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番外編2 ユーリマンの初恋2(ユーリマン編⑦)




どくんと、ユーリマンは自分の心臓が強く鼓動したのを感じた。


 それは彼にとって(つい)ぞ覚えのない感覚で。


 あれほど煩わしく思っていたヴィオレッタの姿から目が離せない。けれど、そんな自分が嫌ではない。



 そうしている間にも、ぽつり、ぽつりとヴィオレッタの頬から雫が滴り、彼女の足元に結晶が溜まっていく。その光景はユーリマンの目の前にありながら、何処か現実離れして見える。



「見ないで下さい!」



 ぼーっと時が経つのも忘れてヴィオレッタの泣き顔を見ていると、ヴィオレッタが両腕を上げて顔を覆った。



「お父様とお母様に、人前で絶対に泣いてはならないと言われていたのに……」



 泣き顔を見られるのが恥ずかしいから、人目を避けてここへやってきたのだとばかり思っていたが、どうやら違うらしい。


 両親の言いつけを守ろうとして彼女はここへやって来たのだ。そして、その理由にユーリマンは思い当たるものがあった。


 彼女の足元に散らばる、涙の結晶だ。


 薬学を深く学んでいたユーリマンは、高い癒しの効果を持つ涙の結晶を作ることができる人間が稀に存在するという話を耳にしたことがあった。


 今の今までそれは作り話の類だと思っていたが、目の前で結晶化の一部始終を見せられては納得するしかない。


 本当に癒しの涙かどうかは試してみなければわからないが、彼女が特異な体質である事は間違いない。そして、彼女の両親はそれを他人に知られないようにするために、彼女に人前で泣いてはならないと言い含めたのだろう。



「分かりました。では、ここで見た事は誰にも言いません。ですから、足を見せてもらえませんか?」


「……わかりました。ですから、二人だけの、秘密に……」



 秘密にするから彼女の足の状態を確認させてほしい。自分からそう申し出たものの、その取り引きはユーリマンには何の得にもならない。


 しかし、ヴィオレッタの『二人だけの秘密』という言葉に何故か悪い気はしなくて。気付けば首肯して、彼女の前に跪いていた。



 左手を支えにそっと彼女の左足を持ち上げ、靴を脱がせる。やはり靴擦れを起こしており、踵の辺りが水膨れのようになってしまっている。反対の足も確認したが、そちらは赤くなってはいるものの、先に見た左足ほど酷くはない。



 この時、ユーリマンは迷っていた。


 あいにく、今は薬草は勿論、薬そのものも持ち合わせがない。会場に戻って人を呼べば医者に診てもらうことは出来るだろうが、それならまず、彼女を泣き止ませなければならない。


 しかし、泣いている女性の対応など彼は経験がなく、どう対応すれば良いかなども知識として持ち合わせてもいない。


 どうやって泣き止ませるか俯いて悩んでいると、足元に転がる結晶が目に入った。これが本当に癒しの涙であれば、彼女の靴擦れくらいは一瞬で治るはずだ。


 だが、果たして彼女自身は自分の涙の秘密を知らされているのだろうか?


 知っているなら、結晶化した涙を慌てて拾い集めそうなものだが、彼女にそんな様子はない。



 迷いに迷った末に、ユーリマンはひと芝居を打つことにした。好都合なことに、彼女は顔を隠したままで、こちらの様子は見えていない。



 ユーリマンは足元の結晶をひとつだけ手に取り、胸ポケットから取り出した白い手布を取り出して結晶をその上に置く。


 残りの結晶は全て拾って、空いた胸ポケットにし舞い込んだ。



「ヴィオレッタさん。私の国に、怪我が早く治るおまじないがあるのをご存知ですか?」


「おまじない?」


「ええ。こうして、傷口に手を当てて祈るんです。怪我が早く治りますように、と。どうです? 痛みは引きましたか?」


「そんな気もするし、そうでもない気もします……」



 よく分からないと答えるヴィオレッタだったが、おまじないの方に気を取られたのか、いつの間にか顔を覆っていた手を下げて泣き止んでいる。



「そうですか。では怪我が酷くなるといけませんので、この布で縛っておきましょう」



 そう言ってユーリマンは、涙の結晶を靴擦れに当てるようにして手布をヴィオレッタの踵に当て、足首に縛り付ける。


 最後に具合を確認するフリをして布の上から彼女の踵にそっと触れると、そこにあったはずの結晶がなくなっているのがわかった。



「あら? 何だか急に痛みが消えた気がします」


「おまじないの効果かもしれませんね」



 不思議そうにしているヴィオレッタに、ユーリマンは(うそぶ)いてみせる。



「……戻りましょう。きっと今頃、ヴィオレッタさんが居なくなられたことに気付いて公爵様が会場を探されているはずですよ。ですから申し訳ございませんが、靴をお持ち頂けますか?」


「……え? 構いませんがどうして……きゃあっ!」



 ヴィオレッタが短く悲鳴を上げたのは、ユーリマンが彼女を急に抱き上げた事に驚いたからだった。


 彼女の背中と膝裏辺りに腕を回して、横抱きにしている。



「お、下ろして下さい……」


「いけません。ヴィオレッタ様は怪我をしているのですから」



 両腕に靴を抱えたまま、恥ずかしがって彼の胸に顔を押し付けるヴィオレッタを見て、ユーリマンは自然と笑みを浮かべるのだった。



まよねーず氏より本編完結祝いにイラストをいただきました。

11/24(木)の活動報告に掲載しておりますので、関心がございましたらご覧下さい。


またジャンル別日間、週間にランクインしておりました。

ありがとうございます。

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