第20話 差し色と発光物(ロジェ編⑤)
「……ということがあったの」
「まあ、そちらも大変でしたわね」
いつものようにユリーナ公爵家のタウンハウスで開かれた茶会で、エカテリーナは先日の茶会での出来事を語った。
労いの言葉を口にしたのはキャサリンだ。『そちら』もと言ったのは、彼女は彼女でちょっとしたハプニングに見舞われた話をしたばかりだからだ。
「あの日、『花の五侯爵令息』が誰も来なかったのは、キャサリンへの求婚に失敗して落ち込んでいたからだったのね」
「あら、でもラザロスはイザベラしか眼中にない感じでしょう?」
「ヴィオレッタ~!」
この場に同席する『花の五侯爵令息』の一人であるラザロスをからかうヴィオレッタに、イザベラが熟れた林檎のように顔を赤くする。
「ヴィオレッタ様、その呼び名は恥ずかしいのでおやめ下さい……」
「あら、いいじゃない。花だなんて羨ましいわ。それに引き換え、私たちは『幻惑の五公女』なんて呼ばれて、すっかり悪者みたいだわ。失礼しちゃうわよね」
「俺としては、あながち間違いじゃないと思うんですよね、それ」
「グレイ、何か言ったかしら?」
「いいえ、何も!」
主人のイザベラに釣られるようにして、ラザロスまでもが赤面している。
自分たちの通り名が不満らしいジャスミンに、ぼそっとグレイがいらぬ本音を漏らして笑顔で凄まれていた。
「僕はいいと思いますよ、幻惑の五公女」
「どういう意味だ?」
「現実とは思えないほど美しいってことだろう? 素晴らしいじゃないか」
「ロジェ、君は……」
何か言いたそうな目で見てくるリベラにロジェは首を傾げる。
実際、この世のものとは思えないほど美しいというのは、ロジェの本心だ。
大半の人間の顔がぼやけた状態でしか認識できないロジェだが、この茶会の参加者並びにその侍従は全員が彼のお眼鏡にかなう美形のため、クリアな視界のまま過ごすことが出来ている。
ロジェが確認したところ、どうやらエカテリーナも同じのようで、彼らにとってはこの茶会が文字通り目の保養となっていた。
貴族社会というのはその成り立ちからいって、高位貴族になればなるほど美形の比率が上がるものだが、それでもロジェやエカテリーナの基準を満たす美形というのは稀有な存在で、そんな美形のみ居合わせる会合というのは奇跡に近い。
「エカテリーナのおかげで、今はあれと同じ型のドレスが大流行中よ」
「私は特に何もしていないけれど、お役に立てたなら良かったわ」
一方キャサリンはキャサリンで、五公女の繋がりにメリットを見出しているようだった。彼女ら五人の仲が良いのは本当だが、単なるお友達というだけでなく、政治・経済的な面においても相互に影響しあっている。
何かファッションのトレンドを動かしたい時に、キャサリンはエカテリーナのもとに新たなアイテムを持ち込むのだ。
エカテリーナが社交界に赴いた時に身に着けていたものが、翌日からの流行になると言われている。
「このアップルパイ、微かだけど花の香りがするわね」
「そうなの! 私イチオシのスミルノフの花のジャムよ」
「ヴィオレッタのお気に入りとユーリマンから聞いて、今日のお茶菓子に使ってもらうよう頼んだのよ」
イザベラとヴィオレッタは二人してお茶菓子の話で盛り上がっており、キャサリンの明かした話にユーリマンもあれで案外抜け目がないとロジェは密かに感心した。
ユーリマンは今日もキャサリンの書庫に赴いているらしい。
「それにしても、殿下の暴走ぶりにも困ったものね」
「エカテリーナのお話に出ていたお忍びの件も、帰城なされた瞬間に陛下に見つかってひどくお叱りを受けられたそうよ。独断で誰にも言い置かずに出席されたそうで、『そんな浮ついた考えで次期王が務まると思っているのか!』ですって。父も呆れていたわ」
宰相を務めるジャスミンの父・レヴィオール公爵の元には王宮で起こった出来事のみならず、国中の事件・事故・スキャンダルの情報が集まってくる。
その中でもハイラス王子に関するあれやこれやの情報は、レヴィオール公爵にとって頭痛のタネであった。
公式行事の場であればジャスミンを始め、五公女が持ち回りでフォローをしているが、プライベートで悪気なく事件を引き起こされる分にはフォローの手も及ばない。
かと言って、他に次代の後継者として適当な人物もおらず、暫定的にハイラス王子が次期王と称されている現状だ。
「あの発光物、頭に雲でも詰めているんでしょうかね?」
夜会でエカテリーナにしつこく付きまとっていた姿を思い出し、苛立ったロジェは吐き捨てるように言う。
公式の場で同じことを言えばきっと、不敬罪で彼は捕まってしまうだろう。
「発光物、ですか?」
「これもあの夜会の時に気付いたのだけれど、私とロジェの目には殿下が光り輝いて見えるのよね」
「きっとあの、前髪を掻き上げる仕草のせいです。ほらこんな風に」
「あら、ロジェ。貴方、殿下の真似が上手なのね」
「やめてくださいよ! 僕の前髪は殿下と違って計算し尽くされているんです。毎日こだわりを持ってセットしているんです! あんなのと一緒にしないでください!」
イザベラの疑問を受け、エカテリーナの説明を補足する形でロジェがハイラス王子お決まりの仕草を真似ると、茶会の席に笑いが巻き起こった。




