番外編1 ユーリマンの初恋1(ユーリマン編⑥)
ユーリマン、ヴィオレッタの幼少期の話になります。
ユーリマン・シャオ・アーバインは自分の人生に退屈していた。
アーバイン王家の六人兄妹の四男として生まれた彼は、何不自由ない暮らしをしていたが、それが退屈を加速させた。欲しいものは何でも買い与えられ、特に努力をせずとも何でも人並み以上にこなせる。
幼い頃から達観した物の見方をしていた彼は、すぐに物の道理を見抜いてしまうのだ。
兄や弟と違って、彼は王位継承にも興味がなく、彼が唯一関心を示したものはアーバイン王家に代々引き継がれている薬学だった。
薬学の研究は楽しい。量や組み合わせによっては毒が薬になり、また薬が毒になる。何万通りもある組み合わせを試し、初めて新たな薬品を作り出した時には喜びも感じた。
そうして薬学にのめり込んだ彼は、時間の許す限り
研究室に引きこもるようになった。研究だけが彼にとって意味のあるもので、研究をしていない時の人生は無意味でつまらない。
そんなユーリマンに転機が訪れたのは、彼が十四の時のことだった。
引きこもりがちで薬学にしか興味を示さない彼を心配した国王夫妻の指示で、国同士の交流のための使節団の一員として西のラッセル王国を訪れることになった。
ラッセル王国への滞在期間中、同じ薬学を志す家系ということでユーリマンはクロウディア公爵家のお世話になることになり、そこで彼の相手役を務めたのが当時八歳のヴィオレッタだった。
この事を最初は不満に思っていたのをユーリマンは覚えている。十四歳のユーリマンにとって、六つ下のヴィオレッタはひどく幼く見えたのだ。
子供の世代同士という事で引き合わされたが、当時のヴィオレッタはまるで薬学に関心がなく、綺麗なだけの人形のように彼の目には映った。
薬学にしか興味のなかったユーリマンは、正直に言うなら子供のヴィオレッタの相手をするより、同じ薬学の道を志す者として、大人と語らいたかった。
そんな訳でヴィオレッタと簡単な挨拶と自己紹介を交わした後は、公爵に借りた研究室に篭ってアーバインにいる時と同じように研究に没頭していた彼だったが、一つだけ母国でのそれと違うことがあった。
なんと、ヴィオレッタが彼の研究室に入り込んできたのだ。
薬学の事なんてまるで分からないだろうに、毎日毎日彼女はユーリマンのもとを訪ねてきたのだ。
そして彼女は何時間も飽きもせずにユーリマンが薬を調合する姿を黙って眺めていた。うるさいのが苦手な彼にとって、質問攻めがないのは好都合だったが、それでも何をするにも常に彼女の視線が付きまとい、内心で煩わしく思っていたと彼は記憶している。
そんな中、ユーリマンたち使節団を歓迎する祝賀会が王宮で開かれることになった。
当然、祝賀会での彼のパートナーのヴィオレッタだ。聞けば、彼女が社交の場に出るのはこれが初めてだと言う。
面倒だなと思っていたが、当日精一杯着飾り、普段彼女が履かない踵の高い靴を履いてきたヴィオレッタを見て、ユーリマンは一瞬だけ目を奪われた。
「よく、お似合いですね」
「そ、そうかしら?」
植物を思わせる若葉色のドレスは、彼女の髪や瞳の色をよく引き立たせていて、自然と賛辞の言葉がユーリマンの口から零れ落ちる。
その言葉を受け取ったヴィオレッタは、頬をパッと桃色に染め、花が咲いたようだった。
アーバインよりもさらに東の島国に『馬子にも衣装』という言葉があるが、きっとそれに違いない。
今にして思えば、それは不覚にも見とれてしまったことに対する言い訳で、この時彼はすでにヴィオレッタに心を惹かれていたのだろうが、当時の彼は自分自身に何度もその言葉を言い聞かせていた。
十四とはいえ、使節団の中で一番身分の高かったユーリマンはその代表として祝賀会に参加しており、彼に話し掛けて来る者も多かった。
入れ替わり立ち代わり挨拶にやってくる人々に、ユーリマンは表情には出さないまでもうんざりしていた。
適当なところで抜け出せないものか。ラッセル唯一の王子だというハイラス王子の長い自慢話に辟易しつつ、そんなことを考えていた時のことだった。
ふと、自分の隣にいたはずのヴィオレッタの姿が見えない事に気付いた彼は、自分でも驚くほど動揺していた。
その動揺が立場的なものによるものなのか、個人的な感情によるものなのか判らぬまま、適当に断ってハイラスを振り切ると、ユーリマンはいなくなった彼女を探し回った。
会場中を探しても見つけることができず、焦りが募り始めた頃、中庭へと続くガラスの扉がほっそりと開いているのを認めて、もしやと思い、彼は扉の向こうへと足を踏み入れた。
ガラス扉から続く石畳の道なりに沿って進むと、水の流れる音に混じって女の子の泣き声が聞こえてきた。
道が開けたと思うと、そこには立派な噴水があり、その噴水の周りを囲む真っ白な石の上にヴィオレッタが腰掛けていた。ちょうど月明かりが彼女の姿を照らしている。
俯いた彼女はしきりに踵の辺りを気にしている。それを見た途端、ユーリマンは全てを理解した。
今日の彼女は背の高いユーリマンに合わせるために、慣れない踵の高い靴を履いていた。だから、靴擦れを起こしてしまったのだろう。
自分に合わせてもらったせいで彼女に怪我をさせてしまい、ユーリマンは申し訳なく思った。
「ヴィオレ……」
近くに立ち止まり、彼女の名前を口にしかけたユーリマンをパッとヴィオレッタが振り返る。
彼女の瞳は涙に濡れていて。その涙が頬を伝い、顎先から落ちて石畳にぶつかるとコツンと小さな音がした。




