第22話 王の無理難題(ラザロス編②)
イザベラの寝室を出ると、ラザロスはその足で城に向かった。
魔塔の人の出入りを見張る兵士も、見慣れた光景とばかりに彼の姿を見ても黙って通してくれる。
「よう、ラザロス。今日も例のアレか?」
「ああ」
城門前で門番の兵士に呼び止められたラザロスは短く返事をする。気易い口調で言葉を交わすのは、互いをよく知っているからだ。
縁あって、門番の彼とは友情が芽生えていた。
「無茶だけはするなよ」
「…………」
忠告するように言う門番の言葉に、ラザロスは何も答えなかった。
長い通路といくつかの階段を通り、迷いなく進んで行くと大きな扉の前に辿り着く。来る者を拒むかのような印象を受ける、頑丈で重そうな扉だ。
「陛下に、魔塔のラザロス・ミカ・オベールが来たと伝えてくれ。陛下に謁見したい」
扉の前に立つ二人の兵士にラザロスが名を告げると、大きなため息をついて片方の兵士が中に入っていく。
「陛下はお会いになられないそうだ」
数分後、戻ってきた兵士から聞かされた返答はラザロスの期待したものではなかった。しかし、彼の顔に動揺の色はない。
「そうか。それならここで待たせてもらおう」
至って冷静に、そして流れるような動作でラザロスはその場に跪いた。
今の季節は夏だが、ラザロスの下腿に伝わってくる床の温度はひんやりと冷たい。
冬は本当に身も凍るような冷たさだったなと、ラザロスは記憶を思い起こしていた。
イザベラと共に魔塔にやってきて十年。彼は十年もの間、ほぼ毎日欠かすことなく城へ通い詰めていた。イザベラの解放を王に願い出る為だ。
多くの場合はイザベラが眠った後、時にはイザベラが魔法の訓練をしている間に、こうして城を訪れては王に謁見を申し入れ、断られる。そして、時間と体力、そして精神力の許す限り床に跪いてひたすら待つのだ。
朝まで待って、それでも会ってすら貰えないことがほとんどだった。一国の王の住まう城だから、この正面扉以外にもラザロスの知り得ない出入り口や隠し通路が存在しているのだろう。
断られるのにはすでに慣れていた。たまに何の気まぐれか謁見が叶った時は、いつも無理難題を吹っ掛けられる。
街で年に一度開かれる剣闘大会で優勝して来いと言われた事もある。ハイラス王子の首を狙う暗殺者を捕らえよと言われた事もあった。
誰の目にも利用されているのは明らかで、そんなことはラザロスも承知の上だった。それでも、与えられた難題をこなす以外に彼に選べる道は無かった。
「まだ残っておったのか……」
どれ程時が経ったのか、物思いに耽っていたところに頭上から覚えのある声が聞こえてラザロスはハッとした。
「陛下!」
「そう叫ばずとも聞こえておる。会わぬと伝えたが、そなたに一つ、やってもらいたい事が出来た」
今日は気まぐれを起こす方の日であったらしい。王様の方から足を運んでやってくる事など、この十年で初めての事だ。
「なに、そう難しい事ではない。この城に詰める近衛兵たちに稽古を付けて欲しいのだ。……そうだな、五十名全員にそなたが勝つことが出来たなら、話を聞こうじゃないか」
「そ、それはまことですか!?」
「王に二言は無いよ。どうだ?」
「御意に……」
「せいぜい頑張りたまえ」
話は終わったと王の足音が遠のいていく中、下を向いたままラザロスは拳を握り締め、肩を震わせる。
「ラザロス君」
王に気を取られていたラザロスに、もう一人声を掛けてくる者がいた。衣擦れの音がして、ラザロスの目の前に手が差し伸べられる。
素直に手を借りて立ち上がると、予想通りの人物がそこにいた。
「レヴィオール公爵様……」
レヴィオール公爵、ジャスミンの父だ。そして、この国の宰相でもある。
「すまないね」
「……えっ?」
公爵が突然謝罪を口にした理由がラザロスにはわからず、聞き間違いだろうかと短く聞き返す。
公爵の眉間には苦労を窺わせる深い皺が刻まれていた。
「イザベラ嬢は娘の大切な友人だ。それなのに、私は何の力にもなれなくてすまない。何度か私からも進言しようとしたのだが、この件だけは陛下は聞く耳を持って下さらない。宰相などと偉そうにしていても、所詮はこの程度と時々、自分が嫌になるよ」
「そんな! お顔をお上げ下さい!」
王の最側近の一人であり、時には王に代わって執務を執り行う事もある宰相。その宰相が無力であるなら、自分はいったい何だと云うのか?
同時に自分の無力を突き付けられているような気がして、ラザロスはいたたまれない気持ちになった。
「君ならば、精鋭揃いの近衛兵全員に勝つことも難しくは無いだろう。しかし、陛下のお言葉にはあまり期待をしない方がいい」
「それは、どのような意味でしょうか?」
二人の間に深い沈黙が訪れる。長い静寂の後、先に口を開いたのは、レヴィオール公爵だった。
「私が答えたところで、君は戦うのをやめないのだろう?」
「そうですね。私には、それ以外に選ぶ道がございませんので」
何度断られたところで、ラザロスは願わずにはいられなかった。たとえ、幼馴染の彼女自身が未来に希望を抱けなくなっていたのだとしても――。
「君の願いが叶うことを願っている」
そう言い置いていく公爵の足音が聞こえなくなるまで、ラザロスは頭を下げることをやめなかった。




