番外編9 リベラの初恋2(リベラ編⑦)
前話の続きです。
夜になって自分の部屋に戻ったリベラは一冊の本を取り出すと机に向かった。
ゆらゆらと蝋燭の火が揺らめく中、本の何も描かれていないページを開くとリベラはサラサラとペンを走らせ、今日の出来事を書き記していく。
公爵家に引き取られてから、リベラは毎日日記をしたためるようになっていた。
リベラが文字の読み書きが出来ることを知ったユリーナ公爵に提案され、他にとくにやることもなかったために始めた習慣だ。
と言っても、パターン化された毎日を過ごしているためか、いつも書くのは一、二行くらいのものだ。
公爵には『君の心のケアになるから』と言われているが、リベラにはよくわからなかった。
【今日もお嬢様の読書ルームに連れて行かれた。今日もお嬢様は話し掛けて下さらなかった。嫌われているのだろうか?】
ここまで書いて、リベラはふと先代公爵に出会ったことを思い起こしていた。
先代公爵によるとキャサリンは読書部屋に他人が入るのを嫌っているらしいが、それなら自分は何故連日連れ込まれているのか?
全く話し掛けてもらえないから嫌われているのではないかと思っていたが、本当はそうではないのだろうか?
でもそれならば何故話し掛けてくれないのか?
自分では幾ら考えても答えが出せず、いっそ日記に書いて公爵様に聞いた方が良いのかリベラは迷っていた。
日記と言いつつも内容のほとんどがキャサリンの観察記録になりつつあるそれは、公爵が必ず目を通して全てのページに短いながらもコメントを添えて返してくる。
公爵のコメントはだいたいが『うちの娘がごめんね』という趣旨のものだ。
公爵のコメントを見るとリベラはいつもいたたまれない気持ちになるのだが、同時にキャサリンは公爵に愛されているのだろうと感じずにはいられなかった。
愛がなければ公爵の身分で平民に頭を下げることなど出来ないだろう。
「やっぱり、先代公爵の話を書くのはやめておこう」
何故だかつきりと胸が痛んだが、リベラはそれに気付かぬふりをして日記を片付け、蝋燭の火を吹き消すとベッドに潜り込んだ。
*****
翌日。
朝食後にお決まりのパターンでまたもキャサリンに読書部屋へ拉致されたリベラは、前日と同じようにキャサリンの読む本の文字を追っていた。
しかし、やはりキャサリンの読書スピードに追いつくことは出来ず、内心で項垂れる。
項垂れた拍子に見えた、キャサリンが今読んでいる本のタイトルは『惨劇の血脈』だった。
なんておどろおどろしいものを読んでいるのかと心の中で戦慄しつつも、興味を引かれたリベラは立ち上がった。
スツールの上に積まれた本を手に取ると、タイトルに目を滑らせる。
『わだかまりの魔法使い』『畏敬の珍獣』『十龍転生記』『次の恐怖』『大地駆ける重戦車』『使えない王子』『銅貨二枚の侵略者』『まぼろしの呪い』『夢を紡ぐ謎』『天導の破綻者』
どれもこれもが一癖も二癖もありそうなタイトルだった。『使えない王子』は別としても、それ以外はタイトルからその内容を推察する事ができない。ジャンルさえも不明だ。
果たしてこの本は子供が読んでも差し支えの無いものなのか、リベラが考え込んでいるとキャサリンがちょうど一冊読み終えたようで、『惨劇の血脈』が『わだかまりの魔法使い』の上に積まれる。
こちらは読了済の山らしい。
キャサリンが次に手に取る本はいったい何なのか、彼女の動きを見守るリベラの目に飛び込んできたのは、彼にとって意外なものだった。
『王子は姫を月に帰さない』
タイトルに王子や姫とあるから、おそらくはおとぎ話か、恋愛小説だろう。小難しそうな哲学や帝王学、意味深過ぎるタイトルで内容が全く察せないものが多い中で、彼女の年代と性別に適しているだろうそれは異彩を放っていた。
「へえ、こういうのも読まれるんですね」
今まで貝のように黙りこくっていたのが嘘のように、リベラの口から言葉が零れ落ちる。やっとキャサリンに同年代の少女らしい一面を見つけて嬉しくなったリベラの口許は自然と弧を描いていた。
「~~~~っ!!」
対するキャサリンの反応は早かった。弾かれたとように立ち上がるとみるみるうちに頬を真っ赤に染めて、それを本で隠しながらリベラに背を向ける。
しかし、銀青色の髪の両サイドから覗く彼女の耳は顔と同じか、それ以上に真っ赤だ。
「た、たまたまここにあったから読んでいるだけで……。こういうのがす、好きとかそんなんじゃなくってよ」
「そうなんですか? でも、こういう可愛らしい本もお似合いですよ?」
上擦った声でこの本を手に取ったのは偶然だと言い張るキャサリンに向けてリベラが言葉を重ねると、キャサリンの耳はさらに存在感を増した。
「きょ、今日の読書はここまでよ!」
本で顔を隠したまま部屋を飛び出すキャサリンに、独り取り残されたリベラは、何か怒らせるようなことを言ってしまっただろうかと首を傾げた。




