第29話 帰還
「やった……、倒した! 倒せたぞ!」
目の前で邪竜・ヴァレリアスの絶命の瞬間を見届けたラザロスは剣と盾を放り出すと、がくりとその場に両膝を付き、膝立ちの状態で感極まったように叫んだ。
「はあ……、さすがに、キツイな……」
ラザロスのすぐ傍には、グレイが肩で息をしながら座り込んでいた。
二人とも返り血を浴び、顔は煤けていて酷い有様だったが、その表情は達成感に満ちて明るかった。
「君たち揃いも揃って……、侍従遣いが荒いんだよ!」
「見たまえ。これが人間の力だ!」
「……もう、腕が動かない……」
後方支援組の三人も、激しく消耗していた。
出発前からずっとぷりぷりと怒っていたリベラの声色から怒気は感じられないが、ここぞとばかりに苦情を言っている。
ロジェは前髪を除いて無傷で、もはや通常運転だったが、ユーリマンは火起こしをするが如く薬研車を動かしていたため、燃え尽きている。
しばらくその場に留まって休息を取った後、五人で邪竜の死体を囲んだ。
「逆鱗はこれだな」
喉元の虹色の鱗を指してユーリマンが言う。よく見ると、一枚だけ他とは逆向きに生えている。そのまま手を伸ばして、ユーリマンは逆鱗を剥ぎ取った。
「なあ、あれ、貰っていいか……?」
ユーリマンが逆鱗を回収する傍ら、リベラは邪竜の体の一部をじっと見つめていた。彼の視線の先には、額に埋まった血のように真っ赤な宝石・竜玉がある。
「私は逆鱗さえ手に入ればいい」
「俺の失態のせいでリベラには迷惑を掛けたから、君が欲するなら貰って欲しい」
「俺は興味無いな」
「僕も構わない」
全員にお伺いを立てて合意を得たリベラは、何故か顔を赤らめながら両の拳程もある竜玉を手にした。
どういう仕組みなのかはわからないが、特に刃物などを使用せずとも簡単に外れた竜玉は、リベラの手の中でキラリと輝いている。
「大事な前髪が……焦げてチリチリに……」
戦闘が終わってからもしきりに前髪の状態を気にするロジェは、何処からか鏡を取り出して何とか元に戻そうと躍起になっていた。
しかし、焼け焦げた髪はどうする事も出来ず、前髪に並々ならぬこだわりを持っている彼は落ち込んでいる。
「前々から思っていたがそんな前髪、鬱陶しいだけだろ。俺が切ってやろう」
「うわあああ! グレイ! 君、何をするんだい!? やめたまえ!」
ずっと髪を弄っているロジェが煩わしくなったらしいグレイがナイフを取り出して迫ると、ロジェは珍しく青褪めて前髪を手で隠しながら逃げ惑う。
「ロジェ、君の髪は私が何とかしよう」
「本当かい!? それなら、美容に効く薬も作ってくれないか? ほら、昔から竜は不老長寿の妙薬になるとも言われているじゃないか」
「ロジェ! まさかそれ狙いで強引に同行したのか?」
「そうに決まってるじゃないか。僕はいつでも究極の美を追求しているからね」
「君って奴は全く……。ヴィオレッタ様の薬が先だが、その後で良ければ調べてみるよ」
ここへ来て発覚したロジェのまさかの旅の目的に、リベラは呆れた顔をし、ユーリマンは晴れやかな笑みを浮かべた。
*****
「ただいま戻りましたー!」
「あら、ロジェ。貴方、何だか出掛ける前より肌つやがよくなっているわね。前髪が焦げているけれど」
「そうなんです! お聞きになられますか? 僕の壮大なる武勇伝を!」
「……何だか長くなりそうだからやめておくわ」
王都に戻った侍従たちは魔塔で公女たちに出迎えられた。それぞれがそれぞれの主人に旅の報告をしている。
「ユーリマン! 突然旅に出ると言い出した時は何事かと思ったけれど、ちゃんと戻ってきてくれたのね。怪我はない?」
「ええ。お嬢様こそ、いい子で待っていて下さいましたか?」
「子供扱いしないで!」
「それは残念です。いい子なお嬢様にはお土産として新しい薬の素材を持ち帰ったのですが、要らないんですね……」
「何それ! 欲しいに決まってるじゃない」
この場の最年長のユーリマンは、年上らしくヴィオレッタを手玉に取っている。
「ジャスミン様、激戦でしたが邪竜を倒して参りました」
「邪竜如きに手こずるなんて、貴方もまだまだね」
まだまだとジャスミンに言われたグレイは、邪竜に吹っ飛ばされた時以上の衝撃を受けて撃沈した。
「お嬢様! 私はこの旅で学びました。こいつらに振り回されるより、お嬢様のお世話をしている方が何倍も幸せだと!」
「あら、そうなの? 帰ってきて早々に申し訳ないのだけれどここにいる全員、国外へ移住よ?」
「へっ? また国外に別荘でも買われたのですか?」
「いいえ、国を一つ丸ごと買ってみたの」
「お嬢様、それはいったい……? 私は何も聞いておりませんよ!?」
「あら。貴方、請求書を見なかったの……?」
「ハッ! ま、まさか、あの! 五侯爵令息の求婚騒ぎの日に見た、馬鹿みたいな金額が書かれた請求書!?」
何かを思い出したらしいリベラは、両手を頬に添えて顔面蒼白になっていた。
「イザベラ様、ヴァレリアスはもういません」
「ええ、そうね」
周囲の喧騒をよそに、イザベラとラザロスは見つめ合っている。
ラザロスは自分の心臓が、邪竜と対峙していた時以上に早鐘を打っているのを感じていた。
「私と結婚して下さい」
意を決して、ずっと言いたくても言えなかった言葉をラザロスは口にした。溢れる想いを載せて。
「……ラザロス、貴方ちょっとこっちへ来なさい」
「え?」
はい、もしくはいいえの返事が来ると思っていたラザロスは、イザベラの予想外の返事に虚を突かれる。
そして彼女に手を引かれるまま、その場を後にした。




