第28話 それぞれの戦い方
「ぐはっ!」
地響きのするような衝撃音がして、グレイが弾き飛ばされた。相手は尻尾を軽く一振りしただけだが、それは人間の身体にとっては重い一撃となってグレイを襲う。
両足を踏ん張ってなんとか堪えようとしたグレイだったが、彼の踏ん張った軌跡が地面が抉れ、道となって残っている。
七日かかると思われていた道のりだが、旅慣れたグレイの手引きがあって僅か五日で目的地に彼らは到達し、邪竜・ヴァレリアスと対峙していた。
「お嬢様! やはり、貴女が来られるべきでした!」
弾き飛ばされたグレイが地面に手を着いて叫んだのは、王都にいる最恐のお嬢様へのメッセージだった。
残念ながら、当然の如く彼の思いはジャスミンには届かない。
「グレイ! 無事か!?」
「とりあえず生きてはいる!」
代わりという訳では無いが、叫び声に反応して呼び掛けてきたラザロスに、グレイは呼応する。何とも雑な返事だ。
ラザロスはラザロスで、余裕のある状況とは言い難かった。邪竜の正面に立っている彼は、紙一重の攻防をしながら、時に盾や剣で邪竜の攻撃の軌道を逸らしてなんとか踏ん張っている。
黒く、巨大な体躯を誇る邪竜は動きが素早いとは言えないが、体が大きいだけにそこから繰り出される一撃は重い。
そもそもが、五人のうちまともに戦える人員が二人しかいない時点で状況は悪いと言わざるを得なかった。
そこへ来て不測の事態が重なり、劣勢を強いられている。グレイとラザロスが入れ替わり立ち替わり前に出て、なんとか邪竜に押し切られずに済んでいる。
「まさか持ってきた薬が全部効かないとは思わなかった! もっと早く分かっていれば事前準備出来たのに!」
「時間がなかったんだから仕方ないだろ! 他所の土地で生育した植物で作った薬品が効かないとかいう、とんでも設定な生き物が出てくる空想の物語を読んだことはあったが、まさかそんな生き物が実在するだなんて思うか!? それより、せっかく薬を作ったならちゃんと当てろよ!」
「あんなに暴れている的を狙って当てるのは至難の技じゃないか! 寝起きが悪いにも程がある!」
「じゃあ、当てられる距離まで近付けばいいだろ!」
「馬鹿! 戦いの素人が下手に近付いたら一瞬で消し炭になるだろうが!」
さりとて非戦闘員のユーリマンとリベラもそれぞれ修羅場の真っ只中にいた。非戦闘員だからと言って、安全圏にボケっと突っ立って眺めているわけではない。
ユーリマンの持参した薬品の効果で邪竜の弱体化を狙う作戦だったが、それが全く効力がなかったというのが一番の誤算だった。
逆に邪竜の住まう森一帯に自生している植物から作り出した薬は効果てきめんであると分かった為に、その場で草や花、木の葉を毟り取り、薬研ですり潰したり、鍋に投じて煎じたりして大急ぎで薬を作り出し、邪竜に投げつけるハードワークをユーリマンは一人でこなしている。
この場にあるものは全て使えという状態だ。草木が生い茂る森の奥地のため、採取するものに困ることは無い。しかし、せっかく作った薬品をユーリマンはなかなか邪竜に当てられないでいる。
一方のリベラはというと、急な出立ゆえに調べ切れていない邪竜の倒し方や弱点について血眼になりながら、適当に当たりをつけて持ってきた大量の本を次から次に手に取り、ページを捲って探している。
一度でも読んだことのある本の内容なら諳んじる事ができるレベルの記憶力を持つ彼は、ここへ来てさらにキャサリンと同等レベルの速読能力を手にしようとしていた。傍から見れば、内容にきちんと目が通せているとは思えない速度でページを捲っている。
「リベラ! 弱点はまだ判らないのか!? クソかったいんだよ!」
「うるさい! 今探してる!」
先代ヴィンスも倒す事が出来なかったからこそ邪竜は封じられ、長い眠りについていたのだ。
もしかしたら倒す為の手立てなど、どの書物にも載っていないのかもしれない。そんな最悪のパターンも脳裏にチラつく中で、リベラは必死に手掛かりをさがしていた。
これといってする事もなく暇をしているのはロジェくらいのものだった。彼は戦いの場においても自分を貫き、時に他の面々の神経を逆撫でしている。一人だけ緊張感の欠片も無い。
「目だ、目を狙え!」
ロジェがユーリマンの隣に立って、根拠もなく得意げに邪竜の目を指差した時のことだった。
「あ、危ない!」
噛み付こうとしてきた邪竜の頭部を盾で殴って軌道を逸らしたラザロスが叫ぶ。
すると、邪竜の口から炎が放たれた。その炎はロジェの方に向かっていく。
「うわあああ! ぼ、僕の前髪が! 僕のアイデンティティがぁ!」
なんとか避けたロジェだったが、いつもこだわりを持ってセットしている前髪の表面がうっすら焦げ付いている。
「よくもこの僕の髪を傷付けたな!」
ロジェの纏っていた空気がガラッと変わったのをリベラは感じた。
ロジェは、たった今ユーリマンが作り終えた薬の瓶をむんずと掴み、邪竜を睨みつける。
「これでも喰らえ!」
そんな掛け声と共に放たれた薬瓶は真っ直ぐに邪竜へ向かって飛び、邪竜の額の宝玉に当たって割れ、中身を邪竜の目元にぶちまける。
「グアアアアアアッ!」
耳を劈くような邪竜の唸り声が響き渡るが、ロジェはそれを意に介さず、二の弾、三の弾と次々に薬瓶を投げていく。そしてその悉くが邪竜の目や鼻先、口内に命中していく。
「前髪の恨み、思い知れっ」
「ロジェ、君、なんて投擲能力なんだ! 憤怒の成せる技なのか!?」
「それはいいが、そのペースで投げられると薬の製造が追い付かない……!」
「ロジェ! お前スゲーな!」
土壇場で発揮されたロジェの投擲の腕前に驚きを隠せないリベラとグレイ。ユーリマンは必死の形相で薬研車を前後に動かしながら、泣き言を零している。
「うおおおおお!!」
「ぬおおおおお!!」
「うおおおおお!!」
ラザロスが邪竜の頭部に肉薄し、グレイが暴れる手足・尾の動きを制御しながら好機を窺う中、後方の三人が雄叫びを上げながらページを捲り、生薬をすり潰し、薬瓶を投げている。余りの動きの速さに三人共が残像を残している。
「わかったぞ! あいつの弱点は舌だ!」
顔を上げてリベラが叫ぶ。彼の手には旅立つ間際にキャサリンにお守りとして渡された本があった。
地面を蹴り、グレイが頭を低くした体勢を保ったまま駆けていく。
「グギャアアアアッ!!」
ずぶりとグレイの暗器に目玉を抉られた邪竜は、堪らず悲鳴を上げた。そしてその大きく開いた口にラザロスが斬り込む。
「ハッ!」
悪縁を断ち切るかのように横一文字にラザロスが剣先を走らせると鮮血を撒き散らしながら、邪竜の毒々しい色をした柔肉がぼとりと落ちる。
おぞましい断末魔を上げながら邪竜はのたうち回ったが、次第に動きが鈍くなりビクビクと何度か脈打つように巨大な体躯を震わせたのを最後に動かなくなった。




