第23話 騎士の家系(ラザロス編③)
「くっ……つ、強い……」
「っ、はあ、はあ……」
翌日、城を訪れたラザロスは近衛騎士たちと相対していた。
精鋭ぞろい。昨日、宰相が彼らのことをそう表現していただけあって、気が抜けない相手ばかりだった。
それでも一人、また一人とラザロスは打ち倒していく。最初のうちは彼を侮っていた近衛騎士たちも、仲間が倒されていく様子を見て、考えを改めたらしい。
修練場にはピリピリとした緊張感が漂っている。
「お次の方、お願いします」
連戦続きで呼吸は大きく乱れ、身体も休息の必要性を訴えているが、ラザロスにはそんなことはどうでも良かった。
一日も早く、イザベラを自由にしてやりたい。
その思いだけを乗せて剣を振るう。
「もはやこれまでのようだな……。お見事だ」
「流石ですわ!」
首筋に剣先を突きつけられた団長が降参の意思を表すと、ラザロスの背後で女性が感極まったように叫んだ。
団長とラザロス以外の騎士団員が地面にへたり込んでいる中、大きな拍手の音を響かせながら女性は二人に近付いてくる。
騎士団の関係者にしては華奢で、服装も裾が長く、動きやすさよりも女性的な魅力を引き立たせることに重きを置いたもので、どこからどう見ても汗臭いこの場には不釣り合いの女性だ。
「ティナ。修練場に勝手に入ってきてはいけないといつも言っているだろう?」
「お知り合いですか?」
女性の姿を認めるなり、目を細めて親しげに声を掛ける団長にラザロスは関係性を訊ねる。
「ああ、すまない。彼女は私の娘だ」
「ティナ・ヴァセランと申しますわ」
ティナが一礼すると、髪の両サイドで存在を主張していた赤いリボンが揺れる。
団長の娘と言われ、道理で騎士というより貴族令嬢に見えるはずだとラザロスは得心がいった。
「お初にお目にかかります。ラザロス・ミカ・オベールと申します」
「存じておりますわ。オベール侯爵家といえば、我がヴァセラン家と同じく、代々優秀で忠義に厚い騎士を輩出していることで名高いお家ですもの。お若いのに剣で父を負かしてしまうなんて、噂に違わぬ腕前ですわね」
「いえ、運が良かっただけです」
「あら、お強いだけでなく、謙虚でいらっしゃるのね。それに、『花の五侯爵令息』に数えられていらっしゃるだけあって、端正なお顔立ちをしていらっしゃるのね。是非、一度お会いしてお話ししてみたかったんですの」
父親が負けたというのに、その父親の目の前でラザロスを褒めちぎるティナは心が広いというべきなのか、それとも単に空気が読めていないだけなのか?
絶妙な居心地の悪さを感じて、ラザロスは苦笑いを浮かべる。
「まさか君はそのためにここへ?」
「もちろんですわ。ラザロス様がいらっしゃると聞いて、居てもたってもいられなかったんですもの。だって、ラザロス様は夜会にはいらっしゃらないでしょう?」
「ハハハ、どうも煌びやかな場は苦手でして」
露骨に自分に会うためにやってきたと告げるティナに、ラザロスはどう返したものかと困惑しながら愛想笑いを浮かべるのみだった。
彼が夜会に参加しないのは、イザベラが参加しない夜会に参加する必要性を感じられないからだ。
逆にイザベラが夜会に参加する場合はというと、彼女はいつもハイラス王子のパートナーとして出席しているため、他の男性と腕を組んで歩いている彼女の姿など醜い嫉妬心に駆られるので見たくもない。
「ところで、ラザロス様はご存知かしら?」
「と申しますと?」
「今度のハイラス殿下の生誕祭で、殿下の婚約者になられる方が発表されるという噂です」
「何度か耳にしたことは」
今最も避けたい話題の一つを取り上げられたラザロスは内心では苦虫を噛み潰したような思いだった。しかし、それを悟られまいと、表情を必死に取り繕う。
「私はイザベラ様が殿下の婚約者になられるのではないかと踏んでおりますの。イザベラ様は公爵家のご出身ですし、当代一の魔力をお持ちでしょう? ラザロス様は昨日陛下とお言葉を交わされたそうですが、何かご存知ではありませんか?」
「いいえ、私はその件については何も伺っておりません」
「あら、そうなのですか? ですが、ずっとイザベラ様を一途に想っていらっしゃるラザロス様なら、その可能性を考えたことがないわけではございませんよね?」
イザベラへの想いを隠しているつもりはない。けれど、全く関係のない第三者からこうもストレートに指摘されたのは初めてのことで、ラザロスは少なからず狼狽えていた。
「無言は肯定の意味と取らせていただきますわ。美しい愛の形も結構ですが、もしイザベラ様が王家に嫁がれた場合、ラザロス様はどうなさるのかしら? 優秀な騎士の家系が潰えてしまうのは私にとっても本位はございません」
「やめないか、ティナ」
踏み込んだ娘の発言に、団長が慌てて制止を掛けるがティナは意に介さない。
「たとえイザベラ様が王家に嫁がれなかったとしても、お二人がうまくやっていけるとは思えませんわ。彼女に騎士の家系の事がどれほどわかるのでしょうか? 騎士の家に嫁ぐのであれば、やはり騎士の家の娘が相応しいでしょう」
ティナは一見にこりと人好きのしそうな笑みを浮かべていたが、その目はどこまでも冷たかった。
絡みつく視線を真正面から受け止めながら、ラザロスは口を開く。
「たとえそうであったとしても、私の気持ちに変わりはございません。一生、イザベラ様のお傍にいるつもりです」
「ふ~ん……。どうなるか見物ですわね」
ラザロスの答えに不満げな表情を浮かべたティナは、意味深な言葉を残して修練場を去っていった。




