番外編4 ユーリマンの求婚(ユーリマン編⑧)
本編29話と同じ時間軸になります。
「ユーリマン! 突然旅に出ると言い出した時は何事かと思ったけれど、ちゃんと戻ってきてくれたのね。怪我はない?」
「ええ。お嬢様こそ、いい子で待っていて下さいましたか?」
邪竜・ヴァレリアスを倒し、王都に戻ったユーリマンはヴィオレッタに出迎えられていた。
会えなかった期間は二週間にも満たなかったが、彼がヴィオレッタの侍従となって以来、ヴィオレッタと離れて過ごすのは初めての事で、そのせいかユーリマンはヴィオレッタに長い間会っていないような気持ちになっていた。
「子供扱いしないで!」
「それは残念です。いい子なお嬢様にはお土産として新しい薬の素材を持ち帰ったのですが、要らないんですね……」
「何それ! 欲しいに決まってるじゃない」
お土産に新しい素材というワードをチラつかせると、ヴィオレッタは面白いように釣れる。
こうしてキラキラと目を輝かせている彼女を見るたび、五公女の中で一番純粋なのはヴィオレッタだと彼は改めて思う。
人の容姿にあまりこだわりのないユーリマンから見ても五公女は皆、美しかったし、どの公女もしがらみや癖が強いせいで人を振り回す傾向にあるものの、噂に聞くほど悪い女性ではないという事は、関わっていくうちに理解している。
しかし、純粋さという点においてはどの公女もヴィオレッタに劣るとユーリマンは考えていた。
彼女の作り出した老け薬には随分と困らされたが、純粋ゆえに固定観念に囚われていないからこそ、誰もが考えつかなかったものを生み出すことが出来るのだ。
十四の時、噴水の前に蹲る彼女の泣き顔を見て彼が胸を高鳴らせたのも、彼女の涙が澄んでいてとても綺麗なものだったからだ。
彼がそれを恋だとわかったのは、自分の国に帰ってからのことだったが、彼に自覚を促したのは会えない時間で。
旅の間、ヴィオレッタに会えない事でユーリマンは狂おしくも静かに恋心を燃え上がらせていた。
「お嬢様。クロイツ伯爵令嬢の騒ぎを私が治めた時、私に何か欲しいものはないのかとお聞きになられた事を覚えていらっしゃいますか?」
「ええ、もちろんよ。何か思い付いたの?」
「はい。今、お願いしても宜しいでしょうか?」
「構わないわ」
ニコニコと微笑みながらユーリマンの言葉を待つヴィオレッタ。そんな彼女を見て、自分を恋に落とした泣き顔は綺麗だったけれど、彼女に一番似合うのはやはり笑顔だと彼は思った。
「一生、ヴィオレッタ様のお傍にいられる権利を私に下さい」
「……えっ? えっと……それは、その……侍従としてという事……じゃないの、よね?」
目を丸くしたヴィオレッタの確認するように問う声は次第に尻すぼみになり、最後は独り言のような声量だったが、彼女の言葉を一言一句聞き漏らすまいと構えていたユーリマンはしっかりと頷く。
「はい。この先ずっと、貴女の一番近くにいられる権利を下さい」
「侍従としてでないという事は、そういう事で……。そういう事というのはつまり……」
一つひとつ、退路を塞ぐようにゆっくりと言葉を重ねるユーリマンに対して、ヴィオレッタはワタワタと雛鳥が翼をバタつかせるように腕を振り回したり、逆に頭を抱え込んでみたりと忙しい。
彼女の顔は真っ赤だった。
「私の妻になって頂きたいのです」
ポンッと、何かが弾けるような音がして、ヴィオレッタは限界を迎えた。頬を上気させて、ふらりとその場に頽れるように座り込む。
「ヴィオレッタ様!」
ユーリマンが慌てて駆け寄り、背後から肩に手を回して抱きとめると、彼女は目を瞑っていた。
性急に事を運び過ぎたかもしれない。そんなふうにユーリマンが考えていた時だった。
「えへへ。私がユーリマンの奥さん……ふふっ」
頬を真っ赤に染めたまま、へにゃりとヴィオレッタが微笑んだ。
「……お嬢様、それは反則です」
肩を抱き寄せていた事で顔の距離が近く、間近でヴィオレッタの力の抜けた笑みを拝むことになったユーリマンは堪らず独りごちる。
頬が燃えるように熱い。抱きしめていると、彼女の体からいつも香ってくる薬草の爽やかな香りの奥に、微かに甘い香りがして、ユーリマンは自分の中で欲望が膨れ上がるのを感じた。
出来ることならこのまま連れ帰って、どこかへ閉じ込めてしまいたい。
「物には順序というものがございましてよ?」
「私たちの中で一番年下なのに、誰よりも先にヴィオレッタがお嫁に行ってしまうのね」
「あら、結婚ってそういうものだったかしら?」
キャサリンの一言にハッとしたユーリマンの横で、ジャスミンとエカテリーナが嘯いているが、キャサリンの言葉は明らかにユーリマンに釘を刺すものだった。
「ヒューヒュー、お二人もお熱いことで」
「とどめを刺したつもりが、逆に刺されたな。だが、それもまた良し!」
「先を越された……」
囃し立てるグレイとロジェの隣で、リベラが何故か歯噛みしている。加えていつの間にかイザベラとラザロスの二人の姿が見えなくなっていたが、今のユーリマンにそれを気にする余裕はなかった。
いつかのようにそっとヴィオレッタを抱き上げると、ユーリマンは公女たちに黙って一礼して、その場を後にした。




