番外編6 グレイの謎
番外編5の後、移住後の話になります。
「あら今日は、ヴィオレッタとイザベラは欠席なの?」
「ええ、そうなのよ。ヴィオレッタは新婚だし、イザベラも結婚式の準備で忙しいでしょう?」
「それなら仕方ないわね。邪魔をしちゃ悪いわ」
その日は、ヴィオレッタとイザベラを除いた三人の公女で茶会を行っていた。
辺りをきょろきょろと見回しながらエカテリーナが問うと、キャサリンが二名の欠席理由を述べ、ジャスミンが頷いている。
彼女たちが魔女だの、幻惑の五公女だのと噂されていたのはラッセル王国での話だが、移住後も順調にある事ないこと雑多色々と噂をされ、悪名高くなりつつある。
現時点で悪魔の令嬢だの何だのと主に噂されているのはキャサリン、そしてヴィオレッタだ。
キャサリンは国を丸々買うという規格外の発想と桁違いの財力により元居た貴族たち、それも王族派に警戒されて意図的に悪い噂を流された。
一方、ヴィオレッタはというと、結婚式の経緯から『アーバインの王族をそそのかして自国の王族に喧嘩を売った稀代の悪女』と噂されている。
もちろんキャサリンは真っ当な手段で買い物をしただけに過ぎず、またヴィオレッタの結婚にしてもむしろユーリマンとアーバイン王家の方が積極的に動いて結婚の日取りを決めただけに過ぎず、彼女たちは特別悪いことはしていないのだが、そこはそれ。
こうであったら面白いと、より人々の関心を得られるように脚色が加えられ、話が捻じ曲げられて伝えられている。有名税のようなものだろう。
公女たち自身も、さんざん言われ続けてきたせいかもはや慣れており、そんな事はお構い無しの様子だった。彼女たちは移住前と変わらず、お茶とお茶菓子、そしてお喋りを楽しんでいる。
今はお喋りに夢中のようで、上品さを保ちながらも時折声を立てて笑うキャサリンを見て、リベラはほっと息を吐いた。
彼女の週一のお買い物は移住した今も健在で、それはリベラにとって受難の時間だったが、お茶会をしている間は彼女の振り回し癖は鳴りを潜める。
茶会の時間が唯一、リベラが普通の侍従でいられる心安らかな時間と言ってもいい。
「今日は平和だな……」
「おいおい、何だ何だ。お疲れか?」
不要になったトレイや食器をグレイと二人で下げていたところ、思わず心の声が口をついて出てしまったリベラにグレイが反応する。
「最近、移住や邪竜討伐を含め、色々あったからな」
ここ数カ月の出来事を思い返すと、リベラは軽く眩暈すら覚える。
「色々って言えば、前にお前のところに変な令嬢が来た事があっただろう? 例の金貨五億騒ぎの時の」
「あったな。それがどうしたんだ?」
「いや、それが実は俺のところにも来たんだよ。頭のおかしな令嬢が」
「ややや。何だい何だい?」
二人で話し込んでいたところへ、ロジェが自分も混ぜて欲しいと言わんばかりの顔で現れる。
こいつはいつもタイミングよく現れるなと、ほんの少しだけ感心しながらリベラは視線でグレイに続きを促した。
「いや、それがさ。いつもの事なんだが、うちのお嬢様が暗殺者に狙われて、そいつらを捕まえて尋問したら、子爵令嬢の差し金だって言うんだよ」
「ほう! それはまた。ジャスミン様はよく狙われるな」
「前から思っていたけど、ジャスミン様はいったい何をしたんだ?」
リベラがグレイの口からジャスミンが襲撃されたと聞くのはこれが初めてのことではない。だからこそ襲撃の事実そのものには誰も驚いていないのだが、いつもの事として片付けられるくらいに何度も襲われるのはどう考えても異常だ。
いったい何をしたらそんなに命を狙われることになるのか、よほど執念深い人間を怒らせたのだろうか、その点がリベラはひどく気がかりだった。
「そんなのは俺だって知りたい。だが、問題はここからなんだよ。尋問を終えて戻ったら、お嬢様の暗殺を企てたその令嬢が俺を迎えに来てたんだよ。それも『私の旦那様にしてあげる』とか言って」
「それは飛んで火にいる夏の虫というやつだな」
「……その令嬢、馬鹿なのか?」
自分から来るなんて幾らなんても愚か過ぎる。ロジェはやんわりと間抜けだと表現したが、リベラの口から零れたのは非常にストレートな表現だった。
「頭の出来は知らないが、聞けばうちのお嬢様と同じくらいの年齢だっていうのに、俺の目にはどう見ても八つか九つくらいの子供にしか見えなくてさ。いや~、ゾッとした」
