番外編5 人騒がせな結婚(ユーリマン編⑨)
本編エピローグ 移住の前の話になります。
その日、ラッセルの王都で配られた朝刊の一面を二つの記事が賑わせていた。
一つはラザロスたちが邪竜討伐を成し遂げたというもの。そして、もう一つは、ユーリマンとヴィオレッタの結婚についてだ。
一つめの内容は問題ない。国を侵略される脅威がなくなったのだから、誰にとってもおよそ祝福すべき内容だ。
しかし、二つめの記事は一つめの記事とは違った意味で大きく取り沙汰された。
その記事では、ユーリマンの身分が東国アーバインの第四王子である事がセンセーショナルに書かれていたが最も世間を騒がせたのは、記事の最後に書かれた彼らの結婚式の日取りだった。
なんと、ハイラス王子の生誕祭と全くの同日、同時刻に行われると書かれていたのだ。しかも、その日時はよりにもよって今日だ。
朝刊を見て驚いたラッセルの貴族たちは、さらにその日届いたクロウディア公爵家の家紋の押された招待状を見て恐慌状態に陥った。
自国の王子の生誕祭に行くべきか、それとも東の覇権を持つ国の王族と公女の結婚式に行くべきか。究極の選択を迫られたのだ。
常識で言えば、当日になって招待状を送り付けてくるクロウディア公爵家に落ち度があり、出席を断られても仕方が無いと言える。
しかし、公爵家やアーバイン王家に良い顔をして繋がりを持ちたい貴族や、公爵家の不興を買う事を恐れる貴族は大勢いた。
権力に阿る者、腹に一物ある者であればあるほど、難しい選択になるのだ。
悩みに悩んだ結果、王子の生誕祭に出席する事にした者、二人の結婚式に参列する事にした者、そして息子や兄弟、妻を名代として立て、両方に顔を売ることにした者と、貴族たちの対応は様々だった。
そして、そんな貴族たちに振り回されたのは、王都に点在するブティックである。
ヴィオレッタたちの結婚式に参列する事に決めた者たち、そしてヴィオレッタに祝いの品を贈ろうとした者たちは、こぞって人気のブティックに押し掛けたが、急に降って湧いた需要はとても捌き切れるものではない。
物の数にも限りがある中、より質の良い物を手にするべく殺到した貴族たちの怒号が飛び交い、いつもは上品で煌びやかなはずのブティックはさながら戦場のような様相を呈していた。
よりにもよって、キャサリンの実家であるユリーナ公爵家と縁のある店が全て休業であった事も、より事態の凄惨さに拍車を掛けたが、王都の高級ブティックを行脚する貴族たちに何故休業であったのかを考える余裕は残されていなかった。
*****
「そういえば、あの話を知っているか?」
「なんだ?」
結婚式の会場入りした公女たちのそばに控える侍従たち。主役の登場まで、ひっきりなしに貴族たちが公女に挨拶にやってくる間、侍従たちはとくにこれといってする事がない。
公女たちは公女たちで、会場で散り散りになっているより挨拶にやってくる貴族たちの応対が楽だからという理由で、全員が固まって行動している。
その間、これといって特にすることの無い侍従たちは暇を持て余しており、そんな中でグレイが声を落として思い出したように言う。それに最初に反応したのはリベラだった。
「ヴィオレッタ様の悪夢の話だよ。うちのお嬢様から聞いたんだが、俺たちが邪竜を倒しに行っている間、お嬢様たちはお泊まり会をしてただろう? さすがに十日も寝ないわけにはいかないから、うちのお嬢様が誘って、お嬢様方全員がイザベラ様の部屋で眠ったらしいんだ」
「なんだ、そのうらやまけしからん状況は!」
「シイイイィィィ! ロジェ、声が大きい」
「それでどうしたんだ?」
グレイの話を遮るように突然鼻息荒く叫んだロジェを、リベラが唇の前で人差し指を立てて声量を落とすよう注意する横で、ラザロスが話の続きを促す。
「それがどうも、お泊まり会の間、ヴィオレッタ様は一度も悪夢を見なかったらしいんだよ」
