第17話 王子VSロジェ(ロジェ編②)
「やあやあ。氷の女神が地上に舞い降りていると思ったら、エカテリーナ嬢ではないか」
「ご、ごきげんよう……?」
ダンスホールに戻って早々、ロジェの脳内には後悔という単語が浮かんでいた。
顔面が薄らぼんやりした人物がエカテリーナを見るなり大股でダンスホールを闊歩し、長い前髪を掻き上げながら近付いてくる。
その他大勢の人物と同じように顔の辺りがぼやけていながら、眩い輝きを放つその人物にエカテリーナは顔を歪める。ごきげんようと言う割りには彼女のご機嫌は宜しくないことを表情が物語っている。
しかしそれもほんの一瞬のことで、すぐに彼女は抜群の表情コントロール力を発揮して元の穏やかな笑みを湛えた。
「……ロジェ、あの発光物はいったい何かしら?」
「あの既視感ある仕草と口調から察するに、恐らくハイラス殿下かと」
パートナーのロジェにグッと顔を寄せたエカテリーナは、声量を落としてひそひそと彼にしか聞こえない声で訊ねる。
発光物とは無論、今し方二人に近付いてきた人物の事だ。問われたロジェの方も同じように声を落として推論を述べる。
前髪を掻き上げる仕草は以前、王宮の中庭で茶会を行った際に見たものと酷似していた。それにこちらとの距離を強引に詰めてくる感じも、あの場で見たものと似通っている。
「いったいどうしたんだ?」
「いいえ、何でもございませんわ。ただ、殿下のお顔が眩しくて」
「おお、私が輝いて見えるのか? 今宵一番の女神に言われると悪い気はしないな!」
どうやら発光物の正体はハイラス王子で間違いなかったようだ。
ロジェはエカテリーナが女神であるという部分には全面的に同意しつつも、誰も褒めていないのにハイラス王子が声色に喜びを滲ませていることに首を傾げた。
「ところで殿下。今夜はどなたとご出席なさっているのですか? パートナーの方のお姿が見えませんが……」
「実は今夜は一人なんだ。その……お忍びでね」
ポリポリと頬の辺りを掻きながら気恥ずかしげに答えるハイラス王子は、目立ちまくって少しも忍べていないことに気付いていないらしい。
指摘するべきか否か、迷いに迷ったロジェだが今更言ってももう遅いと口を閉ざすことを選択する。
「まあ、では今日はいったいどのようなご用向きで?」
「うむ……、まあそのなんだ、ここに来ればそなたたち五公女に会えると思ったのだ」
「あら、残念ですわ。本日は私しか出席しておりませんの。殿下がおいでになることを事前に知っていたら、きっとキャサリンやジャスミンも顔を見せたはずですわ」
もはや社交辞令として言葉を紡ぐエカテリーナは、残念と口にしつつも全く残念そうには見えない。
ハイラスの参加を知っていたら、きっと五公女は残らず欠席していただろうとロジェは心の中で呟く。
「ごほん、まあ、他の四人はまたの機会として。せっかくエカテリーナ嬢に会えたのだ。共に一曲踊らないか?」
ハイラス王子はどうやら今夜のターゲットとしてエカテリーナに狙いを定めたらしい。
もはや、人目を忍んでいるという建前も忘れてしまったのだろうか?
隣の自分の存在などまるで見えていない様子で、無駄に恭しくエカテリーナに差し出されたハイラス王子の手を見て、ロジェは顔面に微笑みを貼り付けたまま小さく舌打ちを漏らした。
ぴったりと寄り添っていたエカテリーナのみがそれに気付いた様子で、一瞬興味深げにロジェを見つめた後、差し出された手に視線を落とし、数秒の後に顔を上げる。
翡翠の潤んだ瞳は会場の光に照らされて、キラキラと輝いていた。
「せっかくですが、殿下。私、先程まで体調を崩しておりまして。テラスで休んで随分良くなったのですが、まだ本調子ではございませんの。このような状態でお相手をしても、きっと殿下にご迷惑をお掛けしてしまいますわ。ですから、せっかくのお誘いのところ大変心苦しいのですが、またの機会ということに」
「しかし……」
「殿下! 最初のダンスはパートナーに選ばれた者のみが手にすることの出来る栄誉と決まっております。勿論、殿下もご存知ですよね?」
エカテリーナが体調不良を理由にダンスを拒んだにも拘わらず、しつこく追い縋ろうとするハイラス王子に、堪らず口を挟んだロジェは語気に怒りを滲ませた。
「……あ、ああ。そうだったな。私としたことが、ついエカテリーナ嬢の美貌に惑わされて、夜会のマナーを破ってしまうところだった。礼を言おう」
いかに空気が読めない王子と言えども、何か感じるものがあったらしい。気まずそうに声を震わせている。
「お分かりいただけたようで、何よりです」
「君は確か、ブランドー子爵家の……?」
「ロジェ・メレディス・ブランドーと申します」
「そうか……」
ロジェとハイラス王子。二人の間に重い沈黙が降りる。
「では、殿下。長い夜をお楽しみ下さいませ」
エカテリーナは王子が黙っているのをいいことに辞去の言葉を述べると、ロジェを引き連れて王子の御前を後にした。
ハイラス殿下もある程度整った顔をしていますが、エカテリーナとロジェの基準では不合格のようです。




