なのかもしれない。


 奇抜に見えるタイトルも、貴重な本であるが故なのではないだろうか?



 好奇心という本能とそれを抑制する理性。まだ年若いリベラの中で本能の方が勝つのは、自明の理だった。



 そろりと座ったまま体の位置をずらしてキャサリンににじり寄ったが、今回の本は他に比べて文字が小さく、離れているとよく見えない。


もう少し、あと少し近ければ。そんな気持ちで、座面に手をついたまま、キャサリンに近い方の腕――右腕に体重を乗せて覗き込む。


 否、正確には覗き込もうとしたのだが、座面の淵についていたリベラの手は重心が乱れたせいかつるりと滑り、支えを失ったリベラの体はぐらりとキャサリンの方へ大きく(かし)いだ。


 まずい。そう心の中でリベラは叫んだが、どんなに願ったところで体勢を立て直すことは叶わず。胸の辺りがヒヤッとする感覚を抱きながらリベラはキャサリンの左半身にぶつかった。


 キャサリンの華奢な肩に頭を持たせかける形で彼は制止した。



「えっ……?」



 振り向いたキャサリンが至近距離からリベラの顔を覗き込む。長い睫毛に縁取られた大きな紫水晶の瞳は驚いたように限界まで見開かれており、真正面からリベラの金色の瞳を見つめると、その輝きを増した。



「きれ~……」



 まるで夢見心地であるかのような、惚けた声がキャサリンの薄桃色の唇から零れる。


 それを耳にした瞬間、リベラは心底驚くと同時にどきりと心臓が強く脈打ったのを感じた。先程の冷水に入れられたような感覚から一転、胸の辺りを中心に熱いものが全身を駆け巡っているかのような感覚に襲われている。


 キラキラと光る紫の宝石のような瞳と、新雪のように白いと思っていた頬が春が訪れて花が開くかのように赤みがさすのを間近に見て、リベラはキャサリンを綺麗だと思った。


 そう、綺麗だと思ったのは自分の方だったからこそ、キャサリンの口から飛び出した『綺麗』という言葉に驚いたのだ。


 何がそんなに物珍しいのか、キャサリンは頬を薔薇色に染めたままひたとこちらを見つめてくる。


 常日頃から、幼いながらも人間離れをした美貌のお嬢様だとは思っていた。けれどいつも感じていたそれらはどこか作り物めいた秀麗さで、今は血の通った美が余すところなくリベラの目前にさらけ出されている。


 さらには何かとても心地の良い香りがキャサリンの方から漂ってきてリベラの鼻腔をくすぐる。


 気恥しいから顔を逸らしたいような、それでいて繊麗(せんれい)な彼女の姿をもっと見ていたいような、相反する感情がリベラの中に沸き起こっていた。



 いや、綺麗なのは確実にお嬢様の方だろう。


 胸中でひっそりと呟きながらもキャサリンの息遣いを間近に感じて、リベラはうるさいくらいに心臓が高鳴っているのを彼女に悟られぬよう、懸命に平静を装うのだった。



面白い、『まだ読み足りませんの』と思っていただけましたら、感想、レビュー、広告下の☆☆☆☆☆をクリックしていただけると嬉しいです。


番外編の書き溜めが尽きたので頑張らねば……。

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