第24話 ラザロスの懇願(ラザロス編④)
「ほう。昨日の今日で、あの課題をもうこなしてきたと申すのか」
「はい」
「なに、そう硬くなるでない。団長からも聞き及んでおる。そなたが嘘を申しておるなどと疑ってはおらんよ」
その夜、いつものように王城を訪れたラザロスは、すんなりと謁見の間に通された。今まで何度となく城に通ってきたが、今回のようにスムーズに事が運んだことは無い。逆に待っていたと言わんばかりの対応に、彼は少し面食らっていた。
しかし、今度こそ話を聞いてもらうチャンスだとラザロスは気持ちを切り替える。
「団長は酷くそなたを気に入ったらしい。まだ年若いそなたの才能の行く先を考えると胸が踊ると褒めておった」
「過分なお言葉にございます」
「……して、私に話とは何だね?」
世間話のような雰囲気で話していた国王が本題を切り出したのは唐突だった。
急な話題転換に、ラザロスは心臓をぎゅっと鷲掴まれたかのような感覚に襲われる。
謁見の間は事前に人払いが行われていたのか、国王と宰相、副団長を含む近衛兵が二名、そしてラザロスの五名しかいない。
壇上の玉座に国王が座り、その両脇を近衛が固め、少し離れて一歩下がった位置に宰相が控えている。
「はっ! 陛下にお願いしたき儀がございまして参りました」
「面を上げて、申してみよ」
「イザベラ・ヴィンス・リリアーヌを魔塔守の任より解放して頂きたく存じます」
「それはならぬ」
やっとのことで告げたラザロスの願いは、あっけなく切り捨てられた。
一考の余地すらなく、間髪を容れず発せられた王の言葉にラザロスの心臓が凍り付く。
「私の願いを聞き入れて下さるのではなかったのですか!?」
ガンガンとハンマーで直接殴りつけられたように頭が痛み、キーンと耳鳴りがするのを堪えながらラザロスは思いの丈を叫んだ。
期待をしない方がいいと言った宰相の言葉が痛む脳裏を掠める。
「話を聞くとは申した。しかし、願いを叶えてやるとは申しておらぬ」
「ですが!」
「そなたもヴィンスの名の持つ意味を知らぬわけではなかろう?」
「存じているからこそ、こうしてお願いしているのではないですか!」
痛いほど知っているからこそ、救いたいと思うのだ。
何も知らなければこうまで苦しむこともなかった。しかし、イザベラの気持ちを思うと、知らないままでいたかったともラザロスには思えなかった。
あの日、リリアーヌの地で騎士の誓いを立てたあの時、彼はイザベラの涙を拭ってやりたいと思った。何も知らないままでは、それは叶わない。
「王とて全能ではない。出来ぬこともあるのだ。魔塔の結界は国の守りの要。国全土を覆う大事な結界。それ無くして、国を守ることは出来ぬ。それに公女を魔塔より解放したとて、邪竜ヴァレリアスが眠りから覚めた今、この王都へ攻め込まれれば彼女に戦ってもらわねばならぬ」
国を守るため、イザベラを手放す事は出来ない。そう告げる国王の言葉は淀み無かった。
「……それならば、邪竜を倒した後には解放して下さるのですか?」
「それもならぬ。救国の聖女ともなれば、国民は彼女を王室に迎え入れることを望むだろう」
「ならば一生、彼女には自由がないではありませんか! 魔塔に囚われた後は、王宮に囚われよと仰るのですか!?」
「酷ではあるが、それが彼女の運命だ」
「……自由を夢見て何が悪い?」
諦めろと諭す国王に、ぽつりとラザロスは呟いた。
その言葉は彼の心そのもので、またひと雫の涙のようでもあった。
緊張により喉の渇きを覚えていたはずなのに、今は鉄さびのような味がする。
「オベール侯爵子息! 陛下の御前であるぞ!」
「良い。私が許可する」
不敬であると激昂し、抜刀しようと剣の柄に手をかけた副団長を国王が片手で制した。
「……それなら。それしか道がないというのなら。邪竜ヴァレリアスは私が倒します。ですから、お願いです。彼女を……、イザベラを解放して下さい」
必死に懇願するラザロスの姿に、その場にいた誰もが息を呑んだ。
「本当に、そなたに倒せるのか?」
「はい、必ず」
国王の問いにはっきりと答えたラザロスは、手のひらに傷が付く程に両の拳を強く握り締めた。力を込める余り、拳が小刻みに震えている。
彼の答えにしんと、室内が静まり返る。
この時、彼は刺し違えてでも邪竜を倒そうと、固く決意した。あの日、イザベラの盾となると彼女に誓ったのだから――。
「……その望み、相分かった。来月行われる我が息子・ハイラスの生誕祭までだ。それまで待とう。それが期限だ」
「では此度の件、私が証人となりましょう」
国王が期限を決めると、それまで黙って事の成り行きを見守っていた宰相が証人の役を申し出る。
「ラザロス殿もそれで良いな?」
「……はい」
宰相ならば、事態がどう転んだとしても有耶無耶にされてしまう事は無いだろう。
安堵のため息と共に、ラザロスは首肯した。
「では、これまでとする」
謁見の終了を宣言すると国王は玉座から立ち上がり、宰相と近衛兵を伴って退室する。
黙って深く頭を下げたまま、独り取り残されたラザロスは万感の思いで彼らの姿を見送った。




