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第27話 出立




「ジャスミン様、お嬢様を頼みます」


「ええ、心配しなくても大丈夫よ」


「もう、またユーリマンはそうやって。私だって身の回りのことくらい、自分でできるわ」




 出立の日の朝。


 魔塔前に集合した侍従一同は、公女たちに旅立ちの挨拶をしていた。


 ユーリマンが念を押すようにヴィオレッタのことを頼むと、ジャスミンがしっかりと頷く。


 ジャスミンの隣に立つヴィオレッタは子ども扱いをしないでほしいと不貞腐れていた。



 出掛けている間、ヴィオレッタの寝所番はジャスミンが務める手筈になっている。本来なら公女様に頼むべき仕事ではないが、他に適任な人材がいない現状、やむ無しだ。


 ヴィオレッタ本人には未だ彼女の体質の件は伏せられており、それら諸々の事情を気取らせないために、今回も公女による公女のためのお泊り女子会という名目で集まってもらっている。



「本当に貴方も行くのね。何だか意外だわ。貴方、泥臭い事は嫌いじゃなかったかしら?」


「ええ、もちろん汚れ仕事は嫌いですよ。僕には似合いませんから。ですが、旅に出るのは悪くないと思いまして。自分探しのついでに邪竜を倒して参りますよ」


「そんなに簡単に倒せるなら、誰も苦労しませんよ! 見てくださいよ、この本の山を!」


「荷物の量なら僕も負けていないよ? 見たまえ」




 一昨日の話し合いからずっとぷりぷりと怒っているリベラは、エカテリーナとロジェの暢気な会話の内容が気に障ったのか、うんざりした顔で山のような荷物をでんと示してみせる。


 しかし、嫌味を言われていることに気付いていないロジェは、対抗するかのように自分の荷物を示した。


 事前準備の時間が取れなかったゆえに、リベラの荷物はその大半が雑多に選ばれた大量の本で形成されているが、ロジェの荷物の中身は一切不明だ。無論、中身が何であるかは誰も訊ねようとはしない。


 他の面々の荷物はというと、ユーリマンも薬師という役割から多めの荷物を抱えており、ラザロスは多くもなく、少なくもなくといった具合だ。


 グレイだけは、一瞥した限りでは身一つで何も持っていないかのようだったが、彼に関しては見えないところにあれやこれやを仕込んでいるのだろう。



「リベラ。この本をお守りとして持って行きなさい」


「お嬢様、この荷物の量をご覧になってなお、さらにその本を持っていけと仰るんですか?」


「あら、でもこれを持って行かなかったら貴方、死ぬかもしれなくってよ?」


「お嬢様まで恐ろしい事を仰らないで下さいよ! 縁起でもない! わかりました、持って行きます。持って行けばいいんですよね!」



 キャサリンから遠回しに、かつ的確に脅されながらお守りとして謎の本を渡されたリベラが、苦痛に顔を歪めながら投げやりな発言をして受け取っているのを見て、ラザロスはリベラの乗る馬が気の毒だなとひっそりと考えていた。




「……やっぱり、貴方じゃなく、私が行くべきよ」



 各々の侍従が各々の主人に挨拶を終え、いよいよ旅立とうかという時。不安に駆られたのか、下を向いたままイザベラが思い詰めたようにぽつりと呟いた。




「どうしてですか?」


「邪竜を倒す。それがこの名を持つ者の宿命よ。他の誰かが行くなんて間違っているわ。私がここで待つだけでなく、もっと早くに一人でも邪竜の元に向かうべきだったの」



 紫檀の瞳を覗き込んで優しく問うラザロスに、イザベラは運命を語った。


 しかし、ラザロスは静かに首を振る。そして、彼女を安心させるために、敢えてゆっくりと陽だまりのような微笑みを浮かべて言った。

 


「いいえ。お嬢様一人には背負わせません。それが貴方の侍従である私の役目なんです。ですから、お嬢様はどうかキャサリン様達との女子会を楽しんで、笑顔で待っていて下さい」



 柔らかな表情とは裏腹にラザロスの意志は堅い。



 前回は一人だけ参加できなかった女子会をイザベラに楽しんでほしいというのもまた、ラザロスの本心だった。


 ラザロスにとって魔塔はイザベラとの十年の思い出が詰まった場所ではあるが、イザベラにとっては辛い思い出ばかりの場所だ。


 様々な困難や反対意見を押し切ってお泊り会の会場に魔塔を選んだのはイザベラの外泊が許されていない事もあるが、彼女にこの場所にまつわる思い出を塗り替えて欲しいとラザロスが願ったためでもあった。




「絶対に生きて帰って来て。これは命令ではないけれど……」


「……はい。その願い、しっかりとこの胸に刻みます」



 もしかしたらこれが最後になるかもしれないという思いを笑顔の裏に隠したまま、ラザロスは愛しい幼馴染の姿をしっかりとその瞳に焼き付けた。




「行こう」



 旅の仲間となる四人に向き直り、ラザロスは何かを断ち切るかのように告げる。それを合図に、五人の侍従たちは手網を握り締め、馬を引いて歩き始める。




「……ああ、そうだ。お前たち、利用価値を示す機会があって良かったな」



 一度だけ立ち止まったグレイが身体の向きはそのままに首を巡らせる。魔塔の出入り口の前に立つ衛兵の制服を着た人物らに向けて意味深な言葉を残し、五人は旅立っていった。




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