↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

20/77

第18話 ダンスの誘い(ロジェ編③)




「申し訳ございません、お嬢様」



 ハイラス王子の元を去り、無言のまま会場の隅に連れ立ってやってきたエカテリーナとロジェ。壁際で足を止めると、ロジェはエスコートの腕を解いてエカテリーナに向かって藤の花のように(こうべ)を垂れた。


 パートナーとは言ってもあくまで侍従。他に適当な人物がいないから、その幸運を享受しているに過ぎないのに、一人前に王子をけん制するなど、滑稽ではないか?


 苛立ちに支配されていた頭が冷えてくるに従い、ロジェの中には忸怩たる思いが沸き起こっていた。あまり気落ちすることのない彼には珍しい心境だ。



「何を謝っているの?」


「出過ぎた真似を致しました」


「何の事かしら?」


「先程、殿下との会話に口を挟んだ事です。私がお嬢様のパートナーとして夜会に出られるのはただ運が良かっただけなのに」



 ロジェが頭を下げ続けるのは、胸の中で荒れ狂う黒い感情を押さえつけるため。独占欲にも似た感情は一侍従が主人に抱いて良い感情ではない。



「運ね……。確かにそれもあるかもしれないけれど、貴方は私が望んだからここにいるのよ?」


「……えっ?」



 エカテリーナの口から出た返答は意外なもので。あまりに自分に都合の良い内容に、驚きつつも幻聴だろうかとロジェが顔を上げると、木の葉を思わせるような緑の瞳がじっと彼を見つめていた。



「それに、幸運すら自分で手繰り寄せられない男なんて、願い下げだわ」


「……ふっ。困りましたね。お嬢様はどれだけ私を虜にしたら気が済むのですか?」



 一見して手厳しく突き放しているようにも聞こえるエカテリーナの言葉は、しかしロジェの気持ちを浮上させるものだった。


 外見の美しさのみならず、その魅力をこれでもかというほど見せつけてくるエカテリーナをロジェは赤い瞳を細めて見返す。


 嬉しいような、それでいて恐ろしいような複雑な心境だった。幸福と恐怖を同時に感じる事など、そう多くは無いだろう。



「あら、綺麗な男と使える男は自分に惚れさせておくのが得策なのよ?」


「僕は前者と後者のどちらで気に入っていただけたのでしょう?」


「顔よ、顔」


「愚問でしたね。エカテリーナ様、一曲お願いできますか?」


「もちろんよ」



 エカテリーナらしさ溢れる発言に思わずふっと笑ったロジェは空気が軽くなったのを感じ、また深みに嵌っていく予感に苦笑しつつ、恭しく右手を差し出した。




*****



「ロジェ様! 今日のダンスも素敵でしたわ! それに今日の衣装もとってもお似合いです!」



 あれから一曲ダンスを踊り終えたエカテリーナとロジェのもとに、パタパタと駆け寄る女性の姿があった。


 隣にいるエカテリーナには目もくれずロジェに突撃するような勢いでやってきた彼女は、嬉々とした雰囲気でロジェを褒め称える言葉を一方的に捲し立てている。


 例によって彼女の顔を判別出来ないロジェは、ふわふわとしたシルエットの衣装と小柄な体型に似合わずイノシシのような女性だと困惑し、言葉に迷いながら慎重に口を開いた。



「初めまして」


「もうっ、初めましてではございませんわ。ロジェ様ったら、相変わらずご冗談がお上手ですのね」



 言うまでもないが、ロジェに冗談のつもりは欠けらも無い。


 どうやら彼女は面識のある人物らしいが、誰なのかロジェには全く見当がつかなかった。逆に言えば、記憶にないという事はその程度の人物なのだろうと彼は結論付ける。


 念の為、隣のエカテリーナにも心当たりがないか視線で訊ねたが、彼女は左右に首を振るのみだった。


 そうなると途端に応対が面倒に思えてきたロジェは、相変わらず一方的に喋り倒している女性をどう排除しようかと思考を巡らせていた。


 彼にとって都合の悪い事に、目の前の女性が騒ぐせいで徐々に周囲の視線を集めてしまっている。それに加えてロジェの華やかな容姿に誘われた女性が一人、また一人と彼に近寄って秋波を送り始めた。



 花の五侯爵令息はいないのか?


 多数の視線に敢えて気付かないふりをしながらロジェが辺りを見回すが、目当ての人物はいない。


 『花の五侯爵令息』と呼ばれ、女性人気の高く度々夜会を賑わせる彼らがいれば女性の注意を逸らすことができるのだが、あいにくと今回の夜会には何故か全員が不参加のようだ。


 いつもなら彼とロジェで女性人気が分散するのだが、今日はほとんどすべての女性の視線をロジェが欲しいままにしている。



「いやあ。美しいって、罪ですね」



 女性の視線に混じって男性からの嫉妬の念の込められた鋭い視線が肌に突き刺さる感覚をロジェは余すところなく味わっていた。


 匙を投げたロジェの横では、エカテリーナが小刻みに肩を揺らして笑っている。



「まあ、ロジェ様に美しいと褒めていただけるなんて嬉しいですわ」


「……え? あ、ああ……」



 ロジェの独り言を自分の都合の良いように勘違いした女性がさらに一歩詰め寄ってくる。



「ロジェ様、私……シャルティア・ヴァンハラと踊っていただけませんか?」



 期待するような声色で手を差し出してくる女性――シャルティアに、息を呑む音がロジェの鼓膜を打った。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。