「なんだって? それは例のロウソクを使った上での話ではないんだよな? さすがに公女様にあのロウソクを使わせるのは倫理に反するだろうし……」
「ああ、そうらしい。一応念の為にうちのお嬢様がユーリマンから例のロウソクを預かっていたけど、一度も使わなかったらしいぞ。……倫理観云々に関しては、ジャスミン様なら大丈夫そうだけどな。あの方には怖いものが無いからな」
お嬢様に危険なものを使わせるわけにはいかないと言うラザロスに、グレイが苦笑しながらまさかのジャスミンの真実を打ち明けると、ラザロスは何とも言えない表情を浮かべた。
「じゃあ、いつの間にかヴィオレッタ様が悪夢を克服してたってことなのか? それならそもそも急いで邪竜なんて倒しに行く必要はなかったんじゃ……」
「いや、そこはラザロスの事情もあるだろう? それにキャサリン様の見立てでは、誰かと一緒に寝れば悪夢を見ずに済むんじゃないかって話だ」
「真相はともあれ、良かったじゃないか」
打ちひしがれるリベラをグレイが宥めると、ロジェが話を締めくくった。
ちょうどそのタイミングで会場が水を打ったように静かになる。主役の登場らしい。
キャサリンの所有する劇場を貸し切って催された結婚式は、会場の大きさと招待客の多さから言って大規模なものではあったが、急遽決まったこともあって会場の装飾や式の流れは簡略化されたものであった。
壇上に立つヴィオレッタのドレスはスレンダーラインのシンプルなものであったが、却ってそれが彼女の魅力を引き立たせており、会場に詰め掛けた貴族たちがまるで妖精のようだと囁き合っている。
「本日、私たち二人はご列席の皆様を証人とし、結婚を誓います。いついかなる時も、お互いに思いやりの気持ちを忘れず、愛し、助け合いながら幸せな家庭を築いていくことをここに誓います」
ユーリマンとヴィオレッタが声を揃えて誓いの言葉を述べ、杯と口付けを交わす。
二人の唇が重なり合った瞬間、感極まったヴィオレッタの瞳から溢れた涙は彼女の頬を伝い、二人の足元を温かく濡らした。
おまけ
*****
一方その日の王宮は、蜂の巣をつついたような大騒ぎになっていた。
「殿下! 大変です! 五公女様が本日どなたもいらっしゃらないそうです!」
「何だと!? いつも通り、五公女の誰かが私のパートナーを務めてくれるのではなかったのか!?」
「それが、イザベラ様も、キャサリン様も、ジャスミン様も、エカテリーナ様も、ヴィオレッタ様の結婚式に参列されるとのことで」
「ヴィオレッタ嬢が結婚!? 私はそのような事は聞いていないぞ!?」
「それが今日の朝刊で急に発表されたそうで、陛下も寝耳に水とのことです」
「急な体調不良を理由に殿下の生誕祭への参加を辞退する者が続出しております! これでは、会場が閑散としてしまいますが、如何致しましょう?」
「ええい、宰相だ! レヴィオール公爵を呼べ!」
「申し訳ございません! レヴィオール公爵は昨日より所在が不明との報告が上がっております!」
公女たちに見限られ、宰相も失踪し、しかし今さら生誕祭を中止にすることも出来ず。
結局、常に他人任せで事を運んでいた王家には事態を収拾する事は不可能で、為す術なくハイラス王子は自分の生誕祭にパートナーを伴わず出席することになった。
そんなハイラス王子にここぞとばかりに品を作ってしなだれかかった人物がいた。
「私がいるではございませんか、殿下」
先日、ラザロスに迫っていたティナ・ヴァセラン侯爵令嬢だ。
五公女の不在。そして急にしなだれかかってきたティナに本来であれば警戒心を抱くべきのところ、満更でもなさそうに対応するハイラス王子。
それらを見て、クロウディア公爵家からの招待を断ってこちらに参加した貴族たちは来るべき場所を間違えたのではないかという自分の身の安全と、国の行く末に不安を覚えていた。




