エピローグ
ラザロスがイザベラに連れて来られたのは、魔塔の裏に存在する小高い丘だった。
「剣を貸して。そこに跪きなさい」
向かい合った二人の横顔を茜色の夕日が照らす中、ラザロスに指示を出すイザベラの声は微かに怒気を孕んでいた。
それを敏感に感じ取ったラザロスは黙って指示に従い、愛用の剣をイザベラに渡すと、その場に片膝をついて跪く。
するとイザベラは鞘から剣を抜き放ち、ラザロスの右肩を剣の腹で軽く叩いてから、左肩に刀身を置いた。
「ラザロス・ミカ・オベール。貴方は今回、邪竜討伐の旅に出る際に、死を覚悟していましたね?」
「……はい」
肩に掛けられた剣が小刻みに震えているのを感じながら、ラザロスは肯定する。
「貴方が旅立った後、荷物が纏められ、整然とした貴方の部屋を見て、私がどんな思いでいたか貴方に解りますか?」
「……申し訳ございません」
「やはりあの時にもっと強く引き止めておけば良かったと、もっと素直であるべきだったと、ひどく過去を悔いた私の気持ちが解りますか?」
「……申し訳ございません」
「謝ってほしい訳ではないわ!」
「……申し訳ございません」
謝罪して欲しい訳ではない。そう告げるイザベラの声は湿り気を帯びていて、込み上げてくる何かを必死に堪えているかのようだった。
だというのに、ラザロスには他に返す言葉が見つからず、同じ言葉を繰り返す。イザベラの気持ちを思うと、胸が潰れてしまいそうだった。
「解るのなら誓いなさい! ラザロス・ミカ・オベール! 今後、このような事は絶対にしないと! 盾として私の身代わりになるのではなく、剣として私と生涯を共にすることを! それがミカ、この名を持つ者の宿命よ……」
「……! 誓います。ラザロス・ミカ・オベールの名の元に、生涯イザベラ・ヴィンス・リリアーヌ、貴女の剣として共に生きる事を誓います」
ミカ。そう呼ばれた瞬間、彼は雷に撃たれたような衝撃を受けた。
ずっと呼んで欲しくて、一度も呼んで貰えなかった名前。イザベラの口から、初めて音となって紡がれたその名前は、彼にとって幸福そのものだった。
肩の重みが外れ、立ち上がったミカはやっと手に入れた幸せと温もりを決して逃さないように、そっと胸に抱き締めた。
*****
「あら、マイペースなエカテリーナが一番だなんて珍しいこともあるのね」
「ロジェの準備が遅くて、これでも随分時間が掛かったのよ? そういうジャスミンは、いつもの真っ赤なドレスじゃないのね」
「私に一番似合うのは赤いドレスだけれど、主役より目立ってしまうのはいけないでしょう?」
心底不思議そうに訪ねてくるエカテリーナにジャスミンは常識くらいは心得ているとばかりに返答した。
ジャスミンが主役と言ったのは、イザベラの事だ。
今日はイザベラとラザロスの結婚式の日だ。彼女たちはその賓客として招待され、参列している。もちろん他の公女と侍従たちもだ。
色々あって五公爵家の皆がバタバタしていたが、希望する領民たちと共に皆でキャサリンの買った国に移住し、ようやく落ち着きを取り戻しつつある。
ここは財政破綻をしていた国で、その借金を肩代わりする形で買い取られた為、産業の発展もまだまだだが、ラッセル王国で宰相をしていたジャスミンの父の外交手腕と、ユーリマンの植物への深い知識、ユリーナ公爵家の人脈などが功を奏し、すでに景気回復の兆しが見えつつある。
「あら、あれはどこの家の馬車かしら?」
移住したばかりの為、もともと今日の招待客は少ない。参列者は全員顔見知りで知らないはずはないのにとエカテリーナが首を傾げる。
彼女の視線の先、会場に横付けされた馬車はピンクと白を基調にしたもので、屋根の上には成人男性の両の拳程もある大きな赤い宝石が、その存在を主張するように鎮座している。
「皆さん、ごきげんよう」
そう言って馬車から姿を現したのは、キャサリンだった。隣にはリベラの姿もある。
「まあ、あれはキャサリンの馬車だったのね。いつもの家紋の馬車じゃないから驚いてしまったわ」
「実は先日、特注致しましたの。素敵でしょう?」
「リベラ、お前、顔が赤いけどどうしたんだ?」
「う、うるさい! 何でもない!」
ジャスミンとキャサリンが馬車について話している傍らで、グレイがリベラの顔色がいつもと違っているのを見咎めて指摘すると、リベラは何故か慌てて顔を逸らした。
そうしている間にもう一台、馬車が現れる。
「ま、間に合った?」
「まだ始まっていなくってよ」
「良かった! 出掛けにユーリマンがなかなか離してくれなくて……」
転がるように馬車から飛び出てきたのは、ヴィオレッタだった。間に合ったかという言葉にキャサリンが頷くと、彼女はほっと胸を撫で下ろし、唇を尖らせる。
そんなヴィオレッタを追い掛けて、ユーリマンが姿を現した。
「ヴィオレッタ、襟が曲がってる」
「もうっ、それはユーリマンのせいでしょ!」
「見たまえ。すっかり新婚夫婦だな」
ヴィオレッタの乱れた襟元を直すユリーマンと、乱れたのはユーリマンのせいだと憤慨する二人を見て、もうお腹いっぱいだとばかりにロジェが告げる。
そう、ヴィオレッタとユーリマンはイザベラたちよりも先に挙式し、今日は夫婦として参列している。
「ユーリマン、君、随分顔色が良くなったな」
「ああ、最近は規則正しい生活をしているからな」
「あら、見て。ラザロスが出てきたわ」
リベラとユーリマンが他愛もない会話をしていると、エカテリーナが前方を手で示した。どうやら式が始まるようだ。
*****
赤いビロードの絨毯の上を歩いて現れたイザベラは、誰もが息を呑む程美しかった。
バージンロードに広がる長いトレーンが、壮麗な雰囲気を醸し出している。
「ラザロス・ミカ・オベール。汝は、イザベラ・ヴィンス・リリアーヌを妻とし、健やかなる時も、病める時も、喜びの時も、悲しみ時も、これを愛し、敬い、共に助け合い、真心を尽くして生涯を共にする事を誓いますか?」
「誓います」
牧師の言葉に、ラザロスは緊張の面持ちで答える。
「イザベラ・ヴィンス・リリアーヌ。汝は、ラザロス・ミカ・オベールを夫とし、健やかなる時も、病める時も、喜びの時も、悲しみ時も、これを愛し、敬い、共に助け合い、真心を尽くして生涯を共にする事を誓いますか?」
「誓います」
「では、誓いの口付けを」
牧師に促され、震える手で花嫁のベールを上げると、桑の実色の瞳がラザロスを見上げた。
彼女の頬は薔薇色に染まり、その姿を見てこの世の誰よりも美しく、愛おしいとラザロスは心の底から感じていた。
「ずっと、貴女に焦がれ、お慕い申し上げておりました」
「私もよ」
新郎新婦が二人だけに聞こえる大きさの声で囁き合い、イザベラが目を閉じると、ラザロスが顔を傾けてそっと口付ける。
青く晴れやかな空の下、二人を祝福する鐘の音が響き渡っていた。
END.
これにて本編完結は完結です。
ここまでお読み下さった方々、ありがとうございました。
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また、本編中で回収しきれなかった伏線について、番外編を投稿していこうと思いますので、お付き合いいただけますと幸いです。
2022.11.24
紫月




