番外編7 ラザロスと門番
本編開始前、ラザロス十五歳の時の話になります。
いつものように魔塔でイザベラを寝かしつけたラザロスは、今日も国王に謁見の申し入れをしようと、城を訪れていた。
五年以上もの間、毎日のように城にやってくるラザロスは門番にも顔を覚えられており、通行証や身分証を提示せずとも顔パスで通してもらえる。
今回も軽く頭を下げて城門を潜ろうとしたラザロスだったのだが、この日ばかりはいつもと勝手が違った。
「なあ、そこの兄ちゃん」
突然呼び止められたラザロスはぴくりと肩を揺らして立ち止まる。声のした方を振り向くと、眠そうな顔をした門番の兵士がラザロスをじっと見つめていた。
「あ~そうそう、そこの君。君、オベール侯爵家のご子息だろう?」
「ええ、まあそうですけど……」
「君に折り入ってお願いがあるんだ」
「何でしょう?」
お願いがある。そう言われたラザロスは困惑していた。
自分を呼び止めてきたその門番は、ラザロスとそう変わらない年頃の青年に見える。彼とはお互いに顔を認知してはいるものの、特段会話を交わした事はなく、お願い事をされるような仲ではない。
そんな彼がいったい何の用なのか?
警戒から自然と全身を強張らせていたラザロスを見て、門番は可笑しそうに笑った。
「まあまあ、そんなに硬くなりなさんな。な~に、俺とちょっと手合わせしてほしいだけなんだ」
「手合わせを、ですか?」
「そうそう。門番って、基本的にはただ突っ立って人の往来を眺めているだけの暇な仕事だろう? 俺の相方はだいたいサボりで、ほとんど真面目に勤務なんかしちゃいないがバレないしな」
「いえ、私にはよく分かりません……」
軽い口調でグイグイ迫ってくる門番に、ラザロスは完全に及び腰になっていた。幼少期から考えても、こんなに気さくな様子で話しかけてくる人物はいなかったからだ。
ラザロスにとって、門番の彼はこれまで出会ったことのないタイプの人物だった。
その職業についている人物の目の前で、その職業をけなしても良いものか?
根が生真面目なラザロスは同意を求めてくる門番に何と応じるべきか、答えが見いだせないでいる。
「おいおい、何だよ。ノリが悪ぃな~。じっとしてばかりいると体が鈍っちまうんだよ」
「ですが、お仕事中に勝手にそのような事をしてしまっても良いのでしょうか?」
「か~~っ! 固いこと言いっこなしだぜ。アンタだって、つまんない公女様のお守りなんて退屈なだけだろう?」
「いいえ、私はイザベラ様の侍従であり、騎士であることを誇りに思っています」
仕事中は仕事に専念すべきだと主張するラザロスに、門番は寒気がするとばかりに身震いをした。
仕事とは退屈なもの。そう言ってまたも同意を求めてきた門番の言葉をラザロスは今度は確かな意思を持って否定する。
「イザベラ様をつまらないと言ったことを訂正していただけますか?」
他人からは年齢のわりに穏やかで落ち着いた性格であると言われることの多いラザロスだが、イザベラの事となると途端にすぐに頭に血が上る。
そんな自分をラザロスは心の中でひっそりと自嘲しながらも、門番から目を逸らさない。
「いいねぇ、その目つき。俺と勝負してアンタが勝ったら、訂正してやるよ」
「わかりました。その勝負、受けて立ちましょう」
門番とラザロス。双方の目には鋭く好戦的な光が宿っていた。
*****
右足を前、踵を少し浮かせた左足を後ろにして両足先に体重を乗せ、騎士らしく中段に構えるラザロス。
対して、門番の彼は剣先を水平より少し下げ、防御の構えを取っている。
あれだけ手合わせを仕掛けてきた好戦的な彼の様子からすると、彼の構えはラザロスにとって意外なものだった。
広めにとった間合いの中、ラザロスは相手の目を見つめて一つでも相手より多くの情報を得ようとする。
既に何度か切り結んでいたが、その剣筋はラザロスにとって読みにくいものだった。
無駄を徹底的に排除し、洗練された剣がラザロスのものとするならば、門番のそれは無駄が多く、しかしそれが却って次はこう来るだろうというラザロスの予想を裏切り、惑わせている。
ラザロスはとくり、とくりと己の心臓が脈打ち、全身に血液が巡る音を鼓膜に感じていた。
諍いによって生じた手合わせではあるが、剣を交えていて愉しいとラザロスが感じたのは久しくない事だ。
いつもはイザベラが師に魔力の扱いを学ぶ間に一人で鍛錬を重ねるのみで、試合に飢えていたのかもしれない。
自覚のなかった己の好戦的な部分を目の当たりにし、ラザロスは声もなく笑った。
偶然なのだろうか?
