第21話 魔女の真実(ラザロス編①)
「では、今日はこの辺で失礼致しますわね」
楽しい時間は過ぎるのが早いもので、あっという間に本日の魔女の茶会はお開きとなった。
イザベラが名残惜しそうに他の公女たちに暇乞いをしている。
「次にお会いするのは殿下の生誕祭かしら? それが終わったら今シーズンも終わりね」
「ジャスミン!」
「わかってるわ、ヴィオレッタ」
「私も今年は王都で準備したいことがあるから、領地には戻らないわよ」
「キャサリ〜ンっ」
五公女の中で一番年下であり、皆の妹分のような立ち位置のヴィオレッタが寂しがってジャスミンに縋るような視線を送っていた。
どうやら今年の冬はエカテリーナ以外は皆、王都で過ごす予定のようだ。
これに対して、何も言わないまでも静かに顔を綻ばせるイザベラを、ラザロス・ミカ・オベールは可愛らしいと思うのだった。
少し馬車を走らせると、王城の隣に高く聳え立つ塔が見える。そこがイザベラの今の住居だ。
「あ、ありがとう……」
ラザロスが先に馬車を降りて、いつものように手を差し出す。すると、彼女は頬を赤らめながら礼を言った。
塔に向けて一歩一歩向けて足を進めると、茶会の時の楽しそうな雰囲気とは打って変わってイザベラの表情が曇っていく。
帰りたくない。彼女の横顔がそう物語っている。
イザベラとラザロスはお嬢様と侍従兼、護衛騎士という関係でありながら、幼馴染でもあった。だからこそ、他の人には感じ取れないイザベラの感情の機微をラザロスは察することができる。
イザベラは年間を通して魔塔と呼ばれる王城に隣接する魔塔で暮らしている。何故公爵家所有のタウンハウスではなく、塔で暮らしているのか?
それは、彼女の生い立ちが関係していた。
イザベラの手のひらには生まれつきアザがある。その痣は当代最強の魔術師となる証であり、邪竜から国を守る役目を持つ者の証であった。
彼女の生家であるリリアーヌ公爵家は代々優秀な魔術師を輩出する家系として知られており、このアザを持って生まれたリリアーヌ家の子はヴィンスと名付けられた。
しかし、一般にはヴィンスが最強の魔術師の称号とのみ認知されており、本当の証がアザであることは、王家と五公爵家、そして魔塔の関係者のみが知る事実である。
痣を持って生まれ、当代のヴィンス、イザベラ・ヴィンス・リリアーヌとして、彼女は自分の魔力が発現した七つの頃から、領地に帰ることすら叶わず、魔塔に縛られる生活を余儀なくされている。
彼女が大半の時間を閉鎖的な魔塔で過ごさなければいけない理由はヴィンスとしての役目を果たす為であり、また彼女自身の為でもあった。
その高過ぎる魔力の為に、まだ幼いがゆえの激しい感情の起伏による暴走が懸念されたのだ。イザベラの魔力は父親であるリリアーヌ公爵ですら抑える事はできない。
そのため、魔力を抑える魔道具が設置された塔で、王家の監視のもとに先代筆頭宮廷魔術師の老人・ミクルドを師として魔術について教わる日々を過ごしていた。
イザベラが完璧に魔力制御技術を身につけ、ミクルドが亡くなった今は、ヴィンスとしての重い責務と柵のみが残されている。
彼女が稀に許される外出は年に数回程度の両親との面会と、ハイラス王子のパートナーとして宮中行事に参加する時、そして五公女との茶会の時のみだった。
国の守護の要となる彼女を王家は絶対に失えないからだ。
一方、ラザロスの実家であるオベール侯爵家といえば、代々リリアーヌ公爵家に騎士として仕える、忠義に厚い一族として知られていた。
年齢が一つ違いと近かったこともあって、幼い頃のラザロスとイザベラは互いの家を行き来しながら育ち、ごく自然にラザロスはイザベラの身の回りの世話をするようになった。
そんな中で彼が八つの時に、イザベラが魔塔に行く事に決まり、夕日に染まる丘で独り泣きじゃくる彼女の姿を見て彼は侍従として、そして護衛騎士として魔塔へ着いていくことを決心した。
「今日は月が綺麗ね」
重い足取りで一段ずつ階段を上り、塔の最上階にやってきたイザベラは窓から空を見上げる。
ラザロスが一緒になって見上げた月は少しも欠けることなく、丸い形をしていた。空に近いせいか、いつもより大きく見える気がする。
室内は耳が痛くなるような静寂に満ちていた。
「始めましょう」
ぽつりと、雨粒が落ちるように呟いたイザベラの足元には、よく見ると複雑な紋様が刻まれていた。
先代ヴィンスが遺した、国全体を覆う結界を張るための魔法陣だ。長い間、アザを持つ子が生まれなかったせいでその魔法陣の描き方を正確に知る者はもはや誰もいない。
魔塔への人の出入りが厳しく制限されているのは、この魔法陣を保護する意味合いもあった。
「北の空より来たりし薄氷。南の空より来たりし雲海。黄塵万丈の東の空、禁止鳥の唄を以て、風日待とせん。ヴィンスの名に於いて讖緯の説を問う――」
歌うように、それでいて一つひとつ丁寧に、詠唱の言葉をイザベラは紡いでいく。
ラザロスには魔法は分からないが、同時に魔力を注いでいるのだろう。イザベラが一節言い終えるごとに、足元の魔法陣は輝きを増していく。
禁止鳥、つまりウグイスと自らを喩えた先代は、鳥籠のようなこの塔で何を思っていたのだろうかと誰に訊ねるともなしにイザベラが口にしていたことをラザロスはぼんやりと思い出していた。
「――願わくは金烏玉兎、星命の永からんことを」
詠唱を終えると魔法陣がよりいっそう強く輝き、それを合図に強い風が巻き起こる。風が鼓膜を震わせ、イザベラの長い髪とドレスを靡かせていた。
光と風が止むと、室内はもとの静けさを取り戻す。同時に膝を折ってその場に崩れ落ちたイザベラをラザロスが駆け寄って受け止めた。
いつもそうだ。魔力を限界まで使い果たした彼女は儀式を終えると気を失って倒れてしまい、朝まで起きない。
そのままイザベラを抱えて寝室に移動すると、ラザロスはそっと彼女をベッドに横たえた。寝具を整えると、少しの間じっとイザベラの顔を見つめる。
吊り気味の大きな目のせいで大人っぽく見られがちの彼女だが、眠っていると少し幼く見える。
「イザベラ、おやすみ……」
ラザロスの呟いた言葉は、夜の闇にとけて消えていった。
【補足】
・禁止鳥
禁鳥。捕獲が禁止されている鳥のこと。またウグイスの別称。
・風待日
暴風で作物が荒らされないように祈る農耕儀式のこと。
・讖緯
古代中国で行われた未来予言。
・金烏
太陽の異称。ここでは王の意味。
・玉兎
月の異称。ここでは王妃の意味。