「逆にどんな容姿のご令嬢だったのか気になるな、それは……」
気になる。リベラはそう口にしたのは怖いもの見たさ、そして要注意人物として脳にインプットしておく為だ。
「紙とペンとインクさえあれば似顔絵が描けるんだが」
「ここにある」
そう言ってリベラがいつも持ち歩いている紙とペンとインクを渡すと、グレイは適当な場所にそれらを置いて、サラサラとペンを走らせる。
「確かこんな感じだった」
「……うん? これは?」
ものの数秒で出来たと言って、紙を手渡してくるグレイ。しかし、それを受取り、一瞥するなりリベラはギュッと眉根を寄せて怪訝な顔つきをした。
グレイの描いた迷惑令嬢の似顔絵は非常に簡略化されており、丸の中に小さな点が一つぽつりとあるだけだ。
「見たままだけど?」
「いや、何で人の顔を描いているはずなのに丸描いてチョンなんだ! そこはせめて、丸描いてチョン、チョン、チョン、チョンだろ? この点はいったい何なんだ?」
「目だけど?」
何がいけないのかわからない。心底不思議そうな顔をしているグレイに、リベラは顔のパーツが足りていないと叫ぶが、どうもグレイはピンと来ていない様子だ。
「いや、それにしてももう一個点が必要だろう!?」
「や~、うん、うん。僕にはわかるよ! 僕の目にも世の中の大多数のご令嬢がこんなふうに見える」
「分かるの!?」
後方でしきりに頷くロジェにリベラは目を剥いた。
「ああ。グレイ! 君とは全く分かり合えないのかもしれないと思っていたけれど、思わぬ共通点が見つかって僕は嬉しいよ!」
「オレがおかしいのか? ……いや、そんなはずはない! グレイ、それならジャスミン様はお前の目にはどう見えている? ジャスミン様の絵を描いてくれないか?」
「どう見えるって……」
ロジェとリベラが何をそんなに興奮しているのかわからないという表情をしつつも、グレイはリベラに言われた通り、再び迷いのない動きでペンを走らせた。
「いや、なんでジャスミン様を描かせたらそんなに上手いんだよ!?」
数分後に見せられた似顔絵を見て、リベラは今度は別の意味で叫ぶ。
グレイの描いたジャスミンの似顔絵は、特徴をよく捉えていて本物そっくりであることも然ることながら、数分で描いたとは思えないほど繊細なタッチで描かれている。
「そりゃあ、暗殺稼業の一環で、ターゲットの似顔絵を描くこともあったからな」
「いや、そうじゃなくて。……あ~、もう! どこからどう突っ込んだらいいんだ!」
意図が伝わらない歯痒さにリベラは文字通り頭を抱え、髪が乱れるのも構わずにグシャグシャと掻き回した。
「君がジャスミン様をよく見ている事はよーーく分かった。だけど、それにしたって、これは酷いだろう? 自分でもそう思わないのか?」
「うーん、まあ確かに言われてみればそうなのか? 暗殺対象以外の顔はあまり気にしたことがないからそのせいなのか……? いや、でもジャスミン様と比べたら実物もこのくらいの差が……」
「わかる、僕にもそのくらい差があるように見えているとも!」
結局、その場でグレイの謎が解明される事はなかった。
*****
「リベラ。何をそんなに真剣に見ているの?」
「キャサリン様。これを見て下さい」
茶会が終了し、二組の客人たちを溜め息と共に見送った後もリベラは食い入るようにグレイの描いた二枚の似顔絵を両手に持って見ていた。
それを二つともキャサリンの前に掲げて見せる。
「ジャスミンの方はよく描けているわね。グレイが描いたのかしら?」
「そうなんです。でも不思議じゃないですか? ジャスミン様の絵はこんなに上手く描けるのに」
「あら、そう? グレイは何て言っていたの?」
「暗殺対象の顔だから分かると。でも、ジャスミン様がグレイの暗殺対象だったのはもう何年も前の話ですよね? それならどうして……」
理由が分からないと首を捻るリベラ。そんなリベラを見てキャサリンは穏やかに笑う。
「貴方が言う通り、グレイがジャスミンをよく見ているのは暗殺対象だからじゃないわ。グレイはジャスミンの事が好きだから、いつも見ているのよ」
「ああ! なるほど!」
ようやく合点のいったリベラはポンと手を打って一瞬晴れやかな気持ちになったが、グレイの無自覚さからいって彼の恋が前途多難である事にすぐに思い至り、再び深い溜め息をついた。
グレイが好きな方は私の作品一覧より『公爵令嬢が倒せない』をご覧になると楽しめるかもしれません。