ラザロスが笑みを浮かべたのと時を同じくして、門番の彼も口許を綻ばせる。それは一歩を踏み出す合図だった。
「ハァッ!」
「――くっ!」
一気に間合いを詰めてきた門番の胴を狙ってラザロスが薙ぎ払うように剣を振るうと、門番は後方へと派手に吹き飛ぶ。
しかし、地面に手をついて体勢を立て直した門番は、これまでで一番鋭い踏み込みでもって、迫って来る。
途中、門番が不自然に左手を振りかぶったのをラザロスが視認した次の瞬間、彼の視界は黄色く濁った。
鼓膜を震わせる音、そして顔を覆うその感触から目眩しに砂を投げられたのだと察知する。
何も見えない。しかし、顔にかかる砂を振り払う猶予はラザロスには残されていない。
ならばと役に立たない目を閉じ、ラザロスは気配を読むことに集中する。
閃くは殺意。薙ぎ払うは刃。捉えた気配を、一瞬の隙をラザロスは逃さなかった。
「……ぐっ」
「……はあ、はぁ。どうやら私の勝ちのようですね」
門番の喉元に剣先を突き付け、浅く息を吐き出しながらラザロスは勝利を宣言する。
「ふ〜、参った、参った。読み合いでは勝てても、身体能力では敵わないな……」
すぐに剣を手放して降参のポーズを取る門番は、負けた直後にも拘らず、飄々とした姿勢を崩さない。
「こんなにお強いのに、君は何故門番の仕事を……?」
一般的に門番といえば、下っ端兵士の仕事だ。しかし、ラザロスの目の前に立つ門番の実力は、そのイメージから大きく乖離している。
「そりゃあお前、書類仕事が面倒だからに決まってるだろう? あと、俺の名前はイノゼオな」
「俺の事もラザロスでいい」
答えに付け足すように名乗る門番に、ラザロスも名乗り返す。
「そうか、ラザロス。門番の仕事は気楽でいいぞ。たまに高圧的で面倒臭い貴族のおっさんや、香水のキツい我儘ご令嬢の相手をしなきゃいけなくなるが、基本は日がな一日立っているだけで済むからな。暇だから人間観察をしてたんだが、それが戦闘に活かせる事にも気付いた」
「いや、君の実力ならもっと上の階級を目指せるだろう?」
戦闘中、こちらの裏を掻いてくるイノゼオの動きは、日々の業務中に培われた人間観察能力の賜物なのかとラザロスは大いに納得した。
その実力を知ったからこそ、一門番に収まるには勿体ないという感情がラザロスの中で湧き起こる。
「いや、面倒な書類を書かされるくらいなら、俺はこのままの方がいい。門番は俺には天職だよ。そういうアンタこそ、オベールの名に恥じぬ凄まじい実力なのに、何だって公女様の護衛騎士なんて役職に収まってしまっているんだ? ……ああ、言っておくが今のは公女様に対する侮辱じゃないぞ。ラザロス、アンタへの称賛だからな。他意はない」
「それはイザベラ様のお傍に在りたいからに決まってるじゃないか。侍従兼、護衛という立場だからこそ、他では見られないあんな顔やこんな顔が見られるんだ!」
「……オベール侯爵子息が魔塔に住まう公女様に首っ丈だって噂、あれマジだったんだな……」
「噂ってなんだ……?」
門番イノゼオとラザロスのその後の会話は小一時間続いた。
この後、門番の仕事をサボっていたことがバレて、職務怠慢を理由にイノゼオが大嫌いな書類の始末書を書かされるハメになったというのはもはやお約束でしょう。
彼は本編22話でラザロスに声を掛けていた門番と同一人物です。




